第73話 騒がしい再会
「エイド! メイ! お前らなんでここに!?」
「ユウマ、すぐ助けてやるからな!」
叫ぶエイドの隣で、目を閉じたメイが短く呪文を唱えると、辺り一帯に、一気に冷気が広がっていくのを感じた。
呪文に合わせて、彼女の指先から氷の塊が生成され、それはみるみるうちに大きくなっていく。
頬を刺すようなピリピリとした痛みに、俺は思わず両手で何度も顔をさすった。
「メイ、お前に合わせる! いくぞ、物理補助魔法、拳の誓いぃ!」
「エイド、お前魔法使えたのかよ!?」
……でも今、物理って聞こえたけど。
彼は詠唱しながら、握り締めた拳で近くにあった岩を砕く。
拳から血が流れてもおかしくないのに、なぜか平然とした顔をしていた。
「エイド、ありがとう。あとは、私に任せて!」
「メイ、ちょっと待てって!」
彼女が作り出した氷の塊は、すでに車一台分ぐらいの大きさにまで膨れ上がっていた。
いや、それはもう助けるための魔法じゃなくて、まとめて木っ端微塵にするやつだろ。
詠唱を終えたメイはもう片方の手で、バラバラにされた岩の欠片を操る。
巨大な氷へとまとわせると、こっちを見てニヤリと笑った。
メイさん――!?
「おい、ふたりとも話を聞けよ!」
――ここにいたら、俺まで攻撃を食らう。
俺の心からの叫びは、興奮しているあのふたりには届かなかった。
容赦ないメイが放った氷魔法は、加速しながら俺と魔王へ一直線に向かって来る。
――バキィィィン。
逃げる間もなく腕で頭を覆い、目を閉じた俺は、氷が砕ける音にそっと目を開いた。
そこにあったのは、俺たちふたりを守るように立つ、ネリオの背中だった。
「これはこれは……なかなかの威力で驚きました、メイさん。詠唱時間も短かったですし、あれからずいぶん修行されたのですね」
「ネリオ……お前どこにいたんだよ。相変わらず冷静すぎるだろ」
彼が俺たちをかばったことで、メイとエイドは驚きのあまり声も出せない様子だった。
余裕の笑みを浮かべたネリオは、俺と魔王の方へ振り返る。
「このくらいはしておきませんと、私も裏切り者だと思われかねませんから。それに、メイさんたちの登場はまったく予想外でした」
「ネル……やはり貴様だったか。妙な匂いをさせおって」
「ふふ、お気づきでしたか。ユウマさんも、途中で離脱して失礼しました」
ネル……それって、ネリオのことか?
ネリオはいつもの調子で謝罪するけど、口元は微笑んだままで、きっと反省なんかしてない。
「ちょっと……どういうことなのか、説明してよ」
焦った表情で駆けてくるメイの後ろから、こりをほぐすように首をひねりながら、エイドがゆっくりと近づいて来る。
「メイ、今から説明するから。それとエイド……肩は大丈夫なのか?」
「ああ、まあな」
「そっか……」
彼が曖昧に言葉を濁すのは、リハビリがまだ思うように進んでいないからなのかもしれない。
それでも、こうやって駆けつけてくれたのが嬉しくて目頭が熱くなる。
「……ユウマ、情けねぇ顔すんなって」
「ごめん……久しぶりに会えて嬉しくて。ふたりとも、俺を助けに来てくれたんだな、本当にありがとう」
思わずこぼれた言葉に、メイは得意げに笑い、エイドは照れくさそうに視線をそらした。
「それで、どういうことなのよ?」
「ああ……俺たちは騙されてたんだ」
魔王が復活していないこと、国王が兵を送り続けていたこと、そして魔獣たちが人里へ来る理由。
俺がこれまでの経緯を説明し始めると、ふたりは最後まで耳を傾けてくれた。
◆
「――まあ、だいたいそういうことなんだ」
呆れ顔で口を半開きにしているメイと、眉間にシワを寄せているエイド。
説明している途中から、ふたりの表情が少しずつ変わっていくのが、なんだかおかしかった。
どれも信じろと言われて、すぐに飲み込める話じゃない。
ネリオに助けを求めるように視線を向けると、彼は肩をすくめて苦笑した。
「……ちょっと待って。なんでそんなことしなきゃいけないの?」
「魔王が千年に一度復活するって話は、王の作り話だったってことか?」
二人は矢継ぎ早に、俺へ質問を投げかける。
自分の国の王が嘘をつくなんて、そう簡単には納得できないだろう。
「……ネリオ、最初から知ってたんだろ?」
「ええ、まあ。ですから言ったでしょう? 王という者は、言葉で自身の威厳を築くものだと」
やっぱりそうじゃないか……あっさり認めたな。
ネリオを少し憎らしくは思うけど、結局また助けられたのは事実だった。
「自身の威厳を築くって、どういう意味なんですか?」
「メイさん、人は抱えるものが大きくなるほど、それを守ろうとして意固地になるものなんです」
「つまり、どういうことなんだ?」
エイドは、首をかしげる。
「……自分がこの国で一番特別な存在だって、国民に思わせておきたかったんだろうよ」
「なんだよ、それ……」
ふたりはにわかには信じられないようで、困惑した表情のまま黙り込む。
国王って、国のトップだぞ。
それだけで特別なのに、それ以上何を欲しがるって言うんだ。
「千年に一度という言葉は、人を動かすには十分すぎます。危機が大きければ大きいほど、人々は強い象徴を求めますからね」
ネリオは、どこか他人事のように淡々と言う。
「……それに最近は、パンケーキ武器の方が話題を集めていましたから」
「本当にくだらないな……」
自分で口にして、胸の奥が冷えていくのが分かった。
本当に復活したわけでもないのに。
魔王を倒せと送り込まれた候補者たちは、さっきまで本気で命を落としかけていた。
「言葉で威厳を築くって、そういうことなんだ……」
俺やネリオの言葉を噛みしめるように、メイは何度も小さく頷いていた。
「信じるかどうかはあなたたち次第です。私はあくまで観察者であり、興味を持った人たちの行方を、静かに見守っているだけですから」
相変わらず悪趣味なやつだな……。
ヒルダ婆ちゃんが言っていた『白銀の観察者』って、やっぱりお前のことじゃないか。
「……それよりあなたたち、ずいぶん仲が良いのね?」
「ああ、今は同じ村に住んでるから」
メイがネリオと会ったのは、治療院が最後だったはずだ。
あれから急に距離が縮まって見えるなら、不思議に思うのも無理はない。
そこで俺は、ふと思い出した。
「そうだ、メイ。さっき投げたのって何だったんだ?」
「あっ、忘れてた! 回収してこなきゃ」
パタパタと駆け出すメイは、どうやらどこへ飛んでいったのか見失ったらしい。
あちこち探し回った末に、丸い物体を抱えて戻ってくる。
「ふふん、これを見てちょうだい。私の専用武器なの」
え……あれって、もしかして。
「……俺には見慣れたフライパンに見えるんだけど、ちょっと見せてもらっていいか?」
受け取って裏返すと、柄の付け根に見覚えのある印が刻まれていた。
ヒナタ印だ……やっぱり間違いない。
「……いつも持ってた杖はどうしたんだ?」
「今はもう使ってないの。折れちゃって」
杖って大事なものじゃないのか……!?
フライパンを返すと、メイは嬉しそうに表面を撫でている。
「……メイはあれから修行して、フライパン回復魔法士になったからな」
「フライパン回復魔法士って……そんなのあるのか?」
「俺もよく分からねぇが、物理攻撃と魔法のいいとこ取りだそうだ……」
エイドの声には、諦めにも似た響きが混じっていた。
「エイドには反対されたけど……ただのフライパンじゃないのよ? ヒナタ印で、手に入れるのに3ヶ月も待ったんだから」
自分たちの村で作った物が、メイの手元にある。
それを見ると、嬉しいような、少し気恥ずかしい気持ちになった。
「俺とネリオは、今はその村に住んでるんだ……そんなことよりお前らさ、ここにいるってどうやって知ったんだ?」
俺の問い掛けに、メイの顔から笑顔が消え、エイドは気まずそうに視線を逸らした。




