第64話 パンケーキの村
俺たちふたりを乗せた乗合馬車は、ポクポクとのんきで軽快な音を立てる。
綺麗に整備された街道を抜け、でこぼこした道へと、ゆっくり歩みを進めていた。
揺れに合わせて、俺の腕と隣に座るヒナタの肩がコツンと何度もぶつかり合う。
……久しぶりだよな、こういうの。
カイルとの試合は彼女の勝利で幕を引き、彼が呆けているうちにと、すぐに王都をあとにした。
「ヒナタ様を、よろしくお願いいたします……いつかあのお屋敷を辞めて、私も自由になったら、必ず会いに行きます」
別れ際、侍女のターヤさんは笑顔を見せてくれた。
俺が来たことで、彼女との別れを早めてしまったのは、なんだか申し訳ない気持ちになる。
馬車の中でも、ヒナタは目に涙を浮かべたまま口を開かなかった。
この王都で、涙が出るほど辛い別れをすることになるなんて、皮肉なもんだ。
居場所が欲しいときには突き放され、いざ離れるとなると名残惜しくなるなんて……。
ヒナタが落ち着いたのを見計らい、俺は胸の奥に引っかかっていたことを口にする。
「俺がレストランで会ったときは、もう記憶は戻ってたんだよな? なんで知らないふりをしたんだ?」
「……ごめんね、ユウマ。カイルは私を監視させて部屋に閉じ込めていたし、記憶が戻ったって知られたら、帰れなくなると思ったの」
「やっぱりそうか……ヒナタのことだし、何か考えてると思ってた」
胸の奥に刺さっていた棘が、ようやく抜けた気がした。
あれが自分を突き放すための言葉じゃなかったと分かって、俺の心は少し軽くなっていた。
◆
イノール村に戻ってから、俺もヒナタも以前と変わらない日々を過ごしていた。
朝になればパンケーキを焼き、昼には畑を手伝い、夜になればヒルダ婆ちゃんの家に顔を出す。
あの騒がしい闘技場の出来事が、遠い夢だったみたいに思えた。
異変に気づいたのは、冒険者たちが村を訪れるようになったからだった。
「……ここが噂の『パンケーキの村』だよな?」
闘技場に置き忘れたヒナタのパンケーキ武器を誰かが拾い、その頑丈さと扱いやすさに感動して、口コミで広めたらしい。
「お、これいいな、5つ包んでくれ。あと、そっちも」
投げ型を気に入った冒険者が、いくつもまとめ買いすると、金を手にした途端、村人たちは一斉に色めき立つ。
「ユウマちゃん、ヒナタお姉ちゃんの武器が売れちゃったね」
「うん……もしかしたら、もう誰も出稼ぎに行かなくても済むかもしれないよ」
ただのパンケーキだったものが、村の暮らしそのものを変えようとしている……そんな気がした。
呆然と冒険者たちを眺めている俺たちをよそに、ヒルダ婆ちゃんは商品の売り込みに忙しい。
「こっちは新作で、破裂して煙が出るんだ。ひとつ買っていかないかい?」
婆ちゃんが勧める武器に興味を示す冒険者たちは、競い合うように購入していく。
「彼らは珍しい物や他の人が持っていない武器を手に入れては、自慢したがるものなんですよ」
「ネリオ……そうなのか」
こうしてパンケーキは、村を守る武器として、そして商品として新たな道を歩み始める。
ネリオの発案で、パンケーキ武器の即売会まで開かれることになった。
◆
晴れ渡った空の下、広場には臨時のテントがいくつも並び、各タイプの武器が整然と並べられている。
「こちら、試し撃ちできます! 一番人気は投げ型でーす!」
「新作の打撃型は反動に注意してくださーい!」
若い村人たちが、どこで覚えたのかそれっぽい口上を叫んでいる。
ネリオが用意した台本どおりに、村の子どもたちまでが声を張り上げていた。
噂が噂を呼んで、集まった冒険者たちは興味津々でパンケーキ武器を手に取っては、次々と買っていく。
「これ……本当に武器なのか?」
「おお! 岩が割れたぞ!」
用意していた武器はほとんどが売り切れて、思わず二度見する金額だった。
即売会は大盛況のうちに幕を閉じ、互いの労をねぎらうために、お疲れ会が開かれた。
「ユウマ、どうした。もっと飲めよ」
「いや……この前のことがあるから、今日はこのぐらいで止めとく」
新しくできた作業場で雑多に並べられた椅子に腰かけ、持ち寄った料理や酒をつまむ村人たちは、俺の気まずそうな表情を見て声を上げて笑う。
俺は笑われたって構わない。
またヒナタがいなくなるより、ずっとマシだから。
「おい、待て! お前、そこで何してる!」
作業場の外から聞こえてきた怒鳴り声に、慌てて村の男性たちが扉を開け飛び出していく。
俺も急いで駆けつけると、倉庫裏でひとりの男性が村人に追われていた。
「こいつ、レシピを盗もうとしてたんだ! 隣村のヤツだぞ!」
「くそっ、ここまでか……!」
追い詰められた男が懐から取り出した、ボロボロの刃物が鈍く光る。
レシピなんて盗んだって、ヒナタの魔力かネリオの調整がなきゃ意味がないのに。
「俺に近寄るんじゃねぇ!」
そんなことをこの泥棒が知っているわけもなく、男は最後の悪あがきで必死に刃物を振り回す。
村人たちが押さえ込もうと駆け寄った瞬間、頬をかすめた空気が、ピリッと鋭く震えた。
「──困りますね、こっそり忍び込むなんて」
闇の中から、黒ずくめの人物が静かに現れる。
彼は泥棒の背後から音もなく近づくと、一瞬で男の腕を極めて地面に押さえつけた。
「この方、怪しい動きをしていましたから、様子を観察していたんです」
「お前……ネリオなのか?」
声は完全に彼だけど、いつも着ている白銀のマントは身に付けていない。
吸い込まれそうなほどの漆黒で、そこにいるのに、今にも気配が消えてしまいそうだった。
村人たちも普段の彼とは違う様子に、ただ黙ってネリオを見つめていた。
困ったような表情を浮かべた彼は、穏やかな声音のまま、男性の耳元にそっと顔を寄せる。
「お静かに。あと1センチ動かすと、腕が折れますよ……痛いのは貴方もお嫌いでしょう?」
そう囁くネリオの表情は穏やかだったけど、その瞳に、俺はわずかな怒りを感じていた。




