第66話 推薦者カイル
──魔王討伐の勇者候補募集が、国中のあちこちに告げられた朝。
複数の魔獣の鳴き声が部屋まで響き、外へ飛び出した俺の目に飛び込んできたのは、大型の魔鳥が畑を荒らす光景だった。
あちこちで村人たちの悲鳴があがり、家々の扉が開く音がする。
「まさかあの柵を乗り越えてきたのか?」
「ユウマ! 後ろに魔鳥が来てる!」
──ドンッ
ヒナタの声に振り向いた瞬間、風を切る音と共に、押し潰されそうなほどの風圧が俺を襲った。
視界の端を赤い光が横切り、凄まじい衝撃が稲妻のように空を走って、気が付くとあれだけいた魔鳥は一瞬で吹き飛ばされていた。
地面がえぐれることも、わずかな熱を感じることもなく、風だけが俺を通り過ぎていく。
視線の少し先では、ネリオがポツンと佇んでいた。
「今、なにが起こったんだ?」
「いや、ネリオが……アイツ、一体何者なんだ?」
家から飛び出してきた村人たちは、ただ立ち尽くしていた。
……強すぎる。
ネリオの底知れない力を、村人たちが目の当たりにしたのはこの時が初めてだった。
「……ネリオは、白銀の観察者って呼ばれてたヤツじゃないのかい?」
その日の昼下がり、ギルドのイノール村支部の掘っ立て小屋で、依頼の確認をしていたヒルダ婆ちゃんがぽつりと呟く。
「え……なにそれ。厨二病?」
「何だいそりゃ……ギルド仲間に聞いたことがあるんだよ。姿形がネリオにそっくりだし……村に置いておくのは、ちとマズいね」
「でも俺は何度もネリオに助けられてきたから、もう少し様子を見てほしいんだけどな」
もちろん、心のどこかで引っかかるものがあるのは確かだ。
「まあ……アンタがそう言うなら、アタシは口を出さないけどね」
「うん、ありがとう婆ちゃん」
そう言って笑ってはいたけど、魔王討伐の話が出ている今、ネリオのことが気になっていた。
◆
数日後の、太陽が真上に昇った頃。
見張り当番の俺は、村人からもうすぐ命の泉の氷が溶け出すと聞いて、櫓の上で探索の計画を立てていた。
ドドドドッ――。
遠くから土煙を巻き上げながら駆けてくる馬の蹄の音が、徐々に近づいてくる。
「イノール村はここですかーッ!」
「ん? なんだ……誰か来たぞ」
櫓の下で草刈りをしていた村人たちが、顔を上げる。
門の方から馬の荒い息づかいと金具の擦れる音が、妙に生々しく響いてきた。
「ここがイノール村で間違いないですか?」
「あ、ああ……そうだが」
門番の村人に話しかける男の声はやけに大きく、口調もはっきりしていた。
チラッと見た感じ、日の光に照らされて輝く鎧はきちんと手入れされている。
彼は額に滲んだ大量の汗を、小さなポーチから取り出したハンカチで丁寧に拭き取り、ニカッと歯を見せて笑った。
「私は、第3騎士団の伝令兵、ツラレン・チェインです。この村にユウマ、ならびにネリオという者はおりますか?」
俺とネリオ……心当たりはないけどな。
サディロスの顔がふと頭に浮かび、慌てて柱の陰に身を隠しながら、そっと門の方をうかがう。
「……国が一体何の用だ?」
騎士団という言葉に、門番の村人は警戒を強め、低い声でツラレンをじっと見つめた。
このイノール村に住む人たちは、たいてい何かしらの事情があってここにいる。
俺もそのひとりだけど、それは門番の彼も同じで、ここを訪ねてくる初対面の人間に対して、かなり疑り深い。
「王都より召集令状を届けに参りました。おふたりにこれを渡してください」
青いリボンで留められた令状を門番に押しつけたツラレンは、綺麗に磨かれた白い歯を見せニッコリと微笑む。
再び馬に飛び乗ると、仕事は終わったと言わんばかりに駆け去っていった。
「あ……おい、ちょっと!」
受け取った門番は肩透かしを食らって、小さくなっていく兵士の背中を呆然と見送っていた。
「おーい、ユウマ! お前とネリオにだってよ!」
彼は大声で俺を呼びながら、手をブンブンと振り回す。
「そっちに投げるぞ……ちゃんと受け取れよ!」
……国の書類なのに、扱いが雑すぎる。
空高く放り投げられた令状を両手で挟み込むように掴むと、俺は急いで中身を確認する。
しっかりとした厚めの紙には、複雑な模様の印章が押されていた。
紙面には、「王都の下記場所にて、勇者候補選抜試験を行います」と記してある。
日付は、今日から10日後。
「えっ……俺、応募してないはずだけど!?」
「どうした、ユウマ」
櫓の上で一緒に当番をしていた見張りの村人が、俺の手元の書類を覗き込んでくる。
「お前、応募したの?」
「いや、してない……それに、俺がこの村にいるって誰かが知ってる」
交代の時間が迫っていたから、少し早めに抜けさせてもらった。
櫓に掛けられたハシゴを急いで降り、ネリオの姿を探して村中を歩き回った。
「ユウマさん、どうかされました?」
背後から声をかけてきたネリオに、俺は息を切らせながら令状を差し出す。
「……これ見てくれ。俺、応募なんてしてないのに変だろ?」
「ふむ、拝見しましょう」
彼が指先を軽く動かすと、リボンは勝手にほどけて、ネリオの手のひらに収まった。
「もう慣れたけど、やっぱり便利でいいな……それで、俺に令状が来た理由って知ってるか?」
ネリオはゆっくりと読み終えると、いつもの穏やかな笑みを浮かべたまま頷いた。
「ええ、知っています。例の張り紙の前で、カイルさんが応募用紙を必死に書いておられましたから」
「は? カイルが、なんで?」
「声を掛けようとしたのですが……とても真剣でしたので。私もついでに応募しておきました」
「なんでだよ!?」
……そういえば、ネリオに俺たちの常識は通じないんだった。
「勇者の候補、というものに興味があったのです」
「……そこについては、俺も変だとは思うけどさ」
ネリオが微笑むその顔があまりにも自然すぎて、怒る気力すら奪われる。
もう、なんなんだよ……辞退ってできるのか?
いや、いっそドタキャンするか。
俺宛の召集令状には、紙の端っこの方に「推薦者カイル・ヴォルフガング」の名前が記載されてあった。
ネリオの方は、どうやら本人が応募した扱いになっているらしい。
「はぁ、どうしてこうなるんだよ……」
見上げた空は、透き通るような淡い水色が一面に広がり、雲ひとつ見当たらない。
村人たちの期待を背負い、心配してくれるヒナタやリリィちゃんの応援も断れず、結局俺はネリオと一緒に参加することになった。
だけどその前に、ネリオと話さないといけない。
「何かありましたか、ユウマさん」
「……お前、参加しても平気なのか?」
事情はわかっているはずなのに、彼はいつも通りの穏やかな笑みを俺に向けるだけだった。




