第83話 じゃあの、ミウマくん
「あれ、留守か……」
俺はグレオルドさんの屋敷を出て、トワ爺の家へ向かった。
出掛けているのか家の中は無人で、周囲をぐるりと見回して彼の姿を探した。
「ユウマ君か? 村の連中が噂しておったが、本当に戻ってきたんじゃの」
「トワ爺さん! お久しぶりです」
使い古したクワを肩に乗せ、足早に近づいて来る彼は以前と変わりない。
「……遅くなってすみませんでした」
「何を言うとるんじゃ、よく来てくれた」
ポンポンと優しく俺の肩を叩く彼に、後から追いついてきたグレオルドさんが声を掛ける。
「トワ、あの検問所へ抜ける道を知っておるか?」
「何じゃ、皆で偵察にでも行くつもりか?」
「まあな。すぐに案内できるか?」
「ああ、少し待っておれ」
ただならぬ気配を感じ取ったのか、トワ爺さんは慌てて家の扉を開けて、クワを片付けに行った。
「……待たせたな。では、行くとするかの」
マイロさんを加えた4人で並んで歩き出すと、近くで畑仕事をしていた村人たちが驚いた表情でひそひそ話しているのが見えた。
「……おい、あれ見ろよ」
「嘘だろ……村長!?」
……村長!?
ざわめきは一層大きくなって、やがてどよめきへと変わった。
振り返った俺たちの視線の先に、村人に両脇を支えられながら、恰幅のいい老人が立っていた。
「お、親父……!?」
「お身体はよろしいのですか!?」
目を見開いたまま、グレオルドさんは声も出せないようだった。
そんな彼の代わりに、マイロさんがすぐに村長に駆け寄る。
「待たんか、お主ら。ワシの話を聞いていけ」
普通に喋ってる……!
村長は支えられていた村人たちの手を離し、にっこり笑って足早にこちらへやって来る。
それを見た女性の悲鳴が響き渡ると、何事かと駆けつけた村人が、村長を見て腰を抜かした。
その後は偵察どころではなく、村中が大騒ぎになっていた。
涙を流して興奮する村人たちをなだめつつ、再びグレオルドさんたちと執務室へ戻ることになった。
たまたま調子がいいのかな……寝たきりになると筋肉が衰えて、リハビリしないと無理なんじゃないのかな。
俺は斜め前に座っている、村長の脚をじっと見つめていた。
「……うむ、美味いのう。やはり茶はいいな」
2杯目のお茶を飲み干し、満足げな村長と視線が合う。
年老いた彼は、まるで全てを見通しているかのような、不思議な空気をまとっていた。
「ユウマと申します。セリナ村のみなさんには、いつもお世話になっています」
「ふむ……お主ら、国境へ向かうつもりじゃったな?」
「はい、その通りです……」
隣に座るグレオルドさんは驚きのあまり、まだ言葉がうまく出てこないようだ。
マイロさんの返す言葉にも、戸惑いがにじんでいた。
「ここいらは、隣の国との争いが絶えんでな……ずいぶん荒らされたもんじゃ。静かになったかと思えばまた攻め込まれて、きりがなくての」
「ええ、鉱石を狙われて何度も被害に遭ったと、祖父からよく聞かされました」
マイロさんが頷くと、村長は淹れてもらったお茶をまた一口、美味しそうにすする。
……グレオルドさんもそうだけど、トワ爺もさっきからずっと黙ったままだ。
「そのうち国境もわからなくなっての。腹を立てた先々代の王が、少しだけ隣の国にはみ出すように杭を打ってしもうたんじゃ」
「えぇ……よく気づかれませんでしたね、それ」
たしかにセリナ村は国境に一番近い村だけど、国境線から少し離れた場所にある。
「争いが終わった後もそのままじゃろう。土を掘り返してみるがいい、本来の目印が埋めてあるはずじゃ」
あれ、でもそうなると……。
「それは、いま建てられている検問所が、国境を越えている可能性があるってことですか?」
俺たちは顔を見合わせると、座っていたソファから立ち上がった。
「マイロ、村を回って、手が空いている者をなるべく多く集めてくれ」
「承知しました」
マイロさんは一礼すると、すぐに扉を開けて足早に部屋をあとにした。
「……ワシも一度家に戻って、道具をとってくるとするか」
トワ爺さんも、固まった身体をほぐすように、軽く腕を伸ばして背伸びをした。
はみ出して打たれた杭を掘り起こして、真実の境界線を突きつける。
これがあれば、契約書の件がうまくいかなかったとしても、決定的な一打になる。
施設が他国の領土を侵犯してるとなれば、どんな強力な契約だろうが、強制撤去と解体は免れないだろう。
「ユウマさん、急ぎましょう。どれぐらい時間が掛かるか分かりませんからな」
「そうですね。俺も道具を借りて、すぐ追いつきます」
欠伸をし始めた村長へ挨拶を済ませ、グレオルドさんとトワ爺さんは部屋を出て行く。
俺は彼らに追いつこうと、ソファの横に置いていたリュックを慌てて背負った。
「ワシの仕事はこれで終わりじゃの」
「村長さん、貴重な情報をありがとうございました」
「さて、ちょっと昼寝でもするか……じゃあの、ミウマくん」
「俺の名前はミウマじゃないですって、えっ!?」
目の前の村長さんは目を閉じ、そのままソファにもたれていびきをかき始めた。
絶対に忘れられない記憶が頭の中に蘇る。
まさかそんなことあるわけ……ないこともないのか?
ローブ神がセリナ村のために?
いや……俺のためにって、それはさすがに図々しいよな。
「ユウマさん、行きましょう!」
「あっ、あ……はい! 分かりました!」
大きな声で呼びかけられて我に返った俺は、部屋の外で待っていた村人に村長のことを頼むと、小走りで玄関へ向かった。
外に出ると、なぜかイデルさんとネリオもちゃっかり加わっていて、特にネリオは俺の顔を見るなり、ニヤリと意味深な笑みを浮かべる。
もしかして気が付いてたのか……?
「皆、急いでくれ」
農具を抱えた村人が加わって、俺たちは国境を目指し足早に歩き始めた。




