第58話 酔いのあとに残るもの
「本当に売れたんだな、ヒナタが作ったパンケーキの武器」
「うん……でも、ちょっと不安だね。すごく喜んでくれたけど」
お昼を過ぎて、俺は独り言に律儀に相槌を打つヒナタと一緒に、きれいに干されたブーメラン型パンケーキを眺めていた。
あれから他の武器にも興味を示し始めたスレイたちが、値切り交渉に敗北し、大量の矢尻を購入したのは、ついさっきのことだ。
「馬車の運賃足りるか、これ……」
彼らは街へ戻る途中で、馬車を利用しようと思っていたらしい。
今はイデルさんが出払っているから、乗合馬車の出る場所までは歩いて行くしかない。
武器の入った袋を抱えてホクホク顔のケトとシルの後ろで、ただひとり財布を覗き込みながら、スレイは青ざめていた。
婆ちゃんは「毎度あり」とご機嫌で鼻歌まで口ずさんでいる。
「私もヒルダさんに負けてはいられませんね」
「いや……そこで張り合うなよ、ネリオ」
袋を抱えた彼らは、スレイだけ少し青ざめたまま、村の外へ歩いて行く。
それパンケーキだけど、本当に良いの?って、こっちが心配になるぐらいに。
「皆さん、お世話になりました。ソレハ・エルバに来ることがあれば、ぜひ街を案内させてください」
シルは矢尻の袋を抱えたまま、名残惜しさが入り混じった笑顔で手を振った。
ソレハ・エルバ──さっきケトが話していた、彫金で有名な街。
ふとネリオに目をやると、俺の視線に気づいた彼が口元に余裕の笑みを浮かべた。
毎回、全部分かったような顔して、大事なことは教えてくれないんだよな……こういうとこ、ちょっとムカつく。
ふと視線を感じてヒナタを見ると、何も言わず不安げにこっちを見つめていた。
「……あとで話だけでも聞いてくれないか? ヒナタにも知っておいて欲しいんだ」
「大事な話? ユウマがよければ、聞かせて」
まだ本調子じゃないと分かる彼女の微笑みはどこか頼りなかったけど、スレイたちの姿が見えなくなるまで、俺たちは静かに見送り続けていた。
スレイたちの姿が見えなくなってから、俺たちは婆ちゃんの家へ戻った。
そこで俺は、短剣のこと、レブラン副部長のこと、そしてソレハ・エルバの彫金に引っかかった理由を、ヒナタにも分かるようにかいつまんで話した。
ひと通り話し終えたあと、俺は例の「彫金師」という言葉に反応したネリオへ目を向ける。
「ネリオ、本当は気付いてるんだろ?」
「えぇ? 何のことでしょう?」
ヒナタが途中から口をつぐんでしまったのは少し気になったけど——それでも、これは彼女にも知っておいてほしい大事なことだと思った。
「なんだい? アタシにも分かるように説明しな。もちろん、ヒナタにもね」
「そうですよ、ユウマさん。私にもお願いしますね」
ネリオのヤツ……自分が言い出したくせに、ほんと調子いいな。
「……あの短剣のことだよ。レブラン副部長が新人君に渡したのは、受付嬢が目撃してる。でも、それだけじゃ証拠としてはちょっと弱い」
レブラン副部長はサディロスの指示で、事故に見せかけて新人君やエイドまで巻き込み、俺を殺そうとした。
「エルバの職人が作ったって言うんなら、調べりゃ記録が残ってるだろうさ。派手な一点物は、大抵職人が覚えているものさ」
「……婆ちゃん結構詳しいんだな」
「アタシのことはいいんだよ。イデルが戻ってきたら、頼んでみな」
曖昧に笑ってはぐらかす婆ちゃんに、何か引っかかるものを感じたけど、まず短剣の出所を突き止めることが先だ。
「……ユウマもイデルさんと一緒に行くの?」
「いや、俺はここから動かない方が良さそうだから」
本当はスレイたちと行きたかったけど、サディロスたちに見つかる危険は避けたい。
今のところ、ここにいることは気付かれていないみたいだし。
その場にいた全員がそれ以上言葉を発さなかったのは、それぞれが胸の奥に沈めた記憶や傷の一片に触れてしまったからかもしれない。
ただひとり、優雅にお茶をすするネリオを除いて。
◆
「ユウマ、いるか?」
「イデルさん、おかえり。無事に戻ってきてくれてほっとしたよ」
離れの部屋に、彼はノックをして静かに入ってくる。
「これ……大事なものだから、必ずお前に渡せって言われた」
手には、ギルドのオラロワ支部長から託された手紙が握られていた。
「ありがとう、すぐに読むよ」
受け取った手紙を開くと、見慣れた豪快な筆跡が目に飛び込んでくる。
そこには、例の短剣に塗られていた薬品の詳細と出所に、サディロスが関わっているという内容が詳しく記されていた。
「やっぱりそうか……ネリオには感謝しないとな」
「いいことでも書いてあったのか?」
「俺たちが襲われたことに関係してる。次に街へ行くときも、手紙を運んで欲しい……これでサディロスたちを追い詰められるはずだから」
「なんだと……やっぱりあいつら、関わってたんじゃねぇか」
あの襲撃がどうしても許せないイデルさんは、今にも村を飛び出しそうだ。
とはいえ、ロゼッタさんたちも彼と過ごせる時間を楽しみにしているから、俺は必死に彼を止めた。
この様子だと、次は少し早めに出発しそうだけどな……。
「そういえば、武器が初めて売れたんだって? 村のみんなでお祝いするって、リリィが大はしゃぎしてた」
「イデルさんが戻ってからにしようって決めててさ。俺たちも、もうすっかりこの村の一員だね」
儲けはわずかだけど、それでも収入になるかもしれないって可能性が出てきたことで、村人たちも興味を持ち始めた。
作業を手伝ってくれる人が増えてきて、ネリオの「他の村にも宣伝しよう」という意見に賛同する人も出てきた。
「ユウマ、準備できたって。行こうぜ」
「うん、これ燃やしたらすぐ行くから」
オラロワ支部長からの手紙を、パチパチと爆ぜる暖炉の火へと静かに放り込む。
はやる気持ちを理性で押さえつけながら、いつものように完全に燃え尽きるまで辛抱強く見守った。
「……よし、今日は久しぶりに思い切り飲むか。たまにはいいよな?」
会場となったヒルダ婆ちゃんの家には、どこで手に入れたのか酒樽が運び込まれていた。
ネリオは酒の魔力構造とやらについて訳の分からない講釈を始めて、終始笑いが絶えなかった。
ヒナタや村人たちの嬉しそうな顔を見て、俺も勧められるまま調子に乗って飲みすぎてしまった。
翌朝、俺は自分の部屋のソファで寝落ちしていて、目を覚ますとパンツ一丁で、しかも妙にずり落ちていた。
「ははは、何でだ? 俺のパンツがやけに自由になってる」
酔って服を脱ぎ捨てた記憶もなければ、そもそもいつ自分の部屋に戻ったのかすら覚えていない。
自分の下着にツッコミを入れてしまうあたり、まだ酔いが完全には覚めてないのかも。
ぼんやりした頭を少しでも覚ましたくて、ベッド脇の水差しに手を伸ばすと、ノックの音とともに扉がゆっくりと開く。
「ユウマ、おはよ。具合はどう……きゃああ!」
「うわぁ!? ヒナタ!?」
嘘だろ……タイミングが悪すぎる!
ヒナタは、飲み過ぎた俺を心配して、様子を確認しに来てくれたのか!?
「ちょ、ちょっと待って……これは、違うんだってヒナタ! パ、パンツの陰謀だから……うわぁっ!」
パンツを無理やり引き上げながら、誤解を解こうと慌てて駆け寄った俺は、足がもつれて派手に転んだ拍子に、顔を床に思い切りぶつけた。
「うぐっ……い、痛い。ヒ、ヒナタ……」
「……っ! ユ、ユウマ、大丈夫……?」
ジンジンと痛みが酷くなる顔を無理矢理持ち上げて、ヒナタへ助けを求めるように見上げる。
彼女の表情は心配と、見てはいけないものを見てしまった衝撃とで凍り付いていた。
震える唇には戸惑いと動揺がにじんで、大きな瞳は行き場を失ったように泳いでいた。
完結まで毎日2話ずつ更新予定です。




