第78話 勝つための備え
「よお! 今日もよく頑張ってるな!」
エイドは笑顔を浮かべながら、「拳とパン」と書かれた看板の店へと入って行く。
呼びかけられたバルドは、首をかしげて器用に応じた。
村の物流を担う「運び屋魔獣」のリーダーとなったバルドの周りには、小さな荷車を引く姿に惹かれて、子どもたちが集まってくる。
「バルドって、魔獣なのに優しいよね」
そう言って抱きつこうとする子どもたちを、自分の炎の危険から遠ざけるように牽制する。
そのくせ、顔は得意げで、しっぽは今にも弾けそうな勢いで振られていた。
村が動き出している一方で、王都の方でも少しずつ後始末は進んでいたらしい。
国王は国民の前で自らの行いを打ち明け、静かに王位から退くことを表明した。
ただ、もともと仕事には真面目だったせいで、民の信頼を失うどころか、むしろ潔いと評判になった。
そうして彼は退くこともできないまま、そのまま国王であり続けることになった。
ネリオの話だと、王はこんな調子だったらしい。
「ワシは、この国の王として立ち続ける資格などない」
「陛下、いい加減にしてください。皆、貴方が署名するのを首を長くして待っているんですよ!?」
彼は毎晩泣いて神に許しを請うていたけど、仕事が溜まっていくばかりで、とうとう宰相に部屋から連行されたらしい。
こんなことを知っているのは、ネリオが興味があるとか言って、こっそり王を観察していたからだ。
「お前なぁ……まぁいいけどさ」
ほんとに、あいつはどこまで人の生き様を覗き見れば気が済むんだか。
魔王はというと、時折ふらっと村を訪れては、新しい武器のアイデアに次々と口を出す。
ネリオはそんな彼に小言を言われながらも、なんだかんだ楽しそうにそばにいる。
気づけばふたりで工場の隅に陣取って、妙な試作品を増やしていた。
そのおかげもあって、商品のラインナップはかなり増えた。
防御用や魔獣の威嚇に使えるものまで出てきて、武器というよりは、生活を守るための道具へと少しずつ形を変えはじめている。
魔獣が脅威だという常識も、もう前みたいには通じなくなっていた。
バルドたちが荷を運び、村の子どもたちがその背中を追いかけて笑っている光景を見れば、嫌でも分かる。
そんな中で、俺はイノール村の交渉役まで任されるようになった。
他の村や街から視察団が来たり、商品の登録申請を出したりで毎日ばたついてる。
それでも朝、焼きたてのふんわり柔らかいパンケーキを食べる時間だけは欠かさない。
呪いみたいだと思っていたこのスキルも、今では人と人を繋ぐための手段に変わっていた。
戦わなくても守れるものがあるって、ちゃんと形にして見せることができたからだ。
村の朝は、香ばしいパンケーキの匂いと、魔獣たちの穏やかな鳴き声で満ちている。
今日もきっと何かが少しずつ噛み合わなかったり、思わぬ方へ転がったりしながら、それでもちゃんと前へ進んでいく。
「でもまあ……俺たちらしいよな、ちょっと焦げてるくらいがちょうどいい」
そう呟いた俺の横で、ヒナタがくすっと微笑む。
たぶんこれからも、こうやって生きていくんだろう。
◆
「ユウマ、準備はできたのかい?」
「ああ、もうすぐ行くよ」
俺は離れを改装した一室で、昨日届いた手紙をもう一度読み返し、丁寧に折りたたんで封筒へ戻した。
ランタンの火を吹き消し、着ていた服の襟元を整えて、村の連中が集まっている建物へ歩き出す。
……これで終わりじゃない、俺には、まだやり残したことがある。
「──サディロスという商人のことで、お願いがあります」
ジライ将軍へ送った手紙は、そんな一文から始まっていた。
あの時、将軍もまた、辺境の村の再建に協力するという形で責任を取った。
彼は元々武に生きる男で、忠義と力こそが正義だと信じてきた人だ。
国王を支えるために汚れ仕事も引き受けてきたけど、その胸の内には迷いもあったらしい。
彼に送った手紙の返事には、「過去の罪を悔いるだけではなく、今できる償いを果たしたい」、そうしたためられていた。
到着した集会所には、ほとんどの村人たちがすでに集まってくれていて、俺を待っていた。
「みんな、忙しいのに集まってくれてありがとう。今日は大事な話があるんだ」
「なんだいユウマ、ついにヒナタに結婚を申し込んだのかい?」
ワイワイと喋っていた村人たちは、ロゼッタさんの一言で一気に沸いた。
「いや、それはおいおい……って、なに言わせるんだよ」
そんな軽口を叩けるくらいには、イデル一家もこの村に馴染んで、すっかり腰を落ち着けてしまっていた。
思わずヒナタの方をちらりと見ると、彼女は真っ赤になって恥ずかしそうに俯いている。
「違うんだ……今日は、皆さんにお願いがあって集まってもらいました」
満面の笑みを浮かべていた村人たちは、俺の口調が変わったのに気づいて静まり返った。
「今、村にあるお金を俺に貸してほしいんです」
「お金って……一体何に使うつもりなんだい?」
村の女性の問いに、俺は集まった村人たちをゆっくり見渡した。
事情を知っているヒナタたちの顔もその中にある。
「どうしても助けたい村があるんです」
息を呑む音が聞こえると、集会所の空気は完全に沈黙した。
「そこの村人たちには、すごくお世話になったんです。でも今は、悪質な売買契約で土地の一部を奪われてる……俺はそれをひっくり返したいんです」
彼らの表情が強張るのも無理はない。
ようやく暮らしが落ち着きはじめたのに、金を持っていかれて、返ってこないんじゃないかって不安なんだろう。
「金でどうするつもりなんだ? 土地を買い戻すのか?」
「まずは契約の無効を訴えようと思ってます。もちろん、勝算もなしに言ってるわけじゃない。勝てるだけの仕掛けはもう準備してあります」
サディロスの名を思い出すだけで、腹の奥に今も黒い炎がくすぶるような熱が残っている。
「……でも何が起こるか分からないし、最悪の事態に備えて買い戻せるだけの金は持っておきたいんです」
村で稼いだ金を自分の物みたいに扱う気はないし、ずいぶん勝手な頼みだと思う。
それでも、アイツらを追い詰めるにはまだ足りなくて、何も持たずに向かう気にはなれなかった。
「断られても仕方ないって分かってます……無理強いするつもりもありません。ですから、みんなで話し合って決めてほしいんです」
村人たちは互いに顔を見合わせ、小声で何かを話しているものの、誰ひとりはっきり口を開く者はいなかった。
「ユウマちゃん……」
「リリィ!? 家にいるように言っただろ?」
顔を覗かせたリリィちゃんは、ロゼッタさんの声にびくりと肩を震わせる。
でも彼女なりに、いつもと違う雰囲気に不安を感じていたのかもしれない。
「ごめんなさい、ママ……でも怖かったの」
赤ん坊を抱えたロゼッタさんのそばへリリィちゃんは駆け寄ると、ぎゅっと母親の腕に抱きつく。
今は穏やかに暮らしているけど、盗賊たちに襲われた恐怖は、かなりのトラウマになっているはずだ。
「ユウマ、それは俺たちが襲われたことと関係があるのか?」
「イデルさん……うん、そうだよ」
「そうか……俺が運んでいた手紙は、そういうことだったんだな?」
リリィちゃんの頭を撫でながら、彼は自分が知らないまま背負わされていたものの重さを、ようやく理解したようだった。
「……アイツに勝てる自信はあるのか?」
イデルさんは俺を責めることよりも、妻子を危険な目に遭わせた奴らへの怒りの方が勝っていた。
「……あるよ。全員、裁判に引きずり出して、必ず罪を償わせる」
納得してくれたのか、イデルさんはそれ以上何も言わなかった。
「それって、負ければ金がなくなっちまうのか?」
「何言ってんのさ。今は武器を売って稼いでるんだから、そのくらいすぐに取り戻せるだろ?」
男性の隣に座っている女性の言葉に、みんな肩の力が抜けたみたいに笑ってくれた。
「ユウマは貸してくれって言ってるんだから、色を付けて返してもらうか?」
「ハハハ、そりゃあいい。利子はもっと売れ筋の商品を開発するってことでどうだ?」
誰かが冗談で言った一言に、あちこちから笑い声が漏れて、少しずついつもの村のざわめきに戻っていく。
「……他に言いたいことがある奴はいるかい?」
黙って成り行きを見守っていたヒルダ婆ちゃんは、村人たちの顔を確認するようにぐるりと室内を見回した。
もう文句を言う村人は、誰ひとりいなかった。
「ユウマ、アンタの思いつきで村はここまで立ち直ったんだ。ケチをつけるヤツなんかここにはいないさ、思い切りやってみな」
「婆ちゃん、ありがとう……みんなもありがとう」
俺は彼らに向かって、深々と頭を下げた。




