第68話 勇者候補、ひとり浮いてます
「え……あれ、ネリオか?」
全身を黒い服で包んだネリオは、フードを深くかぶった人物と、ボソボソと何やら話し込んでいるようだった。
フードの人物は、時折見える瞳が怪しくキラリと光るほか、これといった特徴はない。
「──次は、予定通りに」
俺は思わず建物の陰に身を隠して、耳を澄ませ、そっとふたりの会話に聞き入った。
フードの男の手が外灯の明かりに照らされ、甲にうっすらと紋章が浮かび上がっている。
一瞬、盗賊たちのタトゥーが頭をよぎって背筋に冷たいものが走ったけど、目を凝らしてよく見ると、それは丸い紋章のようだった。
だからといって、怪しくないとは言えないけど。
「……あれ、もう帰るのか?」
予想外に早くふたりが解散し、胸騒ぎを覚えながら、俺も足早にその場をあとにする。
愛想のいい店主から忘れ物を受け取ると、宿へ戻ってベッドに潜り込んだ。
「ユウマさん、おめでとうございます」
翌朝、合格者の名前が張り出された掲示板を眺めていると、背後から声を掛けられた。
「あ……ああ、ネリオか。おはよう」
昨夜の光景を思い出して、おもわず後ずさると、ネリオの眉がピクリと動いたように見えた。
「貴方のご活躍を楽しみにしています……ああ、そうだ」
彼は思い出したように、俺の耳元に顔を寄せる。
「……昨夜の風は、心地よかったですね?」
「気付いてたのか……ごめん」
それ以上、言葉が出なかった……バレていた、完全に。
「では後ほど、合流するとしましょうか」
立ち尽くす俺の肩をぽんと軽く叩いて、ネリオは機嫌良さそうに軽い足取りで、街の雑踏へと溶けるように消えていった。
◆
出陣式の時間が近づくと、王城前の石畳の広場には、二次試験を突破した猛者たちが続々と集まり始めていた。
勇者候補としてずらりと並んでいるのは、名を連ねた冒険者や傭兵、魔術師たちだ。
よく磨かれた鎧の光が眩しくて、カイルを思い出した俺は思わず目を細める。
二次試験の魔象騒ぎで棄権者が続出し、5000人いた受験者は500人まで減っていた。
――その列に場違いな空気をぶらさげて突っ立っている男がふたり。
……ひとりは俺。
そしてもうひとりは、軽やかにあの両手剣を扱っている、白銀のローブ姿のネリオだ。
「……馴染まないにも程があるよな、俺たち」
「そうですか?」
鎧もマントもなく、ネリオはローブこそ羽織っているものの、勇者候補の列に並ぶにはあまりに軽装だった。
しかも俺の背中には、本来ならヒナタが張り切って作ってくれた両手剣があるはずだったのに、それもない。
「やっぱり、重すぎて持てないんだよな」
……それに、今はなぜかネリオが持ってるし。
彼はあの50キロ級の両手剣を、まるで竹刀でも持つみたいに軽々と扱う。
「なんか美味そうな匂いがするな……アイツが持ってる剣から甘い匂いがする」
「いや、そんなことあるわけないだろ、ただの武器だぞ?」
周囲のひそひそと囁きあう声が、やけにはっきりと耳に入ってくる。
隣のネリオをそっと窺うと、彼は特に気にした様子もなく涼しい顔でその場に立っていた。
春先の少し冷たい風に、ネリオのローブの裾が揺れ、裸足のつま先がほんの一瞬だけのぞいた。
何で裸足なんだろ……しかも、ちょっと地面から浮いてるし。
「……なぁ、ネリオ」
「ユウマさん、どうかしましたか?」
呼びかけると、彼はちらりとこっちを見る。
「その剣って、重くないのか?」
「いいえ、特には」
軽く言われてしまって、ぐうの音も出ない……それに、結局あのフードの男は誰だったんだろ?
ネリオは、あれ以上何も言わない。
「……ホント、意味が分からないな」
パァラパァ――ッ、パパパパァン!
小さく呟く俺の声は、やたらと長いファンファーレにかき消され、周りの勇者候補たちは一斉に姿勢を正す。
さっきまでざわついていた広場も、いつの間にか張り詰めた空気に変わっていった。
やがてバルコニーに国王が姿を見せると、出陣式を見送りに集まった街の人たちは歓声を上げる。
王冠をかぶった国王は、いかにも威厳のある表情をしていて、背後では、控えの騎士たちが見事なタイミングで片膝をついた。
へぇ……やっぱり騎士って膝をつくんだな。
誰ひとり跪いてない候補者は、全員民間人ってことだ。
王の背後に並ぶ騎士たちは、見送る側。
命を張って城門を出ていく列の中に、国の兵士らしい姿はひとつもない。
「勇気ある者たちよ……!」
知りたくなかった事実に気づき、少し興ざめしていた俺の前で、国王のありがたい話が始まった。
「いまこそ、千年に一度の試練が我が王国を──」
千年……魔王が現れる間隔って決まってるのか。
でも何でそんなキリのいい数字なんだ?
「……諸君が手にする報酬、それは金貨だけではない」
なんか精神的な充足とか言い出しそうな流れだな……。
「この歴史的使命は、我が王国にとって──」
「……長いな」
思わず小声で漏らすと、隣のネリオがくすりと笑った。
「王というのは、言葉で自身の威厳を築くものですから。ただし築きすぎると……こうなります」
ネリオは空中でチャックでも閉めるみたいに、指先で水平に魔法の線を一本引いた。
それに合わせて、国王の口がぴたりと閉じる。
「……?」
王は自分では話しているつもりらしく、口だけがモゴモゴと動いているのに声は一切出ていない。
あれだけ堂々と話していた人間が、急に口パクだけになると、あまり有り難みも感じられない。
「……ネリオ、いま何したんだ?」
「ふふふ……効果はすぐに切れますが、ちょっとした余興です。言霊封じという術で、便利なんですよ」
「余興って……」
異変に気付いた騎士たちが、バタバタと慌てて国王を奥へ引っ込めていた。
「えー、……陛下は喉の調子をアレされましたので、本日はこれにて終了します。では、出発の儀を」
勇者候補たちがざわつく中、整列させる号令が飛ぶ。
流れに任せたまま城門を出た俺たちは、南へ続く大通りをゆっくりと進んでいた。
沿道には旗を振る子供たちや、手を振る人々の姿が並び、さっきまで張り詰めていた空気も、お祭りみたいな賑やかさに変わっていく。
「おい見ろよ、アレ!」
「あれ、パンじゃねぇか? 焦げてるけど!」
ネリオが抱えているパンケーキ型の両手剣に、子供たちの視線が一気に集まる。
「ふふ、いいでしょう?」
ネリオはにこりと笑って、得意げに剣を抱え直した。
「でも、あげませんよ?」
「……誰も欲しいとは言ってないって」
小声でツッコんだけど、子供たちはますます盛り上がる。
「それ、中身どうなってんの?」
「絶対、ジャムだってば!」
子どもたちが騒いでいても、ネリオは淡々と、焦げた剣を抱えて大通りを進んでいく。
しばらく進んで、王都の騒がしい街並みを抜けた先は、夜の名残を引きずるように静まり返っていた。
朝早かったせいか、窓がまだ閉ざされたままの家も多く、通りに人影も少ない。
勇者候補たちはそれぞれ剣や盾を背負い、脇目も振らず、前だけを見て黙々と歩いていく。
隣を歩くネリオは、無表情のまま空を見上げていた。
「これから死ぬかもしれないのに、誰も泣かないものなんですね」
「……そりゃ、みんな負けると思ってないからだろ。それに泣くのは無事に戻ってからだ」
その時、通りの端に見覚えのある3人の姿が見えた。
「ユウマー!」
弾んだ声の方を見ると、ヒナタが大きく手を振っていた。
その隣には、ヨネさんとヒルダ婆ちゃんの姿もあった。
「追いついた……よかった!」
慌てて来たのか、ヒナタは肩で息をしていて、隣のヨネさんの手には、布にくるまれた細長い包みがあった。
「これは私の自慢の『八つ目弓』よ。ぜひ使ってちょうだい」
包みを受け取って中を確かめると、どこか懐かしい木の匂いがした。
「弓なんて……俺に使えるかな」
「文句言わずに持って行きな。旅の途中は、何が起こるかわからないもんさ」
そう言ってヒルダ婆ちゃんは目を細めた。
「アンタが無事に帰ってくるまで、アタシたちの朝ご飯に、パンケーキは出さないことにしたんだよ」
「……バカじゃねぇの、パンケーキくらい食ってくれよ」
俺は彼女たちの気持ちに、言葉を詰まらせる。
それ以上しゃべると声が震えそうで、たまらず背中を向けた。




