第8話 誠実の行く先
「ユウマさん、お疲れ様でした。こちらが今回の報酬です」
精算を済ませた馴染みの受付嬢コーデリアさんが、カウンターの上に硬貨の入った布袋を置いた。
俺はいつものように中身を丁寧に確認する。
「ユウマさんみたいに、キッチリ中身を数える冒険者の方って、なかなかいないんですよ?」
彼女は俺のやってることが珍しいみたいで、微笑みながら手元をじっと見つめている。
「こういうのは、その場で確認しとかないと」
そう言うと、コーデリアさんは一瞬きょとんとした顔をしたものの、すぐに納得したようにうなずいた。
アトーリオさんの依頼をきっかけに、俺はエイドたちと正式にパーティーを組むことになった。
ひとりでこなせる依頼にはどうしても限界があるし、最初から人数やランクを指定されているものも多い。
それでも、空いた時間にはこうして地道にひとりで依頼を受けている。
お世話になっている教会に、少しでも多く寄付できるようになりたいからだ。
「あ、そうだ……以前ユウマさんが依頼で採取されたリラの葉なんですけど、あれから人気が出て売り切れ続出なんですって。痩身薬の材料だけじゃなくて、疲労回復にもいいって噂が広まってて……」
「リラの葉ですか……そんな依頼ありましたっけ?」
「ええ、依頼品は別の薬草でしたけど、ユウマさんがこれもどうかって、持ち込まれたでしょう? ここで居合わせた商人の方と、取引されていたじゃないですか」
思い出した、そういえばそんなこともあったな……最初の依頼だったか。
「あれ、リラの葉って名前だったんですね」
近くの村人が親切に教えてくれて、ついでに摘んだ薬草が注目されてるらしい。
「俺が摘んできたときは、そこまで注目されてませんでしたよね? そっか……今は他の依頼がありますから、また時間があるときに探しに行きますよ」
「ええ、お願いしますね」
どうやら人気がありすぎて、他の冒険者と取り合いにまでなっているらしい。
もしまた会えたら、あの村人に尋ねてみるか……もしかしたら他にも生えている場所を知っているかも。
俺はコーデリアさんにお礼を言って、ギルドを後にした。
けれど今回の依頼でも、また俺の言葉が妙に魔獣に響いた気がする。
「他の冒険者に気付かれそうで、冷や汗ものだったな……もっと慎重にやらないと」
スキルについては、エイドとメイには打ち明けたけど、他の人にはなるべく知られたくない。
変に目をつけられて、厄介なことに巻き込まれるのはごめんだ。
「だけど、エイドがS級冒険者だったとはな。あれ……俺、けっこうすごいパーティーに入っちゃったのか?」
エイドはストイックで筋肉ムキムキだし、メイの回復魔法士って国家資格らしい。
自然と口元が緩むのを手で隠しながら、俺はギルド近くのレストランへ向かった。
「あら、ユウマくん。いらっしゃい!」
店内に一歩足を踏み入れると、厨房の奥からすらりとした長身の人物が顔を覗かせる。
整った顔立ちに綺麗なメイクを施し、今日は明るい色の髪を器用に緩く巻いていた。
エプロン姿のままホールへ出てきたその人は、俺に微笑みかける。
「また来ちゃいました。お客さんが多ければ、席が空くまで待ってますよ?」
「大丈夫よ。ちょうど窓際の席が空いたところなの、案内するわね」
背を向けて歩き出すその肩幅は広いのに、声も仕草も柔らかくて、思わず「彼女」と呼びたくなる。
ミレイユさん――俺が最近通い続けている、この店の店長だ。
この店に通うようになったきっかけは、クレーマーに絡まれていた彼を助けたことだった。
それ以来、ほぼ毎日顔を出す俺に、彼はいつもとびきりの笑顔を向けてくれる。
「うふふ、毎日来てくれて本当に嬉しいわ。さあ、どうぞ」
赤みの入ったリップにふわりと笑みを浮かべて、彼はエレガントな足取りで席へと案内してくれた。
俺は指定された席へと移動すると、ゆっくりと腰を下ろす。
クレームは宗教の違いが原因で、この店のメニューにその宗教では食べられない食材が含まれていたらしい。
食べる前に気を付けておけばいいだろ……。
その時はそう思いながら、ミレイユさんと客のやり取りを、一緒に来ていたメイと見守っていたけど、味方が欲しかったのか、ふいにその客が俺に話しかけてきた。
「……あなたの大切な神が、こんなことで罰を与えると思いますか? 違いますよね」
動揺した俺は、ここで意図せずスキルを発動してしまった。
店内の空気が凍りついたことには、すぐに気付いたけど。
でも普段の俺なら絶対に言わないセリフが、口をついて次々と出ていく。
《逆流者の旗》の影響かもしれないけど、いま考えてみると刺されてもおかしくなかった。
「……ユウマ、言葉には気をつけなさいよ。スキルが相手にどう作用するかわからないんだから」
隣に座っていたメイが、スプーンをそっと置いて小さな声で囁いた。
「うっ……分かってるよ。でも勝手に出てくるんだって」
冷たい汗が背中を伝って、メイの言葉が頭の中をぐるぐる回っていたっけ……。
「ユウマくん、お待たせ。いつものと……よかったらこれ、サービスで」
昼時で忙しなく動き回る店員たちをぼんやり眺めながら、あの出来事を思い出していた俺は、ミレイユさんの声にハッとして我に返る。
テーブルの上に置かれたプレートには、小さなデザートが付いていた。
「ダメですよ、ミレイユさん……もう十分お礼はいただいてますから」
「遠慮しないでちょうだい。あなたがいなかったら、この店は閉めなきゃいけなかったかもしれないの」
「えっ……それって、どういうことですか!?」
彼の話によると、あのクレームの客はその宗教ではそこそこの地位についている人物らしくて、あのまま揉めていたら、この店も危なかったそうだ。
口に入れる物くらい自分で気を配ってくれよ、とは思う。
だけど、かなり年配のお爺さんだったし、なにより俺の言葉に感銘を受けたらしい……自分のスキルが怖い。
「あれから、あのお客さん何回かいらっしゃってるの」
「えっ!? そうなんですか?」
「ええ、いつも空いている時間に来店されてね。私も、宗教間の違いにはあまり詳しくないから助かってるわ。食べられないものも多いものね」
「そうでしたか。少しでもお役に立てたなら嬉しいです」
あの後、使用されている食材を、メニューに記載するのはどうかって提案してみた。
彼は大賛成で、さっそく夜なべして、一晩で新しいメニュー表を作り上げたらしい。
「じゃあ、ゆっくりしていってね」
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせてもらいます」
厨房の奥から店長さんを呼ぶ声が聞こえて、ミレイユさんはトレーを胸に抱えると、次のお客の対応に戻っていった。
「……美味い。ここで食べる飯がいちばん落ち着く」
こうやって好きなものを食べられるのも、俺を受け入れてくれた門番のリントさんや教会の人達のおかげ。
エイドやメイだってそうだ。
この世界のことをあまり知らない俺は、ふたりに本当にお世話になっている。
「あとは、このスキルの問題だけだな……」
以前は、俺が動揺した時や焦ってる時なんかに、発動することが多かった。
だけど今は、落ち着いている時でもふいに口をついて出る。
まさか、スキルの方が俺に馴染んできているとか……そもそも発動条件が違うのかもしれない。
パーティーで受けた護衛の依頼の時だってそうだった。
ちょっとした世間話のつもりで、荷物の値段が上がってることを言ったら、相手の商人が勝手に焦って契約金を少し増額してくれたらしい。
依頼主からは「お前、うまいなあ!」って笑われたけど、俺は何が起きたか全然わかっていなかった。
本当っぽく聞こえるせいで、相手が勝手に深読みして譲歩してしまう。
俺は、セルジオ神父から貰ったペンダント――勝手に「懺悔のペンダント」と呼んでいるそれの表面を、いつもの癖で指先でなぞった。
「これは、誠実に生きようとする者にだけ、微かな加護を与えるものです。完全に力を封じるものではありませんが、君の心が正しくあろうとする限り、きっと支えになってくれるはずですよ」
セルジオ神父はそう言っていた。
ペンダントをつけていてもスキルが発動しているのは、まだ俺が甘えている部分があるからかもしれない。
それでも、俺はこの世界で生きていくしかない。
「これを食べ終えたら、また教会に懺悔に行かないとな」
食後、俺は教会に向かった。
セルジオ神父は変わらず優しく迎えてくれて、俺の話を静かに聞いてくれた。
やっぱりシスターの通訳は必要だったけど。
言葉にはしてないけど、俺の中にはひとつの決意があった。
もう、スキルのせいにして逃げるのはやめよう。
少なくとも、自分の言葉が誰かを動かしてしまうなら、せめてその責任は負いたい。
教会を後にした俺は、少しだけ風の冷たさを感じながら、ギルドへと足を向ける。
中はいつも通り冒険者で溢れていて、俺は器用に人混みを抜けながら掲示板の前にたどり着いた。
「おい、この依頼見てみろよ。報酬がやたらと高い」
「やめとけやめとけ。こういう交渉の依頼は、お前には荷が重いって」
隣でふたりの冒険者が指差している依頼書を覗き込むと、確かに割がいい。
ただ内容は簡潔で、報酬だけが妙に高かった。
もしかしたら、スキルが役に立つかもしれないな……。
俺は少し迷った末に、その紙を手に取ってギルドのカウンターへ向かった。
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