第62話 卑怯者にはパンケーキを
「うわぁ……眩しくて、目がチカチカしますね」
目の前のピカピカに磨かれた銀色の鎧を着たカイルに、思わず呟いてしまう。
彼は分厚い籠手のせいで木剣を上手く握れずに、何度も地面に落としては拾うことを繰り返していた。
テレビやテーマパークで見たことはあるけど、実物の鎧を見たところで、正直そこまで感動はない。
眩しくて目が痛いだけ……問題は中身だ、中身。
「ウワハハハ! 君のような平民には、到底お目にかかることのできない一品なのだよ。どうだ参っただろう」
「いえ、特には」
兜の中から驚いたような声が聞こえた気がしたけど、頭ごと覆われているせいで、表情までは分からない。
「その装備で戦えるんですか……さっきもフラフラしてましたよね? 体型に合ってないと思いますよ、ウルフガングさん」
「……私の名前はヴォルフガングだ」
「そうですか。面倒くさいんで、カイルって呼びますね」
「なっ……き、君! 失礼だろ!」
「俺もユウマでいいから。じゃあ、さっさと始めようか、カイル」
彼は甲高い声で抗議しながら、苛立たしげに地面を踏み鳴らした。
そんな様子を見せつけられながら、俺はもううんざりするくらい長い時間、試合場に立たされていた。
司会に名前を呼ばれてから、カイルが自慢の鎧を見せびらかそうと観客に向けてパフォーマンスを始めたせいで、かなり待たされていた。
武闘大会なんて初めての経験だから、緊張してなかなか眠れなかったし、ヒナタのためとはいえ不安で仕方がなかった。
でも、気晴らしに宿の廊下をぶらぶらしているうちにネリオを見つけ、問い詰めたあたりから、なんだか急に馬鹿らしくなってきていた。
「なんでここにいるんだよ、ネリオ。イノール村を出たの、俺ひとりのはずだろ?」
「王都で武闘大会が開かれると聞きましたので、一度は見てみたいじゃないですか。ちょうど急ぎの用もありませんでしたし」
そう言って目を輝かせる彼を見て、俺はますます脱力した。
わざわざ来てるのに、俺に一言もなく普通に大会を楽しむつもりだったらしい。
そうだよな……ネリオはネリオで、ただ武闘大会を楽しみに来ただけ。
勝手に「ヒナタのために」とか背負い込んで、この勝負に意味を持たせすぎていたのは、たぶん俺だけなんだ。
よくよく考えてみると、このくだらない決闘は俺とカイルの問題であって、ヒナタの行き先を決めるものじゃない。
本来なら彼女が村に帰れば、それで話は終わりだ。
戸籍だって伯爵家とは一度切れているし、実家の公爵家も彼女を放りだした。
カイルとやり直さないといけない理由なんて、どこにもない。
あのレストランでプロポーズしていた様子からすると、まだ籍を入れていない感じだった。
記憶がないのをいいことに、都合のいい話をでっち上げて、手元に置き続けている。
俺がカイルを許せないのは、そういうところだ。
「よければ、私が代わりに試合に出ますよ?」
「……それは嬉しい申し出だけど、やっぱり自分で片をつけたいんだ。でもありがとうな、ネリオ」
彼がひどく残念そうな顔をしているのを見ると、俺の心配というより、ただ試合に出たかっただけなんだろう。
それでも、ヒナタを騙して笑っているカイルには、自分の手で決着をつけたかった。
観客席を見回しても、彼女の姿は見当たらない。
「今日は、この闘技場にヒナタがいないけど……まさか監禁なんてしてないよな、カイル」
「……わ、私がそんなことするわけないだろ!」
記憶を失っているとはいえ、彼女に言われた「どちらさまですか?」のダメージが大きくて、あのやり取りを何度も思い返している。
ヒナタも何かを隠しているようだったし、この試合が終わったら理由を聞いてみないとな。
ガチャン、ガチャン――!
「……いや、うるさいなその鎧。今、考え事してるんだけど」
「ぬうぅ……貴様! 我がヴォルフガング家に代々受け継がれてきた、この家宝の鎧に向かって何てことを――あがっ!」
カイルは激しく怒りながら一歩踏み出した瞬間、派手に転んだ。
観客席から聞こえてくる失笑と、無様に地面に突っ伏した姿が少し哀れで、俺は手を貸そうと、彼の側にしゃがみ込む。。
「やっぱり転んだじゃないか……ほら、立てよ」
カイルの腕を引っ張って上半身を起こした途端、顔に何か粉のようなものがかけられて、一瞬で視界を奪われた。
「うわっ!? なんだこれ!」
「フハハハ、貴様油断したな!」
「うっ……お前、卑怯だぞ!」
世界が白くかすんで、目を開こうとしても、涙と痛みでまともに前が見えない。
「ウワハハハ! 勝てばいいのだ、貴様ら平民相手なら、どんな手を使ってでもな! 叩きのめしてやる!」
叫ぶ声がした方から距離をとろうとしたけど、この狭い闘技場じゃ観客の声が反響して、耳だけを頼りにするのは難しい。
手当たり次第に振り回していた木剣は、手首に入ったカイルの一撃で、あっさりとはたき落とされてしまった。
「これも戦略だ。守るべき家名も地位もない君たち平民には、きっと分からないだろう」
カイルはクズな一言を吐いて、本性を露わにした。
視界を奪われた俺に、ヤツが木剣で立て続けに攻め込んでくる。
腕でなんとかガードはしているものの、その痛みに耐えきれずに、俺はじわじわと壁の方へ押されていった。
「なあ、アイツなんで戦わないんだ?」
「目が見えてなさそうだけどな……」
観客席の男たちの会話が聞こえてくる。
「アタシ、あのカイルって男が、手に持っていた粉を彼の顔にかけるとこを見たよ!」
女性の言葉に、観客がざわめき始めると、その声は次第に大きくなっていく。
それは何も言わず止めもしない、審判へのブーイングへと変わっていった。
「おい、審判! 止めろって!」
「ちょっと! このままじゃ、本当に怪我じゃ済まないよ……!」
貴族がどんな手を使ったとしても、審判は見て見ぬふりをするんだろう。
観客席にチラリと視線を向けたきり、まあまあ、とでも言いたげに肩をすくめて、知らんぷりを決め込んでいる。
「ハァ、ハァ……ハハハ! ユウマ、これで少しは懲りただろう。さあ、トドメを刺してやる!」
視界さえ元に戻れば、攻撃だけでも避けられるのに……ごめんな、ヒナタ。
叩きのめされ、痛む腕をブルブルと震わせながら頭をかばい、壁に寄りかかるようにうずくまる。
――ガンッ!
そのとき、何かがぶつかる音がした。
「痛っ……な、なんだこれは!? 誰だ、こんなものを投げ込んだのは! 卑怯だぞ!」
「目潰し用の粉を使う人に言われたくないわね!」
ヒナタの声――!?
「……ユウマ、遅くなってごめんね。パンケーキを焼いてたら、時間が掛かっちゃったの。私にできることはこれだから」
何かが飛ぶ「ヒュッ」というかすかな音が聞こえてくると、カイルの絶叫と共に観客たちがどよめく。
一体、何が起こってるんだ……?
服の袖で目元を拭ってはみたけど、相変わらず視界は歪んだままで、目を開けられそうにない。
「アンタ、こっちこっち! 今のうちに、この水で目を洗いな」
「え……あ、ありがとうございます!」
壁際の柵越しに、親切そうな観客が水筒を差し出し、手招きしているのがぼんやりと視界に入る。
ありがたく使わせてもらうと水が冷たくて、それが少しずつ痛みを和らげてくれた。
「あの……今、どんな状況なんですか?」
俺は水筒から手のひらに注いだ水で、何度も目を洗う。
状況を尋ねると、親切そうな女性は一度黙り込んでから訝しげな声を出した。
「さっきの女性が、あの男に何か投げつけてるんだけどね……アタシにはどうも、パンか何かに見えるんだよ」
パン……!?
「もしかしてヒナタ……パンケーキか!」
観客たちは一瞬黙り込んだけど、ポツポツと上がる声は次第に広がって、会場全体を大きなざわめきで包み込んだ。
「おい……いま袋から、鎖がついてる丸いパンを取り出さなかったか?」
「フライパンみたいなのも持ってるぞ!? あれを投げるのか?」
少しずつ視界が晴れていくなか、俺の目に映ったのは、カイルに向けて次々とパンケーキ武器を投げつけるヒナタの姿だった。
「そっちが卑怯な手を使うなら、こっちも全力でお返しするわ、カイル!」




