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逆流者の旗  作者: 秋月 爽良


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第7話 森で出会った君に、バルドの名を

「……おふたりとも、私の声が聞こえてますか?」


 目の前で、魔獣の足を片手で軽々と持ち上げる白銀の青年に声をかけられて、はっと我に返った。


「……ああ、すまん。助かった」


 エイドはさすがと言うべきか、すぐに反応して言葉を返す。

 一方の俺は、腰が抜けたままで立ち上がることすらできない。


 声を掛けてきた青年はゆっくりと魔獣の足をどかすと、宥めるようにポンポンと軽く魔獣の身体を叩いた。


「ダメですよ、人を驚かせては……ほら、おとなしくしてなさい」


 その声に反応して、あれほど元気だった魔獣がしゅんと肩を落とした。

 まるで飼い主に何かをねだるように、その場にぺたんと座り込んでいる。


 ……どうしてこんなにも魔獣を手懐けられるんだ?


 彼は一体何者なのか――そんな疑問が頭をよぎった時、青年は俺たちの様子に気づいたのか自ら名乗った。


「ネリオと申します。この親子は、私がここで飼っているんですよ」

「か、飼ってる!? 魔獣を?」


「はい、そうなんです……しかし、こんな場所に人が来るなんて思ってもみなかったもので」


 ふふふ、と笑うネリオは人当たりはよさそうだ。

 なのに、その笑顔を見ていると妙に落ち着かなくて、俺は彼から目を離せずにいた。


「ふたりとも無事だった!? エイド、怪我は?」 


 メイとアトーリオさんが息を切らしてこっちへ駆け寄って来る。


「あ、ああ……少し擦りむいただけだからな。彼のおかげで助かったよ」

「そう、良かった。あの、本当にありがとう」


 メイはネリオにぺこりと頭を下げると、すぐにエイドの治療へと取りかかる。

 彼女の手のひらから光が溢れたかと思えば、エイドの傷はみるみるうちに癒えていった。


 さっきの魔法はともかく、治療の腕はやっぱり確かみたいだ。


「ところで、なぜ、こんな森の奥までいらしたのですか?」


 ネリオと名乗った青年は、メイの手から放たれる光を眩しそうに見つめながら、魔獣の鼻先を軽く撫でる。


「こちらの方たちに依頼して、指輪を探してもらっていたんです……あなたが飼っている魔獣の子どもが持って行ってしまったものですから」


「ああ、そういうことでしたか」


 アトーリオさんが説明すると、ネリオは苦笑してチラリと目線を後ろに向ける。


「……すみません、この子たちはまだ子供でして。珍しい物を見つけると、つい持ち帰りたがるんですよ」


 あまり悪びれた様子もなく、まるで困った癖でも話すみたいな口ぶりだった。

 「子供」と呼ばれた魔獣の親は、先ほどまでの威圧感が嘘のように消え、どこか気まずそうな表情を浮かべている。


「こちらにお持ちしますので、少し待っていただけますか?」

「あ……それはさっき返してもらったんです」


 俺が手に握り締めていた指輪を見せると、ネリオは一瞬意外そうな顔をする。

 

「ほう、そうでしたか。これは何とも……ふふふ」


 その笑い方が、妙に引っかかった。

 エイドの方へ視線を向けると、彼もまた、わずかに眉を寄せている。


「アトーリオさん、指輪を確認してもらえますか?」


 俺は場の空気を変えようと、わざと大きな声を出した。

 嬉しそうに駆け寄ってくる彼に、少し薄汚れた指輪を手渡す。


「ああ……これです。本当にありがとうございました」


 ……よし、これで目的の物は見つかった、早めにここから離れよう。


「ところでネリオさん、どうして魔獣を飼っているんですか? しかも親子でしょ?」


 メ、メイさん――!?

 なんで今、その話題を持ち出すんだ……ネリオの様子が少し変だって気にならないのか?


「いやいや、これはある意味、実験みたいなものなんですよ」


 どこがどう実験なんだよ……飼い主が責任を持てない魔獣を放し飼いにしといて、何が実験だ。


 俺はエイドの顔をじっと見つめ、早く帰ろうと必死に念を送った。

 視線と表情、それにわずかな首の動きまで使って、今すぐここを離れたいんだと訴える。


「あれ……イテテ。メイ、さっき治療してもらったけど、まだ調子が悪ぃみたいだ。それに腹が減ったし、そろそろ帰ろうぜ?」


 ぽかんとした顔で話を聞いていたエイドも、俺の視線に気づくと、すぐ察してくれたようだ。


「おや、そうでしたか。ちょうどこれから話の山場だったのですが、残念です。またお会いした時にでも」

「いや、こちらこそ助けてもらったのに……また機会があれば、その時に」


 俺は曖昧な返事でごまかした。

 約束はしない、それが一番いい。


「もう帰っちゃうの? エイドの具合が悪いなら仕方ないけど……そうだネリオさん、お願いがあるの。巣にある素材を少しだけ分けてもらえない?」


 メイさん――?


「見た感じ、黒狼型魔獣(シャドウ・フェンリル)の上位種でしょう? 軟膏を作るために前から欲しかった素材なのよ」


「おや、よくご存知で……さすが回復魔法士だ」


 ふたりとも詳しいんだな……あれ、メイって自分が回復魔法士だって言ったっけ?

 

 そっとネリオの方をうかがうと、彼は微笑んで、まるで最初からすべてを知っていたかのように俺をじっと見つめていた。


 ◆


「ありがとう、これでまた軟膏が作れるわ」


 メイは、ネリオから受け取った巣の素材を抱えてにっこり微笑んだ。

 その横で、俺とエイドは無言のまま顔を見合わせる。

 

 なんなんだろうな……この妙に肝の据わった天然は。


「いえいえ、その程度ならいくらでも。では皆さん、またどこかでお会いできる日を楽しみにしていますね」


 ネリオが微笑むと、あの魔獣の親子はまるで合図を受け取ったように、静かにその場を後にする。


「……ああ、そうだ。子どもの方はまだ名前が決まっていないんですよ。なかなか良い案が浮かばなくて。よければお知恵を貸していただけませんか?」


「私たちが、名付け親になれるの!?」 


 突然のネリオの申し出にメイは素直に喜んで、腕を組んで真剣に悩み始めた。


「ユウマさん達も、ぜひどうぞ」

「あ、ああ……」


 魔獣に名前を付けているのか……実験って言ってたけど、ペットみたいな扱いなのか?


 そう促されて、俺たちも子どもの名前をあれこれ口にし始める。


「……なぁ、エイド。あの子どもの方、俺のことずっと見てないか?」

「ああ、見てるな。というか、お前の方しか見てない」


 まるで別れを惜しむように、ふわふわの毛で包まれた耳をぴくぴくさせながら、黒い毛並みの魔獣の子どもはこっちを見つめていた。


「……お前、なんでそんな目で見るんだよ」


 ぼそっと呟くと、魔獣の子どもはくいっと首を傾げる。


「ふふ、どうやら懐かれてしまったようですね?」


 ネリオは楽しそうに微笑むけど、その笑顔の裏に何があるのかまでは読み取れない。


「それじゃあ、名前は『クロ』ってどうかしら?」

「……ひねりがなさ過ぎじゃねぇか?」


「えー、可愛いと思ったのに」


 メイとエイドのやり取りに肩をすくめると、アトーリオさんが「じゃあ『シュヴァルツ』とかは?」と、どこかで聞いたような名を挙げる。


 俺たちのやり取りを、ネリオは口を挟まず、ただ笑顔で見守っていた。


「……バルド。バルドはどうだ?」


 ――北欧神話のバルドルから思い付いた。

 俺が挙げた名前に、子供の魔獣はガウッ!と返事をする。


「おっ、バルドが気に入ったんじゃねぇのか?」

「バルド……うん、いい響きね」

 

 確か北欧神話に出てくる、美しくて賢い神の名だ。

 この綺麗な毛並みをした魔獣の子には、妙に似合う気がした。

 

「皆さん、ありがとうございます……では、その中から、本人に選ばせるとしましょうか」


 その本人とやらは、バルドという名前にこくんと首を傾げたあと、再びネリオの後ろへと下がっていく。

 親魔獣は時折こちらを振り返りながらも、ぴったりネリオの後に続いて姿を消していった。

 

 ――あの子たちにとっても、たぶん今日のことは、ちょっとした出来事で終わるんだろう。


「では、またいつか……」


 そう別れを告げたネリオの声は、風の音に紛れてどこか幻想的に響いていた。


 ◆


「またって……俺はできればもう会いたくねぇけどな」


 黙って隣を歩いていたエイドが、ボソッと呟く。

 俺も全力で賛成だ。


「とにかく帰ろう。腹も減ったし、今日はもう終わりってことで」


 街への帰り道、4人で森の中を歩きながら、メイは手にした袋を何度も嬉しそうに眺めていた。


 「この素材、町に持っていけば高く売れるわ……いや、売らないけど。でもこの質なら保存もきくし、成分も濃いみたいね」


 エイドが横目でチラッと俺を見る。


 「……なあユウマ。アイツだけは絶対敵に回すなよ?」


 メイは俺たちの心配なんて気にも留めず、鼻歌を口ずさみながら先を行く。

 エイドの忠告にはうなずいたものの、ネリオに向けられたあの視線だけは、しばらく頭から離れなかった。

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます

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