第67話 勇者候補選抜試験
「ネリオ……魔王討伐ってお前、マズいんじゃないのか?」
勇者候補の召集令状を見た翌日、ネリオとふたりになれるタイミングを見計らって切り出した。
彼は魔族のはずだ……自らの王を倒す軍に参加して大丈夫なのか、それが心配だった。
俺だって命の泉を手に入れさえすれば、行く必要もないんだけど。
だけど、目の前で優雅にお茶をすするネリオの瞳には、少しの動揺も感じられない。
「……お前、本当は魔族なんだろ?」
「ふふふ……あなたが心配してくださるとは、光栄です。非常に興味深い」
ネリオの顔は最後まで笑顔のままで、気にするだけ無駄だったような気分になる。
「あなたが参加するのに、私だけ行かないなんてありえませんね」
……どうしてそこまで俺にこだわるんだ?
でも彼がそばにいてくれるだけで、不思議と心強いのは確かだった。
それから十日後――。
なんだかんだで辞退する機会を逃した俺は、ネリオと並んで、王都の試験会場の入り口に立っていた。
受験者数5000人が集まるこの場所は、人の熱とざわめきでむせ返りそうだ。
試験はバトル、知能、カリスマ性……って、俺はただの防衛隊長だ、こんなの無理だろ。
「なぁ、ネリオ……俺は帰った方がよくないか?」
「ふふ……まぁ、いけるところまでいってみましょうか」
静かに隣に立つ彼は、励ましなのかよく分からない、無責任な言葉を投げてくる。
「えー、この第一次試験では、審査員の直感で合格者が決定します!」
「なんだ、それ……試験する必要があるのか!?」
案内係の職員がメガホンで大声を張り上げる。
審査員は俺を見て「うーん」と唸るだけで、特に何もしていないのに、なぜか高評価をもらって2位で通過した。
理由はよく分からないけど、ネリオは5位だった。
少し悔しそうにしているのが、ちょっと笑える。
ほとんどの受験者が一次試験に合格しているくせに、なぜか順位だけはしっかり付いていて、審査の意味があるのかよく分からない。
次の二次試験は実技らしく、グループに分かれて挑むことになった。
異様な雰囲気に、周りの受験者たちも心なしかざわついていて、落ち着かない。
「なんで自分たちだけ、安全な場所にいるんだよ……そんなに危険な試験なのか?」
一応、武器は用意してきた。
まともそうな片手剣と、目くらまし用のパンケーキ爆弾。
数名の審査員たちは、闘技場の上の安全柵の向こうに、さっさと避難している。
ここはヒナタを取り戻すために俺がカイルと戦った場所で、彼女がカッコ良く元夫を追い詰めた場所だ。
メガホンを使って、審査員のひとりがこっちに向かって必死に叫んでくる。
「今から魔獣を適当に放ちますので、倒すなり逃げ切るなり、好きにしてください!」
この選抜試験、めちゃくちゃじゃないか……雑だし、何かおかしいぞ。
「……間に合った! ユウマ、これ使って!」
「えっ、ヒナタ!?」
会場は受験者のみ立ち入りを許されていて、一般の観客は閉め出されていたはず……もちろん魔獣を放すんだから当然だけど。
息せき切って現れたヒナタは、俺用の「パンケーキ両手剣(重さ50キロ)」を警備兵に運ばせてやってきたらしい。
立ち入り禁止のロープ前に視線を向けると、集まった観客たちの向こうに、腕を組んでじっとこっちを見ている軍服を着た男たちが目に入った。
彼女だけ特別に入れてもらえたのか……。
俺の視線に気付いたネリオは、小さく手を振って両手剣を指差す。
ネリオも様子が変だな……とりあえずは、まぁいいか。
「ヒナタ、ありがとう。ありがたく使わせてもらうよ、って……結構重いな」
警備兵に支えてもらいながら両手剣の柄を握った瞬間、ドクンと脈打つ感覚が指先から這い上がり、一瞬で俺の全身を駆け巡った。
体が熱く火照るのを感じる頃には、視界が一気に鮮明になって、審査員の胸元で光る身分証の文字までくっきりと読み取れる。
両手剣を握る手に力を込めると、思ったよりあっさりと剣先が持ち上がった。
「重くない……これならいける、ヒナタ!」
「良かった! 頑張ってね、ユウマ」
ネリオは後ろで手を組んだまま、どこか誇らしげに、ニヤリと不敵な笑みを浮かべていた。
正直、不安しかなかったのに……こうなると少しだけ戦える気がしてきた。
……ありがとうヒナタ、ネリオ。
ピ、ピィィィ――!
闘技場に鳴り響く笛の音に慌てて振り返ると、係の職員たちが、運んできた鉄製の檻の鍵を開け、走って逃げていくところだった。
「皆さん、生き延びてくださいねー!」
審査員の意味深な一言に、その場の受験者たちは息を呑んで、檻を見据えた。
――カタン。
わずかに物音がして、真っ暗な闇の中から見覚えのある長い耳が現れると、クンクンと周囲の匂いを嗅ぐ音が聞こえてくる。
愛嬌のある顔が日の光に照らされ、露わになった次の瞬間、ライオンほどの大きさの魔獣が俺たちめがけて飛び出してきた。
「おい、魔兎だ!」
檻は全部で4つ。
それぞれに一匹ずつ入れられた魔兎が、縦横無尽に辺りを飛び跳ね、受験者たちを追いかけていく。
「ヒナタ! 早く逃げろ!」
「うん、分かった! ユウマもネリオ師匠も頑張って!」
彼女が避難するのを確認するまで、俺は両手剣を身体の前に構えながら、魔兎の動きを目で追った。
――ドゴォン!
「次は何だよ……!?」
激しい破壊音と共に闘技場の石壁が砕け散り、飛び散る破片と砂煙が辺り一帯を包み込む。
白く霞む視界の中で、魔兎に追われていた受験者たちも俺も、その原因を見極めることはほとんど不可能だった。
「うわ……魔象だ! 踏み潰されるぞ、みんな逃げろ!」
え……ぞ、象?
まさか、コイツもデカいのか?
視界が少しずつ鮮明になると、ゆっくりと歩きながら姿を現したのは、背丈が5、6メートルはありそうな巨大な象だった。
「ちょっと! なんで魔象がここにいるのよ! 次の試験で、受験者を同じ檻に閉じ込めるって話でしょ!」
「おい……嘘だろ。アイツら、俺たちを殺す気だ!」
審査員がうっかり漏らした裏話が闘技場中に響き渡ると、場内は一気に騒然となり、我先にと逃げ出す受験者で出入り口はごった返した。
ヒナタは、うまく出られたみたいだ……なんで手なんか振ってるんだよ、早く逃げろって。
のんきな彼女の姿を見つけた俺は、その肝のすわりように苦笑しつつ、周囲を見回しながら大声を出した。
「ネリオ! どこだ!」
見つからない苛立ちをぶつけるように、その名前を何度も叫ぶ。
「後ろにいますよ、ユウマさん」
「うわ、近っ! それよりどうする、これ。もうめちゃくちゃだ」
「ふむ、そうですね……かなり興奮しているようですから、誘導しながら逃がすしか手はありませんね」
王都にあるこの闘技場から、近くの森や山までは距離がある。
いつもはネリオが魔術で吹っ飛ばすけど、この巨体が建物の上に落ちる可能性もある。
そのぐらい、王都の街は建物がひしめき合って建てられている……彼もそれを心配してるんだろう。
「ですが、よく魔象を捕まえましたね……彼らは群れで生活してまして、仲間を呼んでしまうんです」
「ネリオ……それ、もっと早く教えてくれよ」
「ふふふ、すみません」
ネリオは、いたずらっぽい笑みを浮かべながら、迫ってくる魔兎を指先ひとつで吹き飛ばす。
魔象は勢いに乗って観客席を破壊しながら、受験者達を追いかけ回していた。
「うわぁ! 誰か、助けてくれぇ!」
「……危ない!」
俺は咄嗟に構えていた両手剣を振り回し、前足を振り上げた魔象めがけて全力で投げつけた。
そのすぐ横で、ネリオが手のひらに一瞬で赤い気流を生み出す。
投げた両手剣は、ネリオの放った赤い気流に乗り、魔象の額にコツンと軽く当たって、ポトリと地面に落ちた。
魔象の大きな耳がぴくりと揺れる。
「……パオ」
あれ……動きが止まった。
「動きが止まったぞ……」
「狙ってやったのか、アイツら……すげぇな」
安堵の表情を浮かべる受験者たちの声が、静まり返った空間にざわめきを生んで、徐々に大きくなっていく。
結局、闘技場が壊れたせいで試験は続行不可能となり、そのまま終了となった。
偶然すぎるミラクルによって、俺は実力枠と勘違いされ、勇者候補に正式決定された。
……俺の場合は完全に事故で、ネリオは実力だけど。
「ネリオ、なんで魔象は大人しくなったんだろうな?」
「さあ、叱られたと思ったのかもしれませんね」
「なんでだよ……でもネリオが言うと、本当っぽく聞こえるな」
試験も終了し、王都のレストランで夕食を済ませた俺は、街を観察したいと言うネリオと別れ、宿屋へ向かう。
「……あ、店に荷物を忘れた」
すでに真っ暗な王都の夜は、月明かりもなく、辺りを照らすのは街灯の灯りだけ。
表通りを回るより近道になると思って、急いでいた俺は裏通りへと走る。
一歩裏道に入れば、舗装されていない場所も多くて、足元がおぼつかない。
ふと顔を上げると、薄暗い路地の先に、見覚えのある男が立っているのが目に入った。




