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逆流者の旗  作者: 秋月 爽良


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第63話 ふさわしい勝者

 闘技場内は武闘大会というより、お祭り騒ぎだった。


「そこの貴女、今は試合中ですよ! 止めなさい!」

「お前がそれを言うのかよ、彼女の邪魔をすんじゃねぇ!」


 止めに入ろうとした審判は観客たちに押さえられ、試合はカイルと、本気で怒っているヒナタの一騎打ちになっていた。

 

 彼女は抱えてきた大きなバッグから、次から次へとパンケーキ武器を取り出して、休む間もなくカイルへ投げつける。


「ヒナタと……誰だろ、あの人」  


 フードを深く被った人物が彼女のそばにしゃがみ込み、バッグから取り出した武器を手渡しているのが見える。


 小さめのブーメラン型を受け取ると、ヒナタは手首のスナップを利かせて、カイルめがけて投げつけた。


 綺麗な軌道を描きながら、カイルの鎧の関節にカコンと挟まって、彼の動きを封じた。


「嬢ちゃん、上手いな! そのままやっちまえ!」

「あれ、本当にパンケーキなのか!?」 


 続けざまに投げ型Mk-II、槍型、破裂弾……ヒナタが次々と攻撃するたびに、観客席から悲鳴とも歓声ともつかない声が上がる。


「キャア! ヒナタ様、何をなさるんですの!?」


 ヒナタが貴族席から武器を投げているせいか、周りに座っていた貴族たちは恐怖に震え、腰を抜かして椅子から転げ落ちる者や、慌てて逃げ出す者が相次いだ。


「これが当たれば、しばらく目が開けられないわよ!」


 催涙効果のある矢をつがえたヒナタは、カイルに真っ直ぐ狙いを定めた。


「ヒナタ、もう止めるんだ……止めてくれ!」


 ブーメラン型で動きを封じられたカイルは、彼女の迫力に怯えて、情けなく尻餅をついた。

 彼がどれだけ懇願しても、ヒナタは矢の先を微動だにさせない。


 彼女は、きっと狙いを外さないだろう。


「カイル! 私を解放すると、ここで約束しなさい! 私や私の大切な人たちに、二度と手を出さないことも!」


 ヒナタは高い場所に設けられた貴族席を抜け、平民用の観客席を横切って闘技場の縁まで降りて来ると、ジリジリと一歩ずつ確実に彼の方へ近づいていく。

 

 その真剣な表情に、周りの観客たちは道を作り、固唾を呑んで成り行きを見守っていた。


「だ、だが君は、記憶もないまま、これからどうやって生きていくつもりだ? 僕のそばにいれば、一生贅沢に暮らせるんだぞ?」


 ヒナタとカイルが話すたび、観客が彼らの言葉に耳を傾ける。


 眉間にシワを寄せて無言のままのヒナタは、これが返事だと言わんばかりに、カイルの兜めがけてまっすぐ矢を放った。

 

 命中した矢が小さな破裂音とともに霧のような粉を散らし、一瞬の静寂の後、カイルは苦しげに咳き込み始めた。


「うっ……く、苦しい!」

「さっきあなたがしたことでしょう? 時間が経てば楽になるから、安心して」


 「たぶんね……」と小さく呟いて、ヒナタはまたフードの人物から、矢を受け取って弓につがえた。


 いつの間にあんなに用意したんだろ……よくバレなかったな。


 カイルは苦しみながらも、それでもヒナタを諦めきれないのか、無様に最後の執着心を見せていた。


「分かった……き、君の好きにしていい、何でも言うことを聞く。だが、僕のそばから離れないでくれ!」


「……それは無理ね、最初から思っていたの。あなたの笑い方、気持ち悪いって」


 彼女の言葉に、会場の観客たちは静まり返る。


 祈るように鎧姿のまま両手を差し出していたカイルは、精神的なショックが大きかったのか、肩を落として黙り込んだ。


 ヒナタ、俺も気にはなってたけど、あまり本人には言わないほうがいいかなって……。


「私はもう、カイルの妻じゃない。奪われたものは全て返してもらうわ……居場所も、自由も全部」


 会場中に聞こえるように、はっきりと告げたヒナタは、カイルへ向けていた矢の先を、今度は審判へ向けた。


「……この勝負、誰が勝者なのか、教えてもらえるかしら」


 キリキリと張り詰める弦の音に、また観客席がざわつき始める。

 審判を務める男性は、途端に慌て始めた。


 それでも誤魔化そうとする彼に、観客席から怒号が飛ぶ。


「おい! 目潰しまでしたヤツを庇うのかよ!」

「なんであれで反則負けにならねぇんだよ!」


 審判は汗を(にじ)ませながら曖昧な笑いを浮かべるだけで、はっきりとした裁定を口にしない。

 

 ヒナタの構えた矢の先は、ゆっくりと審判の胸元を過ぎ、ぴたりと彼の頭に狙いを定めて止まった。


「ひ、ひぃっ……!」


 矢の先がほんのわずかに揺れるたび、審判の喉がひくひくと上下する。

 近くの柵際にいた観客たちは、逃げ出そうとする審判を捕まえて、彼の肩や腕を押さえつけた。


「もう勝敗は決まってるだろ!」

「ちゃんと言え!」


 誰ひとりとしてヒナタを止めようとしない。


「お、お待ちください! これは本来、カイル様とユウマ殿の試合で……ルール上は、その――」


 言い訳を探して、審判の視線がカイルと俺のあいだを泳ぐけど、それも突きつけられた矢の前では意味をなさない。


「――先にルールを破ったのは、どっちだったかしら?」


 ヒナタに賛同する声が観客席のあちこちから、ざわめきとなって会場内に響く。

 貴族たちがこの場からほとんど逃げ去った今、もうカイルの味方をする者はいない。


 この試合で呼ばれる名前は、カイルか俺のどちらか。

 けれど今、この場で情けなく座り込み、呆然としているのはあの男だ。


「カイルはもう戦えないわ。さあ、ここにいる全員の前で、はっきり宣言しなさい」


 ヒナタが矢の先を軽く動かして促すと、審判はびくりと肩を震わせ、観念したように大きく息を吸い込んだ。


「……カ、カイル・ヴォルフガング(きょう)は戦意喪失と見なし、これ以上の続行は不可能と判断する! 勝者は――」


 やった、俺の勝ちだ……。


 ジャッジの声を聞き漏らさないように、会場全体が息を呑んだ。

 しばしの沈黙のあと、審判が右手を高々と掲げる。


「勝者――ヒ、ヒナタ嬢!」


 裏返った声が闘技場に響いた途端、観客席から大きなどよめきが湧き上がる。


「うおぉ! 嬢ちゃんの勝ちかよ!」

「いいぞ、審判!」

 

 張り裂けんばかりの叫びと笑い声が同時に響き渡り、会場はまるで爆発したような熱気に包まれた。


 誰かが立ち上がり、誰かが帽子を振り回している。


 元々のカードなんて、とうにめちゃくちゃだった。

 この瞬間、この会場で一番ふさわしい勝者の名前が呼ばれたことだけは、誰も否定できなかった。

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