第74話 揺らぐ境界
「俺がここにいるってどうやって知ったんだ?」
メイとエイドは顔を見合わせ、気まずそうに視線を逸らした。
「怒らないから言えってば」
「……私たち、やっぱりユウマのことが気になって、ギルドのオラロワ支部長さんに状況を教えてもらってたの」
メイは俺の様子をそっとうかがってくる。
「後ろめたいことでもないだろ……でも、イノール村にいるってことまでは聞いてなかったんだな」
「支部長が頑として教えてくれなかったんだよ。それにもしバレたら、お前がまた狙われるかもしれないだろ?」
こうやって心配してくれる人たちに出会えて、俺は幸せ者だ。
「ユウマ……イノール村に逃げるときも、危険な目に遭ったんでしょ?」
「うん、でも、新人君から預かってた短剣があったから助かったよ。それに大きな怪我はしてないから、心配しなくて大丈夫だ」
一応、ベラティアの街から逃げ出したことになってるしな……あまり詳しく話すと、裁判のことまで説明しなきゃいけなくなる。
「なあ、お前ら今からイノール村に来ないか? 武器を作ってるところも見学できるし」
「本当に!? 行ってもいいの!?」
話題を変えると、メイは目を大きく見開き、満面の笑みを浮かべる。
「うん。ヒナタとも仲良くなって、今は一緒に武器を作ってるんだ」
「すっごい奇跡だわ!」
メイはその場で軽く跳ねながら、抱えていたフライパンをグルングルンと振り回す。
「あ、危ねぇって、メイ」
「うふふ、ごめんねエイド。これを手に入れるの、本当に大変だったの。予約しないと買えないし……それにヒナタに会えるなんて、こんな機会めったにないんだもの!」
ヒナタはカイルのこともあって、販売は村の人に任せていたけど……一部の武器マニアからは、アイドルみたいな扱いになってるからな。
自分のことじゃないのに、なんだかこっちまで嬉しくなる。
とりあえず聖地巡礼ってことで、招待するか。
「在庫については、改善していくよ……でもそれって、自力で回収しないといけないだろ。ブーメラン型なら手元に戻ってくるぞ?」
「あれは半年待ちだったのよ……それでフライパン型にしたの。でも手に馴染んできたから、これにして良かったわ」
「なんかお前ら……平和そうで何よりだな」
エイドは俺たちのやり取りを眺めながら、ポツリと呟いた。
「エイドも予約しとけば良かったのに」
「いや、俺は素手で戦うから……」
エイドがもう冒険者を続けられないって聞いていたけど、さっきはそんな気配をまったく感じなかった。
リハビリを頑張れば、また以前のように動けるんじゃないかと、俺は淡い期待を抱いていた。
もちろん俺も全力で力を貸すつもりだ。
それに新人君にも、また冒険者としてやっていけるように手助けしたい。
セルジオ神父から聞いた魔王の角の話も思い出したけど、脱皮したとかならまだしも、生きてる魔王に角を削ってくれなんて頼めないよな……絶対痛いだろ?
命の泉が存在するのは確かだし、まずはそこから試してみよう。
俺はエイドのリハビリ計画を頭の中で組み立てていた。
「その……ユ、ユウマ! 貴様の住んでいる村は、ここから近いのか?」
「一日あれば行けるんじゃないかな。お前も遊びに来いよ、なぁ、ネリオ」
「それはいい考えですね」
ワイワイと騒ぐ俺たちを、どこか羨ましそうな目で見ていた魔王は、誘いに目を見開いた。
彼は口元が緩みそうになるのを堪えるように、唇を引き結ぶ。
耳まで赤く染まった魔王に、メイが思わず吹き出した。
「……ごめんなさい、表情が可愛くって。それに、さっき攻撃したことを、まだ謝罪してなかったわ。本当にごめんなさい」
「そうだったな……申し訳なかった」
エイドも気まずそうに謝罪の言葉を口にする。
頭を上げた彼は、腰に下げたポーチから何かを取り出すと、スッと魔王へ差し出した。
「む……これは何だ?」
「バゲットで作った俺の名刺だ。数が増えると、結構かさばるからさ。これなら食っちまえばいいし」
魔王は名刺を受け取ると、表と裏をしげしげと眺めたあと、ひと口かじった。
「……うむ、香ばしいな。名刺とはこういうものなのか、ユウマ」
「違うって……エイドも器用過ぎるだろ」
「お前にもやるよ」
受け取った名刺には、エイドの名前と「冒険者」という肩書きが、焦げ跡で丁寧に刻まれていた。
「お前、S級だろ。本当のことなんだから、遠慮しないで書けよ」
冒険者にとっては、ランクが全てだ。
S級という地位にたどり着くまでに、どれほどの苦労を重ねてきたか、誰もがよく知っている。
「いや、俺はもう――」
「エイドの肩を治すって決めてるんだ。諦めるつもりはないからな」
困ったように笑うエイドは、リハビリに励みつつ、毎日パンを焼く腕も磨いていたらしい。
「……まぁ、パン作りがいい息抜きにもなってるからな」
「私も協力するわよ、ユウマ」
メイはそっとエイドの腕に触れ、泣き出しそうな表情を浮かべながら微笑んだ。
「……それで、国にはどう報告するつもり? さっきの話じゃ、正直に言うのは得策じゃないと思うけど」
そう言って、メイは指先で目元をぬぐった。
「お前はのんきだからな。相手は人の命を簡単に犠牲にするヤツらなんだぞ?」
「そうよ、ここは慎重にいかないと」
エイドとメイの真剣なまなざしに、俺は言葉を飲み込んだ。
「倒したっていう、証拠があればいいんじゃないか? でないと王はまた、同じことを繰り返すかもしれん」
「証拠ったって……首を持って行くわけにいかないだろ」
エイドの言ってることはもっともだけど……だからって、どうしたらいいんだ。
その場には、重苦しい空気だけが広がっていく。
「それにここで倒れてる人たちも、外に運び出して弔わなきゃね……」
メイは周囲を見渡しながら痛々しげに呟く。
「……それなら、これを使うがいい」
魔王は自らの角に手を添えると、迷いなくそれを折って差し出してきた。
「お、おい……それ、本当に大丈夫なのか?」
驚いて思わず声を上げた俺たちに、彼は何事もなかったかのように平然とした顔をしていた。
「問題ない。この角は、万能薬の素材となる。其奴らに飲ませてみるがいい」
「セルジオ神父の言葉は本当だったのか……」
静かに控えているネリオだけが、澄ました顔をしている。
「我は争いなど望んではおらん。ただ、責任を取るとすれば、これくらいは当然であろう」
「でも……角って、結構大事なものなんでしょう?」
「確かにそうだが……魔王となる者は、一度だけ角が生え替わるのでな」
魔王は口元をほんの少し緩め、あっけらかんと答えた。
なんだよそれ、乳歯かよ……。
「……まあ、新しく生えてきた角が全て折れれば、我の命も尽きるだろうがな」
なぜか彼は楽しそうに言うと、ニヤリと笑った。
彼の頭には2本の角が生えているけど、もう一方はすでに永久歯……いや、永久角なのか、めちゃくちゃ気になるな。
「それを煎じて飲ませれば、その者にとって最も良い形で効くだろう。癒しも変化も起こるだろうが……欲にまみれた者にはどうであろうな」
魔王の含みある言葉は、やはり彼が魔族であることを思い出させる。
淡々としていながらもどこか冷たい影を帯びていて、俺たちは言葉を失った。
「では、皆さん。早速薬を煎じましょうか」
ネリオの一声で我に返った俺たちは、役割を分担した。
エイドが角の先を拳で砕き、メイが水を張った器に粉末を落として魔力を流し込む。
すると、透明だった水が淡い光を帯び、液体の薬へと変わっていった。
「ユウマさん、倒れている方を一箇所に運びましょう」
「分かった。じゃあ、ネリオはそっちを持ってくれ」
運良くと言っていいのか、候補者たちはみんな息があった。
大怪我をしているヤツもいて、大量の血が辺りの木や石に飛び散っている。
魔王は角を折った余韻が残っているのか、どこかぼんやりと遠くを見つめていた。
「そろそろ完成するわよ」
メイの手の中で、角の粉末が淡く光を帯び、ふわりと甘い匂いが立ち込める。
それはどこか焼きたてのパンケーキのような、優しい香りだった。
「バルド、大丈夫か? お前……ありがとうな」
俺はすぐに傷ついたバルドへ煎じ薬を分け与えた。
抱きしめる俺の腕の中で、あの大きな獅子獣が尻尾を揺らした。
「うっ……お、俺は、生きているのか?」
「ああ、もう大丈夫だ」
エイドは自分を後回しにして、彼らに煎じ薬を飲ませて回っている。
しばらくすると、倒れていた候補者や魔獣たちがゆっくりと目を開け始めた。
――ドォン!
激しい閃光と爆発音と共に、大地が大きく揺れた。
気がつけば、いつの間にか重厚な鎧に身を包んだ騎士たちが現れ、周囲を取り囲んでいた。
「……国王軍!?」
エイドが驚きの声を漏らすと、彼らの先頭に立つ騎士が剣を掲げ、高らかに叫んだ。
「魔王討伐の任、ここで完遂する!」




