第65話 手強いのはどっちだ?
「また冒険者が来てる……ここのとこ、毎日だな」
イノール村は、「パンケーキ武器の産地」として有名になり、珍しい物好きの冒険者たちが、こぞって買い求めに来るようになった。
ネリオが村に滞在し、武器開発にも加わってくれていることもあって、冒険者たちの間では『最強の武器』なんて呼ばれ始めていた。
模造品を作るなんてことは到底無理だけど、安全策として『ヒナタ印』のマークを付けることに決まった。
ヒナタやネリオでないと付けられない、不思議な『ヒナタ印』。
普通の人間の俺や村人たちには理解できない言語が綴られた、丸い魔法陣から生成される印だ。
そんなこんなで、今日も平和な日々を過ごしていた──はずだった。
「ユウマ……今、ちょっといいか?」
ヒナタと一緒に、ブーメラン型を日干ししていた俺に、門番の男性が困惑した様子で近づいて来る。
「うん、いいけど……何かあった?」
「変な奴が村の外にいるんだ。一緒に来てくれるか?」
緊急ってほどじゃなさそうだけど、少し急ぎ足で門の方へ歩き出すと、武器の乾き具合をチェックしていたネリオとヒナタも後ろから付いて来る。
彼女には危ない目に遭って欲しくないんだけど……まぁ、ネリオがいるから大丈夫か。
「様子がおかしかったんで、村の中には入らせねぇようにしてたんだ」
「そっか、ありがとう。最近、人の出入りが増えたしな……」
何となく嫌な予感がして、そっと陰から覗くと、肩から腕にかけて巨大なフリルを贅沢にあつらえた、ファッションセンスが貴族っぽい人物が仁王立ちしていた。
「ユウマ……この人、魔導士なんだって。急に現れて『愚かなる者どもよ、我が力の礎となれ!』って言いながら、変な呪文を唱えてて困ってるんだよ……」
魔導士……サディロスとは関係ないのか?
パニックになりかけてる門番を宥めている間に、俺の姿を目ざとく見つけた魔導士は声を張り上げる。
「我が名は、グレゴール・マリモンド・デ・ヴァイン。貴様がこの村の英雄か? 名乗りたまえ、醜き人間よ!」
「俺はユウマだ、今はこの村の防衛隊長をやってる。一体、何の用でここに来たんだ?」
自分もどう見ても人間っぽいのに、そこはスルーして名乗ってるのも怪しい。
というか、厨二病こじらせた貴族にしか見えない。
「ウワハハハ! 防衛隊長など、くだらん称号だな! 貴様のような平民は、このグレゴール様が——」
「……お前カイルだろ、俺は忙しいんだ。お前の相手をしている暇はない、帰れ」
「……」
ヤツが言い終わらないうちに、特徴的な笑い方ですぐに正体に気付いた。
後ろを振り返ると、コッソリのぞいているヒナタが、すごく嫌そうな顔をしている。
「……お前がヒナタにしてきたことは、この村の連中に全部伝えてある。簡単に入ってこれると思うなよ?」
「う、うるさい! 私の名誉のために、全てを元に戻す必要があるのだ!」
「覚えていろ!」と捨て台詞を残し、慌てて逃げていくカイルの背中を、その場にいる全員が生暖かい目で見送った。
「まさかここまで来るとは思わなかったわ……あんなに脅したのに」
「ヒナタさんがここにいることを突き止めた執念は賞賛しますが、彼ももう後がないくらい追い詰められているのでしょう」
ネリオの言葉に、俺は小さく息を吐く。
自分たちで武器を調達できるようにはなったけど、まだまだ平和とは言い切れない。
「もう少しボウガンの数を増やすか……とりあえず、カイル対策の警告文だけ先に貼っておくよ」
俺は、村の入り口に貼る「カイル出禁」の効果的な文句を、思いつくままメモ用紙に書き連ねる。
一番ダメージが大きそうなものにしないと。
【入村禁止】
対象:カイル・ウルフガング
理由:ヒナタが嫌がっているから。以上。
※カイルは帰れ
張り出した後も、カイルはちょくちょく顔を見せるようになったけど、村人たちの協力で完全に出禁となった。
「※この人物には近づかないこと」
「※パンケーキ武器の見学も禁止」
ヒナタが戻ってきてから、王都での暮らしぶりを聞いた女性たちは、怒りに任せて張り紙にさらに注意書きを追加していった。
「※観察対象につき、接触しないでください」
最後の一文は、たぶんネリオだろう……その内容に少し笑ったけど。
「ユウマ、魔王が復活したんだって。王都で勇者候補を募集してるらしいの……報酬は金貨1000枚だそうよ?」
いつものようにパンケーキの焼き加減を見ていた朝、その穏やかな空気を破るように、ヒナタが一枚の紙を差し出した。
やけにカラフルなチラシで、応募用紙も一緒に用意されている。
ちょうど俺は、今朝の朝食の焦げたベーコンと格闘している真っ最中だった。
横に座っているネリオをチラリと見ると、彼は涼しい顔で全く気にしている様子もない。
いいのかな……ネリオにとっては、自分の上司ってとこだろ?
ヒナタは俺の横から、チラシを覗き込んでいる。
ネリオが魔族だって知っているのは俺だけで、板挟みみたいで気まずいし、落ち着かなかった。
「そ、そっか……魔王とベーコンって、どっちが手強いんだろ。確かめに行ってみるのも、ありかもな。ハハハ……」
「ユウマ、いま行くって言った!?」
ちょうどヒルダ婆ちゃんの家に荷物を運び込んでいた村人が、俺の言葉に大声を出す。
「え……いや、冗談で言っただけで、本気じゃ──」
「みんな! ユウマが勇者になるって!」
村人は、転がるようにして外へ飛び出していく。
「ちょっ……待って! 俺は行くなんてまだ──」
慌てて追いかけようと腰を上げたけど、もう手遅れで、数分もしないうちに家の外が騒がしくなった。
「ついにこの村から勇者が誕生するのか!」
「ユウマちゃん、頑張って!」
「お前に務まるとは思えんがな!」
「カイル……お前、なんでまたここにいるんだよ! 張り紙、読んでないのか!?」
アイツ、どこから入って来たんだ……。
「ふふふ……予想外の駒が、盤面に現れましたね」
チラシを手に取ってじっと眺める俺を、少し離れたところから見ていたネリオがぽつりと呟いた。
「え……それってどういう意味だ、ネリオ?」
「いいえ、ただの独り言ですよ」
これから起こることを想像しているのか、その瞳はこれまでになく赤く深く輝いていた。
「参ったな。ひとまず、応募用紙には署名せずにやり過ごすか……」
「おや、やめるのかい。ちょちょいと行ってくればいいじゃないか」
「婆ちゃん、そんな無茶言うなよ。ネリオならともかく、俺が弱いの知ってるだろ?」
「そうかい? あんたはいざという時はやる男だと思ってるんだがねぇ」
絶対金貨1000枚に惹かれてる……上手いこと言って、俺をその気にさせようとしてる。
ヒルダ婆ちゃんは半笑いで、視線を合わせようとしないのがその証拠だ。
確かに賞金は魅力的だけど、ネリオでさえあの強さで、魔王なんてどう考えても勝てる気がしない。
ただ、金貨1000枚もあれば、新しい工場が建てられるし、村中の家の壁や扉も新しくできるんだよな……。
朝の光が差し込む部屋には、ヒナタが焼いたできたてのパンケーキの香ばしい匂いが広がっていた。
――グワアァァ!
村人たちの悲鳴とともに、あちこちから咆哮が響く。
「魔獣か!? ヒナタたちは外に出ないで、ここで待っていてくれ」
本当に、俺の周りはいつも騒がしい……魔王より先に、まずは目の前の魔獣をどうにかしないとな。




