表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
逆流者の旗  作者: 秋月 爽良


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
77/94

第77話 おかえりなさいの村で

 ヨネさんって、一体何者なんだろ……?


 受け取った八つ目弓を、細い指先でそっと撫でるヨネさんの瞳は、ほんのりと潤んでいるようにも見えた。


 先代の王って、わりと早くに亡くなったんだよな。


 魔王や俺たちの前で国王が涙を流していた光景が浮かんできて、少し切ない気持ちになる。


「遺跡の奥に、8つの像が並んでいたの……それぞれが災いの言葉を(ささや)いてきたわ。私は怖くて膝が震えてた」


「ほう……災いの言葉ですか?」


 ネリオは興味津々といった様子だった。


「ええ、先王はまったく気にしていなかったようだけど……いま考えると、あの囁きが彼には届いていなかったのかもしれないわね」


 彼女は寂しげに視線を落とし、静かに弓を木箱へしまった。


「……今となってはいい思い出よ。それに、ユウマ君が使わずに済んでよかったわ」


「ええ。もし使用すれば、永遠に消えない炎に身体を包まれて、火傷どころでは済まなかったでしょうから」


「火傷って、お前なんであの時言わなかったんだよ!?」


 まただ……呆気に取られた俺は、彼の顔を見つめるしかなかった。


「弓だけでは確信がもてませんでしたから。それに、結局使わなかったのですから、良かったじゃないですか」


「お前のその考え方が一番怖いって……」


 ヨネさんは、俺たちのやり取りに苦笑しつつ、弓を収めた木箱をネリオへ差し出す。


「……この弓、預かってもらえるかしら? もう扱える自信がないの」

「ええ、もちろん。喜んで」


 笑顔で受け取るネリオは、まるで最初からそうするつもりだったみたいに、少しも躊躇(ちゅうちょ)しなかった。


「……先王は一度も弓に触れなかったけど、何かしら感じるものがあったのかもしれないわね」


 ヨネさんは、弓を手放したことで肩の力が抜けたように、晴れやかな笑顔を見せた。

 しばらく彼女の昔話に耳を傾け、俺たちは連れ立ってヒルダ婆ちゃんの家へと歩き出した。


 窓の隙間から煮込まれた野菜と肉の香りが、温かな湯気に混じって漂っていた。

 以前よりは具の量も増えて、食べてすぐ腹が減るなんてことも滅多になくなった。


 扉を開けると、テーブルの前ではヒナタとメイが並んで盛りつけをしていて、エイドはパン工房からそのまま来たのか、エプロン姿で配膳中だった。


 メイたちはちゃっかり自分たちの椅子まで持参していて、最近は夕食になると、いつもこのメンバーが自然と集まっていた。


「アンタたち……毎日ここに来るけど、空き家を貸してやっただろう?」 


 準備が終わり、その場の全員が椅子に腰を下ろしたところで、ヒルダ婆ちゃんが呆れたように眉間にシワを寄せる。


「う……でも、エイドとふたりだとつまらなくて」


 メイは、少し離れた席のヒナタを気にしつつ、黙々と食べ続ける。

 エイドが少しショックを受けているのが、なんだか気の毒だった。


「……メイ、お前、接近禁止って言われただろ」


 理由は分からないけど、彼女はヒナタに夢中で、とうとうストーカー扱いされていた。


「今度は気をつけるって約束するから……お願い、ヒナタさん」

「えっ……あ、あはは」


「困った子だねぇ……そういや聞きそびれちまってたが、あの後、国王はどうなったんだい?」 


 カップの水をひと口飲んで喉を潤したヒルダ婆ちゃんは、呆れて苦笑している。


「国王が魔王に謝罪したのは話したよな……あの後、責任を取らせてほしいとか、いっそ罰を与えてくれとか言い出して大変だったんだよ」


「へぇ、あの王がねぇ……」


 食べ終えた俺は席を立ち、新しく据え付けられた棚へ向かった。

 並んだ木箱のひとつを手に取り、婆ちゃんの様子をちらりとうかがう。


 彼女がうなずいたのを見て箱の蓋を開け、ポットに数杯分入れてから沸騰した湯を注ぐ。

 これが最近の習慣で、お茶を淹れるのはいつの間にか俺の役目になっていた。


 彼女との約束通り、好きなだけお茶を楽しめるように、茶葉のストックは欠かさないようにしている。


 街でイデルさんが珍しいお茶を買ってきてくれるおかげで、今では種類もかなり増えた。

 俺は茶葉が蒸らされる間、ぼんやりと窓から見える村の風景を眺める。


 国王の最後の言葉だけは嘘じゃないって、俺は思いたい。


「ネリオ、あの時のあれは大丈夫だったのか?」

「……あの時のあれですか?」


 黙々と食べていたエイドは、食事を終え、ナプキンで口元をぬぐった。


「あっ、分かった。国王と将軍から出てきた黒いモヤのことでしょ?」

「く、黒いモヤって……人から出るんですか?」


 メイの言葉に、ヒナタは興味津々といった様子で身を乗り出す。


「へぇ、アタシにも聞かせな」


 ヒルダ婆ちゃんも満更じゃなさそうだ。

 お茶を淹れ終えた俺は、あの時の出来事を思い出していた。


 ◆


 王とジライ将軍の身体から立ちのぼった黒いモヤは、ゆらゆらと宙を漂い、塊となって空中に留まっていた。


 まるで行き場を失った感情だけが、その場に取り残されているみたいだった。


「おや、これはまた……なかなか上質ですね」


 ネリオが手を伸ばすと、モヤは引き寄せられるように手のひらへと集まっていった。

 

「……それ、大丈夫なのか?」


 彼は涼しい顔で、塊になったモヤを撫でるように指先を動かす。


「ご心配なく……人間の澱み(よど)は、我々には美味でしてね」


 モヤは指先からするすると、ネリオの体内へと吸い込まれていく。

 その仕草に、やはり彼も魔族なのだと肌が粟立った。


「……お前は昔から、そんなガラクタばかり集めおって」


 横で見ていた魔王は呆れたように言うと、そっぽを向いた。


「我々にとっては栄養源でもありますから。腐らせるのも勿体ないでしょう?」


 ネリオはあっさりそう言って、わずかに残ったモヤを払うように、軽く手を振る。


 跡形もなく消え去ったことで、あの場にまとわりついていた重苦しい空気が、少しだけ薄れた気がした。


 ◆


「……まあ、そんなことがあったんだよ」

「不思議なこともあるもんだねぇ……まあ、アタシはネリオの正体の方が気になるがね」


 ヒルダ婆ちゃんは魔女みたいに笑って、角砂糖をひとつカップへ溶かした。


 それからしばらく経って、村の工場前で――。


「ほら、頑張ってくれ、ちょっと遅れてる」


 新しい製造工場で、魔獣たちがせっせと荷物を運ぶ光景も、今ではすっかり日常になっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ