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逆流者の旗  作者: 秋月 爽良


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第56話 小さな不安と3杯目のスープ

 数日後、俺たちはパンケーキ武器作りに夢中で取り組んでいた。

 ヒナタは少し戸惑いながらも、「役に立てるなら」と笑って協力してくれる。

 

 何度も生地の配合を変え、焼き時間を試行錯誤しながら、硬度と重量のバランスを探った。


「これはちょっと軽すぎだな……魔獣の毛皮に弾かれるかも」

「じゃあ、今度は外をもっとカリカリに焼いてみようか」


 やがて村の空き地には、ズラリと干されたパンケーキが並ぶ光景が日常になった。

 最初は笑っていた村人たちも、徐々に手に取って試し始める。


「これが近接用か……表面がヤスリで削ってあるし、当たると痛そうだな」

「俺はこっちの投げ型がいい、離れた場所から攻撃できるし」


 いつの間にか狩りの訓練や防衛演習でも使用され始めると、予想以上の効果を発揮する。

 パンケーキの種類も自然と分類されていった。


 ──手投げ型、打撃型、狙撃型として、弓用の矢尻まで。

 思いつく限りのあらゆる可能性を、俺の知識を総動員して、目一杯提案した。


『ヒナタ印 Mk-II投擲型(とうてきがた)パンケーキ爆弾・焔界(エンカイ)』なんて名前までついて、気が付けばいつの間にか立派な武器になっていた。


「ヒナタちゃん。そろそろ練習始めるって」


 入り口の扉から、村の女性たちが顔をのぞかせ、部屋の中をうかがっていた。


「あっ、はーい。すぐ行きます! ごめんなさい、ふたりとも。ちょっと行ってくるね」

「もう昼過ぎか……ヒナタ、あとで食べられるように何か作っておくよ。練習、頑張って」


 慌てて木製の弓を手に取り、家を飛び出す彼女の背中に声を投げかける。

 広場では、ヒナタが元気に手を振り返し、その周りで女性たちが賑やかに準備を進めていた。


 その中心にいるのは──やっぱりヨネさんだった。


「弓部隊計画も、順調みたいですね」

「ヨネさんが魔獣を一撃で仕留めたのを見たときから、お願いしようって決めてたからな」


 この村は冬の間、出稼ぎで男手が少なくなる。

 女性だけでも魔獣を寄せつけずに済むよう、俺は弓部隊を作りたかった。


 はしゃぐように声を上げながら、少し照れたように矢をつがえる彼女たちの手元は、まだぎこちなくて初々しい。


 でも希望者全員で始めたから、わずかでも競争心が刺激されて、結果的に良かったと思う。


「やった、当たったわ!」


 誰かが的に当てるたびに、他の者も負けられないと目を輝かせて、弓を引く手に一層力を込める。

 

 その中でもヒナタの成長は驚くほど早くて、俺も村人たちも驚いていた。

 「先生の教え方が上手だから……」なんて言ってたけど、彼女の素直さが、きっと良い方向に影響してるんだろう。


「ヨネさん、今日もよろしくお願いします!」


 女性たちの明るい声が、この部屋の中まで響いてくる。


「さあ、今日も練習を始めましょう。弦を引くのは力任せじゃなく、まずは姿勢が大事ですよ」


 村一番の弓の名手として知られるヨネさんは、熱心に構え方を教えている。

 最初は半分遊びのつもりだったはずの彼女たちも、今では立派な弓部隊に成長していた。


「ユウマさん、ちょっとのぞいてみます?」

「……そうだな、行ってみようか」


 相変わらず向こうの景色がよく見える扉を開けると、ちょうどヒナタが的を狙って弓を構えているところだった。


 彼女が少し緊張しながらも弦を引き絞る、その小さな背中が揺れて、見ているこっちまで思わず力が入る。


「もっと肘を上げるんです! そうそう、そこから息を吸って──」


 ヨネさんが慣れた手つきでヒナタの腕を補助すると、彼女が放った矢は綺麗な放物線を描いて、的のど真ん中へと突き刺さった。


「わっ……当たった!」

「やるじゃないか、ヒナタちゃん! アタシも負けてられないね」


 え……あれ、ロゼッタさんじゃないか?

 産後だから大人しくしてって言ってるのに、ちっとも聞いてくれないんだよな。


「……なんだか楽しそうでいいな」

「ええ、本当に」


 パンケーキ武器の技術も、弓部隊の力も、この村が自分たちの手で、少しずつ強くなっていく証だ。


 それからさらに数日後の、ある日。


「ユウマちゃん、誰か村に入ってきたよ!」

「あれ、本当だ……こんな辺境の村まで来るなんて珍しいな」


 補助金のおかげで、以前より少し頑丈になった村の門をくぐり、見慣れない男たちが数人姿を現した。

 

 ブーメラン型パンケーキ武器を干す手を止め、リリィちゃんを背にかばうように立ちながら、相手の動きをじっと観察する。


 見張り番が特に揉めることもなく村へ通したことを考えると、危険な気配はなさそうだ。


「……あの人たちって、怖いことしない?」


 足にしがみつくリリィちゃんの小さな声が、あの(ほろ)馬車での出来事を一気によみがえらせる。


 俺は、彼女の前に跪いて、安心させようと笑顔を見せた。


「大丈夫だよ。そうだ、ママのとこに行って、赤ちゃんのお世話を手伝ってあげてくれないかな? ほら、弓の練習で指が痛いって言ってたから」


 リリィちゃんは何も言わず、俺に背を向けて駆け出す。


 慎重に言葉を選んだけど、彼女の顔は強張ったままだった。

 俺自身の警戒が、言葉の端から伝わってしまったのだと悟った。

 

 あの日、必死で守ったはずなのに……リリィちゃんの不安を消せない自分が、情けない。

 俺は腰に下げたパンケーキ爆弾に手をかけたまま、キョロキョロと落ち着かない3人へ近づいた。


 俺に気付くと、3人はぺこりと頭を下げる。

 敵意はなさそうだと判断した俺は、警戒を解ききらないまま、ゆっくりと距離を詰めた。


「俺たち冒険者なんですけど、道に迷ってしまいまして」

「え……そうだったんですか?」


 頬が少しこけた、黒髪の真面目そうな男性が、詳しい事情を説明してくれた。


「この近くの森で採取の依頼をこなそうとしていたんですが、途中で魔兎(まと)に追いかけられてしまいまして……」


「ああ、あの森は出ますね、俺も何度か追いかけられましたから」


 眉を寄せて話す彼とは対照的に、別のひとりは背が低いわりに鍛えられた体つきをしていて、服の上からでも筋肉の盛り上がりがはっきりと分かる。


 近接タイプっぽいけど……彼が盾になって他のふたりが攻撃っていう手もあるな、バランスが良さそうな3人だ。


 ふたりの背後で、気まずそうに頭をかく背の高い男性は、「申し訳ない」と何度も繰り返し謝っていた。


「……あんなにしつこく追いかけてくるとは思ってなくて」


 よほどお腹が空いていたのか、呆れ顔のヒルダ婆ちゃんが差し出した3杯目のスープを、彼らは勢いよく口にかき込む。


 魔獣を振り切ろうと、手にしていた武器や荷物を投げつけながら、数日間も森の中を逃げ回っていたらしい。


 よく見ると枝に引っ掛けたのか、顔や腕に擦り傷があって、服もところどころ破れていた。


「ああ……美味しい。生き返る」


 スレイと名乗った黒髪の彼は、湯気の立つスープをすすりながら力なく笑った。


「……ここに来たのは、依頼のためって言ってましたよね?」

「そうなんスよ、最近魔獣が減ったって噂を聞いたんで、俺たちでもいけると思ったんスけどねぇ」


 さっきまで黙々とスープをかき込んでいた背の低い男は、満足げにお腹をさする。


「だから無理だって言っただろ、ケト。お前らふたりが聞かないからだ」


 背の高い男シルは口を尖らせ、気まずそうなふたりに向かってぶつぶつと文句を言い始めた。

 

「仕方ないだろ……来月の武闘大会のために、金を稼いで武器を揃えないと」


 スレイはそれだけ言うと、またスープをかきこみ始めた。


 武闘大会、そんなイベントがあるのか……。


 外から来た彼らの声は、村の静けさにほんの少しだけ波紋を落としていった。

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