第76話 今日もイノール村は騒がしい
カンカンカン――。
金槌を打ち付ける音が辺りに響いて、最初は鬱陶しかったそのリズムにも、もうすっかり慣れてきた。
戻ってきてからすぐ、報奨金で工場や住居、畑の整備まで一気に手を付けた。
もう1ヶ月近くずっと、村のあちこちで、工事の音が響き渡っている。
「だいぶ前に、隣村のヤツが盗みに入ったのを覚えてるかい? 悪いこと言わないから、少し他の村にも回してやりな」
ヒルダ婆ちゃんのアドバイスはもっともだ。
安心して暮らせる生活を、みんな望んでいるだけだから。
「もうほとんど残ってないな、婆ちゃん」
「それでいいんだよ。不相応な金は持たないほうがいいからね」
今日も俺は、テーブルに並べられた、こんがり焼けたベーコンと格闘している。
以前と違うのは、手元に書類が置かれていることだ。
束ねられた書類には、『フライパン型の改良について』と書かれている。
これが思いのほか売れて、その新型を作る話になった。
「ええと……威力は高いが、使用後に回収が必要なのは危険が伴う、という声が多く寄せられている。やっぱり改善しないとダメだな……」
俺はテーブルの上に置かれていた村の広報誌を手に取った。
『イノール村パンケーキ室長――ユウマ氏、今日も奮闘中!』
そんな見出しが大きく載っていた。
新しく広報部門も立ち上げて、村人たちの中から興味がある連中が担当してくれている。
大げさな肩書きに照れくさくはあるけど、こうしてみんなが、生きがいを持って暮らしているならそれでいい。
「今日はちょっとだけ焼き色を薄くしてみたの。ユウマの好みに合わせて」
綺麗に焼けたパンケーキを皿に乗せたヒナタの手元を、ヒルダ婆ちゃんがそっとのぞき込む。
「おや、ずいぶん火の扱いが上手くなったじゃないか。これもネリオの指導のおかげだね」
婆ちゃんなりに、ネリオのことをもう『よそ者』とは思ってないようだ。
褒められたヒナタの方は、嬉しそうに頬を赤らめた。
「彼女の焦げの扱いは見事です。火加減だけでなく、心の焦げ目まで上手にコントロールしています」
「なんの話だよ……そういえば、エイドが新作の名刺を作ってたけど、ヒナタ印が入ってたな」
「また妙なもん流行らせようとしてるのかい、あの筋肉男は」
苦笑する婆ちゃんの毒舌も、ヒナタやネリオとのやり取りも、ここに帰ってきたと実感させてくれる。
「じゃあ食器を片付けたら、工房の様子を見に行ってくるよ」
ヒルダ婆ちゃんの家を出て、村に新しく建てられたパン工房の前まで、のんびりと歩いた。
石造りの窯からは、香ばしく甘い匂いが漂ってくる。
窓からそっと中をのぞくと、メイがこねた生地を丁寧に成形していた。
「……メイ、パン屋に転職したのか?」
俺に気が付いていたのか、彼女は顔を上げもしないまま答える。
「エイドが忙しいから、代わりにやってるの。ヒナタ印のやつ、量産するつもりらしいわ」
メイの指先は、慣れた動きで生地をひねると、形を丁寧に整えていく。
「……ずいぶん手慣れてるな」
「この村に来てから武器作りもパン作りも、いつも手伝ってたからよ」
メイとエイドは、魔王の件以来、イノール村に居着いている。
「エイドが『パンケーキの焦げが、バゲットに合うかも』って言ってたけど、よく分からない理屈だよな?」
「あれは口実ね……久しぶりに戦いの場に出て、楽しかったみたい。それに、ユウマの近くにいれば、また揉め事が起こるでしょ?」
「やめろ、メイが言うと本当に起こりそう」
彼女はクスクスと笑いながら、成形した生地を鉄板の上に綺麗に並べていく。
近くの椅子には、彼女の自慢のフライパン型武器が置いてあった。
「……なぁ、メイ。何でその武器を選んだんだ?」
「この前も言ったでしょ、ブーメラン型は半年待ちだったって。それに料理にも使えて、武器にもなるの。一石二鳥でしょ?」
メイはフライパン型をうっとりと見つめると、誇らしげに笑った。
「そうじゃなくて、どうして物理攻撃を選んだのか聞きたかったんだ。それに、お前ずいぶん強くなってたな」
「修行したからね。それに私だけ何もできないのが嫌だったの」
メイの顔には、少しだけ寂しそうな色が浮かんでいた。
彼女なりに考えて出した結論なんだろう……俺があれこれ口を出すことじゃないか。
「修行って、メイひとりで? どうやってやったんだ?」
「敵を倒して回復させて、また倒すの。それを繰り返したのよ」
「お前ってそういうとこ、本当に容赦ないよな……」
仲間としての気安さもあって、俺もつい本音をさらけ出す。
「……俺も最初は止めたんだが、何を言っても無駄だった」
工房の奥で作業していたエイドは、粉まみれだった。
前掛けに粉、頬にも粉……自分の城ができたことで、思う存分粉まみれになれるのが嬉しいらしい。
「エイド、肩の怪我はもう完治しただろ。冒険者に戻らないのか?」
「俺がギルドに登録したのは、パン屋の開店資金を貯めるためだ。それに、イノール村にもギルドがあるだろ」
がむしゃらに依頼を受けていたおかげで、エイドはS級冒険者にまで登りつめた。
本人にとっては稼げればそれでよく、ランクそのものには興味がないらしい。
「ほら、さっさと焼いちゃいましょ」
メイは鉄板を持ち上げると、その端でエイドの背中をこつんと突いた。
「じゃあ、またな」
「おう、後でな」
片手を軽く上げるエイドの隣で、メイは微笑んでいた。
こうして彼らとゆっくり話せるのは久しぶりで、出会った頃を思い出しながら、俺は書類を抱えて集会所へ向かった。
「すみません、お待たせしました」
時間通りだったけど、扉を開けると、すでに他の村人たちは集まっていた。
待たせたことを謝罪しながら、俺は慌てて自分の席につく。
「開発予定のフライパン型改良武器ですが、さらに飛距離を伸ばし――」
あ……そういえば、ヨネさんに弓を借りっぱなしだったな。
彼女から借りていた「八つ目弓」は、ネリオが拾ってくれていた。
俺は会議が終わるとすぐに、弓を手にヨネさんの元へ向かう。
ネリオも、なぜか一緒に行きたいって言いだして、後ろから付いてくる。
「ヨネさん……せっかく貸してもらったのに、結局使わずじまいだった」
「あらまぁ、そうだったの。でも使わないで済むなら、その方がいいわ」
彼女は部屋の奥から、古めかしい木箱を持ってくると、留め金を外し蓋を開ける。
中は厚手の上質そうな布が敷き詰められていて、その箱がこの弓のために作られたものだと分かる。
「もしかして、かなり高級品なんじゃないですか?」
彼女に弓を手渡すと、隣に突っ立っているネリオが木箱に手を伸ばす。
「……ああ、やはりこれでしたか。ずいぶん珍しい一品をお持ちのようだ。8人の魔女に呪われた弓など」
「……まあっ!?」
「お、おいネリオ。今さらっと危ないこと言っただろ!?」
俺とヨネさんは、驚いて声を上げた。
呪われた弓だなんて、彼女自身も知らなかったんだろう……知っていたら、さすがに貸しはしなかったはずだ。
ヨネさんは弓を優しく撫で、懐かしげに目を細めた。
「……この弓はね、先代の王と一緒に迷宮で見つけたの」
先代の王って……この人、いったい何者なんだ!?




