表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
逆流者の旗  作者: 秋月 爽良


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
84/94

第84話 埋もれた境界線

 村の外れへ向かう途中、俺は前を歩くグレオルドさんとトワ爺の背中を見つめていた。

 ふたりとも、必要なこと以外ほとんど口を開かない。


 さっきの村長のことが、まだ尾を引いているんだろうか。

 少し息が整ってくると、その沈黙が妙に気になってくる。


「あの、おふたりともどうしたんです? さっきから黙り込んで」


 声をかけると、グレオルドさんは足を止めないまま、深く息を吐いた。

 隣を歩くトワ爺も、難しい顔で農具の柄を握り直す。


「……どうも腑に落ちんのです」

「腑に落ちない、ですか?」


 グレオルドさんは伏し目がちに口を開いた。


「……親父は酒が好きでして。茶が美味いと言ったことも、ああやって何杯も飲む姿も、今まで一度も見たことがないのです」


「そ、そうなんですか……?」

「ワシも知らんのう。彼奴(あやつ)が茶をあんなに嬉しそうに飲むところなど、記憶にない」


 思わず口元が引きつった。


「でもほら、食の好みが変わることもあるでしょうから……」


 苦し紛れに取り繕ってみたものの、自分でもかなり無理があると思う。

 あの村長の様子を思い返せば、ふたりに疑われても仕方なかった。


 ローブ神、そこはちゃんと合わせといてくれよ……!


「……おい、見えてきたぞ」


 村人のひとりが声を潜めて指差した先に、土台がほぼ出来上がった建設中の施設があった。

 日の光を浴びたその輪郭は、遠目にもはっきりと分かる。


 その少し先には、隣国との境を示すように、ところどころに国旗がはためき、石を積み上げた塀が続いていた。


「あれが検問所ですか……」

「ええ。我々を近づけさせないように、入り口の近くには見張りまで立っておるのです」


 目を凝らすと、たしかに施設の前には人影があった。

 ただの建設現場なら、村人が近づくことをそこまで警戒する必要はないはずだ。


 あの警戒ぶりは、やっぱり妙だ。


「怪しすぎますね……それで、本来の目印がありそうな場所はどの辺りなんですか?」

「もう少しで着くと思うがの。ワシも子供の頃は、この辺りでよう遊んだもんじゃ」


 先頭を歩くトワ爺は、懐かしそうに目を細めた。

 荒れた地面に伸びきった雑草をかき分けながら、俺たちは検問所から少し離れた斜面へ回り込む。


「うむ、着いたぞ。ここじゃ」


 案内されたのは、塀のすぐそばに広がる森の一角だった。

 近くには川が流れているらしく、木々の向こうからかすかな水音が聞こえてくる。


「この辺りなら、あちらからは木々に紛れて見えんだろう。皆、少しずつ掘り進めるぞ」

「……あとは、目印が深く埋まっていないことを祈るばかりですね」


 俺たちは持ってきたロープを十字に張りめぐらせ、地面に印をつけた。

 これに沿って掘り進めれば、おそらく最小限の労力で済むはずだ。


 村人たちは手にしていた(くわ)(すき)を構え、それぞれ手分けして地面を掘り始める。


 乾いた土のにおいが立ちのぼり、石に当たる鈍い音があちこちで小さく響いた。


「ユウマさんは休んでいてください」

「いえ、俺も手伝います」


 交代で休憩を挟みながら掘り進め、初日は夕方まで土と格闘することになった。


 もちろんネリオも参加してくれたけど、派手に魔術で吹き飛ばして、見張りに気づかれても困る。

 何より本人が鍬を使ってみたいと言い出したので、作業は思った以上に地道なものになった。


「ユウマ、これを届けたらいいんだな?」

「うん、お願いします」


 俺は村に戻ってすぐ、イデルさんにオラロワ支部長への手紙をお願いした。


 そして次の日も、その次の日も、俺たちは土を掘り返し続けた。


 土台となる土地そのものを崩せれば、サディロスの計画は根元からひっくり返せる。

 そう思った矢先、少し離れた場所から弾んだ声が上がった。


「ありました! こっちです!」


 村人のひとりが、深く土に埋もれた古びた杭を指差す。

 慌てて駆け寄ると、グレオルドさんはしゃがみ込み、土のついた表面を手で払った。


「よし……この周囲を広げましょう。ユウマさんも、よろしく頼みます」

「はい」

 

 杭を傷つけないよう気をつけながら、周囲を慎重に掘り広げていく。

 思った以上に土は固く、埋まっていた時間の長さをそのまま物語っているようだった。


「これか……かなり時間が掛かってしまったのう」

「ええ……本当にここにあったんですね。村長さんの言う通りでした」


 見切り発車で手紙を届けてもらったけど、嘘にならずに済んで良かった。


「ユウマさん、暗くなってきたようですし、そろそろ村へ戻りましょう」


 見上げると、辺りはもう暗くなりかけていた。

 ふと検問所の方に視線を向けると、妙に人影が多いことに気がついて思わず足を止める。


「今日は松明の数が多いですね……毎日遅くまで作業してるみたいですけど」

「……ふむ、そのようですな」


 電気のないこの世界で、夜遅くまで外で作業をするのは珍しい。


 日が落ちてから外をうろつく危険は大きくなるし、魔獣や獣に襲われるかもしれない場所で、わざわざ無理をする者はそう多くないだろう。


「……あれって子どもに見えませんか?」

「たしかに……しかし、なぜ子どもたちがあんな場所にいるんでしょうな」


 背の高い伸び放題の草をかき分け、俺たちは吸い寄せられるように検問所へと近づいていく。

 目を凝らすと、(すそ)はほつれ、服もボロボロで、靴さえ履いていない小さな子どももいるようだった。


 両手と両脚をロープで縛られた子どもたちの顔は、生きる気力さえ失ったように、やつれて見える。

 彼らは、ほとんど窓もない馬車の荷台に次々と押し込まれていった。


 ガラの悪い男が一言声を掛け、扉を閉めて鍵をかけると、馬車はランプの灯りを頼りに静かに暗闇へと走り出す。


「グレオルドさん、これって……」

「……」


 隣で黙り込む彼は、きっと俺の言いたかったことを理解しているだろう。

 彼だけじゃなく、今ここにいる村人たちも。


 キレアーノさんはこの事実を知っているんだろうか……。

 裁判までもう日がないから、今さら手紙を届けたとしても、調査するには時間が足りないだろう。


 冷静に頭が働く自分に歯痒さを感じながら、何もできないのが情けない。

 どうか無事でいてくれ……そう願って拳を握るしかなかった。


「……まずは村へ戻りましょう。ここで下手に動けば、気付かれるかもしれません」


 低く囁くような声で、グレオルドさんが心配そうに俺の顔を覗き込む。

 悔しいけど、その通りだ……今、こんな事実を突きつけられるなんて。


 暗闇の向こうを見据えながら、少し斜め前を歩くグレオルドさんの手が、松明の明かりに照らされて強く握られているのが見える。


 セリナ村の人たちにとって、この検問所はもう、ただの建物なんかじゃない。


 普段は冷静な彼が見せたその仕草に、俺はこの戦いを一刻も早く終わらせようと、心の中で固く誓った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ