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逆流者の旗  作者: 秋月 爽良


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第9話 アトーリオ、再び

「この依頼って、交渉が主な仕事みたいだけど……大丈夫そう?」


 周りを気にしながらコッソリと問いかけてくる受付嬢のコーデリアさんに、俺は一瞬動揺して視線を泳がせる。


 手にした依頼書に書いてある内容は、曖昧なのに報酬はやたらと高かった。

 それを自分で選んでここへ持ってきたのは、他でもない俺自身だ。


「……はい。俺でできることならやってみたいんです」


 そう答えると、綺麗に整えた眉をわずかに寄せていたコーデリアさんは、表情を和らげ、小さくうなずいてくれた。


 彼女は背筋を伸ばし、いつもの落ち着いた口調に戻る。


「承知いたしました。それではこちらから依頼人に連絡しておきますね。おそらく2日以内にはギルドにいらっしゃると思いますので、その時に詳細を直接お話しください」


「……は、はい。ありがとうございます」

「余計なお世話かもしれませんが……気をつけてくださいね?」


 受付嬢は俺を気遣うように微笑んだ後、周囲を見渡してそっと俺に(ささや)いた。


 それって、どういう意味だ……?


 結局その意図は聞けないまま、手続きだけ済ませて俺はギルドの喧騒に背を向けた。


 交渉がメインの依頼は初めてだけど、俺のスキルで何とか達成できるんじゃないか……そんな考えが頭を離れなくて、この依頼を受けることにした。

 

 実際、エイドみたいに腕っ節が強いわけでもないし、メイのように魔法が使えるわけでもない。

 俺に与えられたのは《逆流者の旗》と《千の言葉》、このふたつのスキルだけだ。

  

 これが良い結果に繋がるのか、それとも悪い方向へ行くのか、今の俺にはまだ分からない。

 ただ、この世界で生き残るために俺がやれることは、たぶんこういうことなんだろうと思った。

 

「……考えてても仕方ないし、やるだけやってみるか」


 そう腹を括って、俺はギルドからの連絡を待つことにした。


 ◆


「初めましてですかな? 依頼を受けていただきありがとうございます。(わたくし)、商会を営んでおります、サディロス・ゴールドラインと申します」


「ユウマと申します。こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします」


 差し出された名刺を受け取った俺は、嫌みにならない程度に、表と裏をくまなく確認する。

 社畜だった頃の習慣っていうのは、そう簡単には抜けないもんだ。


 サディロスと名乗る商人は相当金回りがいいのか、たぷたぷした腹を揺らしながら、ゆったりとソファに腰を下ろす。

 

「いやぁ、今日も暑いですなぁ」

「そうですか? 俺にはちょうどいいくらいですよ」


 暑いのはその腹のせいじゃないのか……日差しは強いけど、外はもう木枯らしが吹く季節だぞ。


「さっそくですが、依頼のお話をしても?」

「ええ、構いませんよ」


 サディロスは手元の鞄から数枚の紙を取り出して、俺の前に差し出した。


「実は、我々の商会が進めている新しい開発事業において、ある村の方々と少し意見の食い違いが生じておりまして……彼らは土地を奪われるのではないかと誤解しているようでしてな」


「土地を奪われる……ですか?」


「ええ。しかし、我々が提示しているのは生活の安定と発展を保証する内容で、脅かすものではないのです」


 彼に断って書類を手に取り、目を通してみると、ここからそれほど遠くないセリナという村の話らしい。

 

 人口は50人前後と少ないが、土地はそこそこ広かった。

 開発事業とは、村の土地を買い取って、新たな施設を建設する計画のようだ。

 

「……どうにもこちらの言葉がうまく伝わりませんでな。だからこそ、中立の立場で仲介してくれる方を探してギルドに依頼したのです」


 中立と言えば響きは良いけど、サディロスさんがギルドに依頼した時点で、俺も彼の側だろ。

 これは慎重に見極める必要があるな……。


 一度土地を手放してしまえば、もう取り戻せない。

 今回の契約を村の人たちが受け入れるのは、簡単じゃないだろう。


「……この村の土地はかなり広いですよね? サディロスさんが購入を考えている場所には、何か特別なものがあるんでしょうか?」


 資料には村の経済状況が詳しく記載されていて、かなり困窮していることがわかる。

 水道などの公共設備も整備される予定、と書かれているし、インフラもまだ整ってないってことだろう。

 

 施設が建設されれば、売却金で一時的に村の財政は潤って、雇用も生まれる。

 村にとっては、悪い話じゃないだろうけど……。


「え!? 特別なものですか……? 今回交渉しているのは広大な森で、彼らは代々その土地を守ってきたらしく……土地を手放すことにはかなり強い抵抗があるようですな」


 サディロスさんは、テーブルの上のカップを落ち着かない様子で手に取ると、一気に飲み干した。

 

 今、声が裏返ったよな……彼の反応に、少し引っかかった。


 ……それとも、問題は信念に関わる話なのか?

 土地を守るって、数字や利便性じゃない価値もあるだろうし。


「……ところで、ずいぶんたくさんの施設ができるんですね?」


 資料には、いくつかの候補が記されていた。

 リゾート付き宿泊施設、物産市場、検問兼通行管理所……。


 検問所――?


「あの、この検問所って国境に設置されるものですよね? こういうのって、国が管理するんじゃないんですか?」


(わたくし)どもの商会は、国と管理委任契約を結んでおるのですよ」

「なるほど……国が関わっているのか」


 なら、そんなに警戒する必要もないのかもしれないな。


「……ユウマさんのお噂は、耳にしておりますよ?」

「私のことですか?」


 一体どんな噂だよ……。


「ええ。つい最近も、魔獣を相手に言葉だけで制圧したとか。達成率が高い冒険者だと、ギルドでも評判になっているそうです」


 サディロスさんは、少し興奮気味に話し始める。


「実は今回の依頼は、貴方にお願いしたかったのです。しかし、ここのギルドでは指名ができないと言われまして。それでとりあえず依頼だけは受け付けていただいた、というわけです」


 そうだったのか……それは偏りを出さないことと、不正ができないようにするためだろうな。


「しかし、他の人が連絡してきたらどうするつもりだったんですか?」

「その時は、こちらからお断りするつもりでしたよ」


 えらくペラペラと話すな……俺のスキルが知らないうちに働いてるのか。


(わたくし)どもだけでは信じてもらえんのです。しかし、あなたのように信頼されている冒険者なら、きっと伝わるはずです。言葉を武器にできる貴方に、ぜひお願いしたい」


 俺が伝えることで救えるならやってみたいけど……。


「……少し考えさせていただいても、よろしいでしょうか?」


「もちろんです、返事は急ぎませんからな。しっかりご検討いただいたほうが、私も安心できますので」


 俺の勘が、今は即決するなと言っている……一度持ち帰って、じっくり考えよう。


 サディロスさんはにこやかに送り出してくれたけど、高額の依頼に躊躇(ちゅうちょ)する俺に、内心ではやれやれといった感じだろうか。


 ギルドを出ると、辺りはすっかり暗くなっていた。


「……中立って、なんだろうな」


  俺が間に入って、どちらかが損をすることになったら、それでもそれを中立と言えるんだろうか。


「我々は誰の生活も脅かしません、これは村の未来を守るための第一歩です。村の若者たちは、むしろ希望を見出してくださっています。話が伝わっていないのは一部のご年配の方々だけです」


 サディロスさんは、そう言っていた。


「あと少しだけ、何か決め手になるものがあればな……」


 その日は結局、決断を下せないまま教会へ戻った。

 いつものように静かな聖堂の前で立ち止まってわずかな寄付をして、真っ白で無機質な天井を眺める。


 俺が関わることで、村もサディロスさんも納得できる結果になるのか。

 それともこのスキルの影響で、無理やりねじ曲げてしまうのか。


 答えは出ないまま、夜は静かに更けていった。


 翌朝、早めに目を覚ました俺は、何となくギルドへと足を運んでいた。

 ふらりと立ち寄っただけ――そう思っていた。


「あれ……ユウマさんじゃないですか?」


 受付前で見慣れた顔に声をかけられて、俺は目を瞬かせた。


「アトーリオさん……!? お久しぶりですね!」

「いやぁ、先日はどうも。あれからバルドには会ってませんか?」


「親の魔獣が怖くて、なかなか会いに行けないですよ……」


 彼は相変わらず妙な依頼をしているらしく、今日も別件の相談で来ていたそうだ。


「実は……また彼女に探してもらおうと思って、あの指輪を自宅の庭に埋めたんです。でも、その場所を忘れてしまいましてね」


「……またですか。場所がわからないとなると、ある意味前回よりも難易度が上がっていますね」


 俺が思わず苦笑すると、アトーリオさんも「お恥ずかしい」と、照れくさそうに頭をかいた。

 

 なんで素直に渡さないんだろ、この人は。


「あの指輪は私が子供の頃、故郷の村で拾った貴重な鉱石から作成したものなんです」


 聞くところによると彼は彫金師だそうで、自ら指輪を作ったらしい。

 

「故郷の村ですか……俺も今、ある村の依頼を受けるか迷っていて、なかなか決断できないんですよ」


「おや、そうでしたか。私の故郷はセリナ村というところでしてね。今はこっちに住んでますが、親戚はみんなあちらに残っていますよ」


 そのセリナ村って、依頼先の場所と同じじゃないか。


 思わぬ繋がりだった……俺が悩んでいる依頼の舞台が、アトーリオさんの故郷だったなんて。

 今回の開発事業について、彼はどれくらい知っているんだろうか。


「……アトーリオさん、少しだけお話できませんか?」


 俺の突然の誘いに、彼は目を丸くしたあと、優しく微笑んでうなずいてくれた。

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます

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