第57話 初売りと、静かに差す影
武闘大会は王都で行われるらしい。
たしか、この国で一番人口が多い街だったはずだ。
そのうち、ヒナタたちを連れて行けたらいいな……そんな期待に胸をふくらませつつ、俺はヒナタの様子をうかがった。
「ヒナタ……!? 顔色が悪いぞ、大丈夫か?」
隣に座る彼女は、震えを堪えるように片手で口元を押さえ、瞬きもせずに大きく瞳を見開いていた。
俺はヒナタが公爵令嬢だったことや、濡れ衣をきせられて追放されたことを改めて思い出して、ヒルダ婆ちゃんに素早く目配せした。
「それで皆さん、これからどうされるんですか?」
話題を変えている間に、婆ちゃんは震えるヒナタを連れて、そっと部屋を出て行く。
「とりあえず街に戻ろうと思ってるんスけど……街道で魔獣が出るかもしれないんで、やっぱ武器は必要っスね」
イデルさんもまだ戻らないし、移動手段は歩く以外なさそうだ。
「あの……ご迷惑なのは分かっていますが、この村にある武器を俺たちに売ってもらえませんか?」
「俺たちからもお願いします!」
黒髪のスレイは、背筋を伸ばし真剣な表情でこっちを見つめてくる。
あとのふたりも困ったように顔を見合わせていて……俺も、どうにかできないかと必死に頭をひねった。
今、村にある武器といえば、弓と槍だ。
でも、弓は作るのに時間がかかったし……女性たちも自分の名前を刻んで大事に使っている。
今回は予備を渡すしかないか……。
「……なあ、ネリオはどうするのがいいと思う?」
ずっと黙って話を聞いていた彼は、俺の顔を見ると、ニヤリと笑って窓の方を指差した。
振り返った俺の視界に飛び込んできたのは、ブーメラン型パンケーキ炎輪爆葬だった。
「ユウマさん、どうかしました?」
小さく呟いた言葉は、スレイに聞かれてしまったらしい。
「……とりあえず外へ行きましょう。見せたいものがあるんです」
大丈夫か……パンケーキだぞ?
不思議そうに俺を見つめる3人の視線を受け止めるのが気まずくて、静かに席を立った。
扉を開けると、ヒルダ婆ちゃんの家の周りには村人たちが集まって、様子をうかがっていた。
彼らの間をすり抜け、俺が案内したのは、干して乾燥しきったカチカチのブーメランだった。
「……あの。見せたいものって、もしかしてこれのことっスか?」
顔を見合わせていた3人は、俺が黙ってうなずくと、焦げた三角形のパンケーキに興味を示す。
シルはそっと手に取ると、重さを確かめたり、裏表をひっくり返して焼き目を眺めたりしていた。
「……こんな硬いのに、軽いですね。しかも重心が中央に寄ってて、扱いやすそうだ。これ、武器として売ってるんですか?」
「え……いや、まだ商品ってわけじゃないんです。今は、村を魔獣から守るために作ってます」
失笑されるだろうという俺の予想は見事に外れ、3人は妙に真剣な眼差しで武器を物色していた。
「これって……投げるんですよね? 試してみていいですか?」
スレイが構えて思いきり投げ飛ばすと、ブーメランは綺麗な弧を描いて、危なげなく彼の手の中へと戻って来る。
「おお、戻って来た……これ面白いな」
「お前、投げるの上手いなスレイ!」
スレイが目を丸くして驚いていると、シルが隣で子どもみたいにはしゃぐ。
気に入って盛り上がってるけど……売っていいのか、これ。
「我々としては、魔獣を倒すより近づけないことを重視しています。破裂音を鳴らして、魔獣を驚かせて遠ざけるような商品もありますよ?」
ブーメランをひとつ手に取って、指でなぞって滑らかさを確かめていたネリオは、人当たりのいい笑みを浮かべて、俺の腰にある爆弾を指差した。
「お、おい……ネリオ」
「へえ! それも見せてもらっても構いませんか?」
無遠慮に腰の爆弾へ手を伸ばしてくるスレイの勢いに怖じ気づいた俺は、慌ててそれを掴み、彼らの目の前に突き出した。
「うおぉ、すげぇッス! 小さくて丸くて……それに甘い菓子みたいに、いい匂いもするんスね」
「まぁ、元はパンケーキですから……そっちに干してあるのも」
「……え?」
柔らかな日差しのぬくもりを打ち消すように、冷たい風が無言の俺たちの間を静かにすり抜けていく。
「やだなぁ、こんなに硬い武器がパンケーキって……冗談ですよね?」
「そうだよな!? あの……いくらお支払いすれば、譲ってもらえるでしょうか?」
「いや、元は本当にパンケーキなんです……」
3人は驚いて、手にした武器を何度も確かめていた。
……でも、売るのはいいとして、値段設定をどうすればいいんだ?
「そっちの投げて使う方は、銀貨4枚。ユウマが手に持ってるヤツは、ひとつ銅貨5枚だよ」
「高っ……婆ちゃん、ヒナタは?」
「お黙り、ユウマ。あの子は、今は落ち着いてるから安心しな……それよりアンタたち、買っていくのかい?」
この世界で銀貨は日本円にすると大体1000円、銅貨はその10分の1で100円程度の価値になる。
元手はほとんど掛かってないし、人件費が大半なはず……婆ちゃん、思ったより強気の値段だけど大丈夫か?
「……ぎ、銀貨4枚!? 何とか払えるとは思いますが……おい、ふたりともどうする?」
「俺は、ただ逃げるだけなんて嫌だな。この武器の硬さなら直接攻撃もできるし、こっちの丸っこいヤツを持ってりゃ、どうにかなるんじゃないか?」
3人は、ああでもないこうでもないと散々話し合った末、ようやく話がまとまったのか、ヒルダ婆ちゃんに値引きの相談を持ちかける。
「ユウマ……それ、売っちゃうの?」
「……ヒナタ! 身体は平気なのか?」
背後から戸惑ったような声がして振り返ると、彼女は驚いた様子で立ち尽くしていた。
「毎度あり。アンタたち、気を付けて帰りな」
「はいっス! これで街までは安心っスね」
ヒルダ婆ちゃんは、胸元から取り出した巾着に代金をしまうと、ニンマリと笑う。
3人は値引き交渉が上手くいったのか、こっちもにっこにこだ。
「何だかんだ言いながら、結局売れちゃったね、ユウマ……」
「うん……でも俺、嬉しいんだ。ヒナタの作ったパンケーキが、村だけじゃなくて、他の誰かの役に立ったから」
「それならこの機会に、思い切って大々的に宣伝してみたらどうです?」
背後に立つネリオが、悪魔のようにそっと囁き、利益と欲望の香りを漂わせて焚きつけてくる。
「でもやっぱり不安なんだよな……元はパンケーキだし、本当に武器として見てもらえるのかって」
「それなら任せてください、街に戻ったらしっかり宣伝しますよ。この大きさで、破裂音や煙幕を張る武器なんて、そうそうありませんから」
スレイはブーメランを手に取り、手に馴染むか確かめるように軽く振る。
「そういえば、3人はどこから来たんです?」
「ソレハ・エルバっスね。エルバの彫金って結構有名で、高価だけど品質がいいんスよ」
ケトが何気なく口にした言葉は、推測とともに、俺の胸の奥に震えるような熱を灯す。
「なるほど、エルバの彫金ですか……これは興味深い。きっと名の知れた彫金師がいるのでしょうね」
含みを持たせたネリオの言葉を聞くまでもなかった。
ある可能性が頭の中でひとつに繋がって、推測が確信に変わる音が胸の奥でカチリと鳴った。




