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逆流者の旗  作者: 秋月 爽良


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第75話 自身の威厳を築く者

「ユウマさんたちは、我々の後ろへ」

「……ふん、そこでじっとしているがいい」


 俺たち3人を庇うように、魔王とネリオ、それにバルドが目の前に立ち塞がる。

 彼らは、国王軍が放った矢を、間一髪のところで弾き飛ばしてくれていた。


「エイド……国王軍ってホントなのか? なんで俺たちにまで攻撃してくるんだ?」

「あの紋章、間違いないとは思うが。理由は俺にも分からん」


 俺は、目の前で仁王立ちする魔王たちの間から、そっとのぞき見た。

 

 左肩には間違いなく、鷹をモチーフにしたこの国の腕章。

 重厚な鎧を着た部隊が、ぐるりと俺たちを取り囲んでいた。


「あの、ちょっと待ってください。彼らには元々戦う意志はないんです、戦闘を続ける必要はありません」


 なんとか報告で誤魔化したかったけど、見られてしまった以上仕方ない。

 正直に話して理解してもらうのが、一番手っ取り早いはずだった。


 俺の呼びかけに、胸元にいくつものバッジを付けた中年の男性が、そばの兵士に何やら指示を出した。


 兵士が片手を上げると、数名の魔道士たちが手のひらに魔力を集め始める。

 次の瞬間、巨大な炎の玉が次々と俺の方へ放たれた。


「ユウマ、危ない!」


 飛んできた炎を、メイが手に持っていたフライパンで打ち返す。

 遙か彼方まで吹き飛ばされた炎の玉は、一瞬の静けさのあと大爆発を起こした。


「あ、危な……何するんだよ、殺す気か! 人の話を聞けよ!」


「……ふん。貴様らのような連中には、消えてもらわないと困るのでな。そうだろう、ジライ将軍」


 顎髭を撫でながら、でっぷりと太った男性が兵士たちの後ろから姿を現す。

 

 コイツ、出陣式で偉そうに喋っていた――。


「こ、国王じゃないか……!? なんでここにいるんだ?」

「おっと、動かない方がいい。お前たちはすでに包囲されておるのだ」


 ジライ将軍と呼ばれた男性が、白い髭に覆われた口元を歪め、にやりといやらしい笑みを浮かべる。


「な……どういうことだよ!?」

「ユウマさん、お待ちください」

 

 抗議の声を上げた俺を、ネリオは国王軍へ鋭い視線を向けたまま制止した。


「……なんでだよ、ネリオ」

「少しお静かに。急いては事をし損じる、と言うでしょう?」


 俺たちの目の前で、魔王とネリオはチラリと視線を交わし、軽く頷き合った。

 魔王は顔色ひとつ変えず、静かに、それでいてよく通る声で国王へ語りかける。


「人の王よ。貴様の目的は、この角だろう?」


「おお、よく知っているな。父親の方を狙っておったが、取り損ねてな。まさか生え替わるとは……ハッハッハ、ワシにもやっと運が向いてきたわい」

 

 そんな理由で、これだけの被害を出したのか!?


「ふざけるな。アンタ、何のためにそんなことを――!」

「ユウマ、待て!」


 エイドが押し殺した声で短く叫びながら、俺の口を後ろから塞ぐ。

 周囲の兵士たちが、一斉に武器を構える音が響いた。

 

 完全に包囲されたこの状況で下手に動けば、一瞬で矢の雨が降るだろう。


「ぐっ……!」

「まさか……最初から仕組んでいたなんてね」


 隣のメイも肩を震わせながら呟いた。


 魔王たちは黙って成り行きを見守っていたけど、その口元はわずかに笑っているように見える。


「ネリオ、お前ら一体……?」

「ジライ、あの薬を取ってこい」

 

 国王は偉そうにふんぞり返って将軍に指示を出した。


「はっ。……誰か、煎じ薬を押収せよ!」


 将軍の命令で、兵士のひとりが駆け寄り、乱暴に奪い取っていった。

 国王のもとへ急いで駆け戻ると、(ひざまず)いて、うやうやしく薬を差しだした。


「ちょっと待てよ! それは今、負傷者を――」

「貴様のような虫けらが、ワシに指図するのか!」


 俺の言葉を遮るように、国王が大声で一喝するその圧に、言葉を飲み込んだ。


「……なるほど。貴様は不死の力が欲しいのだな」 


 この場の誰よりも冷静だったのは、魔王だった。


「黙れ、魔族風情が……ジライ、まずはお前が飲め。毒見だ」


 吐き捨てるように言うと、国王は薬の入った容器を将軍へ手渡した。


「はっ」


 ジライ将軍は薬を一口すすったけど、すぐに異変は起きなかった。

 大きく息を吐き出したあと、口元を拭う。


「……ほう、悪くない味ですな」

「よかろう、次はワシの番だ」


 満足げな笑みを浮かべた国王は、容器を奪い取るようにして口をつける。

 ゴクリと飲み込もうとしたその時――。


「……その煎じ薬は、飲む者にとって最もふさわしい形で作用する」


 口元に笑みを浮かべ、国王たちのやり取りを冷めた目で眺めていた魔王が、静かな声を響かせた。


「なんだと……? 貴様、今さら何が言いたい?」


 薬を飲み込んだ国王は見下したような視線を向ける。


「願いが清ければ、救いとなる。だが――」


 横から見えた魔王の瞳は漆黒に染まり、その中心が細く黄金色にきらりと輝いた。


「己の欲に呑まれた者には、その意味すら見誤るだろう。しかと心に刻んでおけ」

「それはどういう意味だ……!? ぐ、あっ……」


 国王の身体がぐらりと揺れ、苦悶の表情を浮かべて膝をつく。


「へ、陛下……ぐはっ!」


 ジライ将軍も苦しそうに呻きながら、その場にうずくまった。


 周囲に控えていた兵士たちも、怖じ気づいたように右往左往するばかりで、近づこうともしない。


「ねぇ、あれは何……?」

 

 のたうち回るふたりの身体から、黒く淀んだモヤが立ちのぼり、ふわりと宙を漂い始めた。

 誰もが息を呑んだまま、その異様な光景を見守っていた。


 モヤがゆっくりと空中へ昇ると、まるで何かが剥がれ落ちるように、国王たちの顔から険が消えていく。


「父上……助けてください」


 ぽつりと漏れ聞こえたその言葉に、俺は思わず耳を疑った。


「どうしてワシはこんなにも……皆に認めて欲しかったのでしょうか」


 国王は顔を両手で覆い、震える声で語り始める。

 

 幼い頃、父王に認められたくて、必死に勉学や剣術に励んだこと。

 常に兄ばかりが称賛され、自分は影のように扱われてきたこと――。


「……ワシは末子で、王位を継ぐことはないと思っておったのだ」


 父王と兄たちが相次いで亡くなり、優れた王にならねばという焦りは、いつしかその地位を守りたいという執着へと変わっていった。


「ワシは……王になってからも、ずっと誰かに認めてほしかった」


 肩を震わせる国王の涙が地面に落ちる音すら、静けさの中で響くようだった。


「陛下……私の責任でございます。お側におりながら、なにひとつ貴方の苦しみを取り除いてさしあげられなかった」


 ジライ将軍もまた何かを悟ったように項垂(うなだ)れ、国王の手に両手を添える。

 その様子を見つめながら、魔王はただ静かに言葉を紡いだ。


「……己を偽る者に、角の煎じ薬は牙をむく。だがその偽りが砕けた時、それは再生の契機ともなりうるのだ」


 それだけ言うと、魔王はそっとふたりに背を向けた。


「貴様もまた、救われるべき者であったのかもしれん。ほんの少しばかりな」


 その言葉は、長く続いた人と魔族の戦いの終わりを告げるものだった。

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