第53話 爆裂パンケーキの朝
「……ユウマ、これをギルドのオラロワ支部長に渡せばいいんだな?」
「うん、必ず本人に手渡して欲しい」
長く預かっていた新人君の短剣を、小さな包みに入れてイデルさんに渡すと、彼は中身には触れず荷物を確認していた。
「ふーん、了解。任せとけ」
同封した手紙に、この短剣を鑑定してもらえるよう、お願いする旨が記されている。
手を振って部屋を出て行くイデルさんに別れを告げ、俺はローブ神に彼の無事を祈った。
「ユウマ、朝食ができてるよ。冷めないうちに早く食べちまいな」」
「うん、ありがとう婆ちゃん。今朝はヒナタが当番か」
今日も俺は、ヒルダ婆ちゃんの家で、みんなとテーブルを囲んでいた。
以前と少し違うのは、隣に澄ました顔のネリオが座っていることだった。
数日前、過去の傷を俺たちに打ち明けたヒナタは、その後少しずつ時間をかけて日常を取り戻し始めている。
自分の不思議な力の理由がわかったことが、かなり大きかったのかもしれない。
「ネリオ師匠、聞きそびれてしまったんですけど……どうして私には、魔族の血が流れているんでしょうか?」
ヒナタはこんがりと焼けた、魔猪ベーコンを皿に乗せて戻ってくると、テーブルの上にコトリと置いた。
ネリオはなぜか感嘆の声を上げながら、興味深げにその焦げ具合に見入っている。
「ハッキリとした理由は分かりませんが……先祖にそういう方がいたのかもしれませんね。先祖返りという言葉もありますから」
「先祖返りですか……そう思うと、少し気が楽になります」
ベーコンを1枚自分の皿に取り分けたネリオは、考え込むような口ぶりだったけど、視線は目の前の焦げに釘付けだった。
「へえ……そういうこともあるのか。それなら、焼き加減次第ではパンケーキを武器にできるかもな」
ふと、思い付いたことを言った俺に、ネリオは至極真面目な顔で答える。
「その可能性もありますね。以前、パンケーキが爆発したこともありましたし、彼女の魔力が炎を通じて注入されているようですから」
「……そう言えばそうでした」
「あっ……ヒナタ、気にすんな。あれのおかげで助かったんだし」
ヒナタは口元を緩めると、窓から差し込む日の光に手のひらをかざす。
俺はアイデアを実現できるか、魔猪ベーコンと彼女の顔を交互に見比べていた。
もし……彼女の作るパンケーキが手榴弾みたいに爆発するなら、それって魔獣対策の武器として使えるんじゃないか?
この世界では、俺がいた場所のように便利な火薬を、少なくともまだ見たことがない。
そもそも手のひらサイズで火薬に点火する仕組みの武器なんて、こっちに来てから見たことがない。
武器には鉄が必要だけど、ヒナタのパンケーキならもっと手軽に作れる。
もし、これが確実に魔獣を狙って使えるようになれば──村を守れるかもしれない。
「ユウマさん、食べないんですか?」
「ん……うん、食べるよ。じゃあ、いただきます」
ぼんやりと考え事をしていた俺は、ベーコンにフォークを突き刺そうとしたけど、ところどころ弾かれて跳ね返ってしまう。
「ごめん、ちょっと焼きすぎちゃったかも……」
「あ……大丈夫だって、ヒナタ! こことか、ちゃんと切れるから!」
片手でつかんで口に放り込み、必死に噛み切ろうと悪戦苦闘する。
そのたびにガチンガチンという音が、部屋の中に物悲しく響き渡った。
ヒルダ婆ちゃんは呆れた表情で、まるで哀れなものでも見るような視線を俺に向けてくる。
ヒナタはというと、恥ずかしそうに頬を赤らめながら、視線を落とした。
マズい……これ以上、彼女を悲しませたくない。
「歯応えのあるものは、味わいが長く続きますからね」
「そ、そうだよなネリオ。噛めば噛むほど味が出るって言うしな」
ネリオが微笑みながら、慣れた手つきでベーコンをナイフで切る。
「そ、そうだ……ネリオは通りがかったって言ってたけど、どこかに向かう予定だったのか?」
これ以上ヒナタを落ち込ませたくなくて、慌てて別の話題を持ち出した。
彼は表情ひとつ変えず、手際よく綺麗に切り分けていく。
ふっと微笑むネリオのカトラリーが、ほのかに赤く光っているようにも見えた。
「ここへ来たのは偶然です。私は人間観察が趣味で、各地を巡りながら人の感情について学ばせてもらっているんですよ。あくまで、個人的な興味にすぎませんが」
「そっか……じゃあ、あの洞窟に来たのも、たまたまだったんだ?」
おや、と片眉を上げるネリオは、動かしていた手を止め、ようやく俺の方へ視線を向ける。
あれ……なにかマズいことでも言ったか?
「気を悪くしたならごめん、問い詰めるつもりはなかったんだけど……」
「ふふ、そうでしょうね。しかし……あなたは、勘が良すぎて困る」
「──アンタ、私と会ったことがあるかい?」
ヒルダ婆ちゃんは、ネリオの顔をじっと見つめながら、コトリと手元のスープ皿を置いた。
「いいえ、お目にかかるのは初めてです。それに私は、ただの旅の観察者ですから」
「観察者、ね……そうかい」
ネリオは穏やかな笑みを浮かべたまま視線を落とし、カップに口をつけて静かにお茶をひと口すする。
これ以上彼に何かを尋ねるのをためらわせる空気が、朝の光に満ちた部屋を包んでいた。
「……このベーコン、捨ててしまうのはもったいないですね」
食事を終え、ネリオは、余ったベーコンの皿を手に取ると、それを目の高さに持ち上げ、光に透かして目を細めた。
「これほどの硬度と内に流れる魔力……素晴らしい出来だ。このふたつが揃えば、工夫次第では武器を強化できますよ?」
「いや、いくらヒナタが焼いたからって、ベーコンまで武器にするのはさすがに――」
「なりますとも。ふふふ……これから実際にやってみせますから、しっかり見ていてくださいね」
俺たちが見守るなか、ネリオは顔を引き締め、ベーコンの上に片手をかざす。
やがて表面が火で炙られたように脈打ち始めると、小さな赤い砂粒のようなものが渦を巻き、ふわりと舞い上がった。
「こちらがヒナタさんの魔力を結晶化したものです。単体では危険はありませんが、こうすると……」
ネリオの手から放たれた鈍い真紅の光が、渦の隙間へと入り込み、混ざり合っていく。
透き通っていた結晶の粒は、やがて真っ赤なバラのように、深みのあるしっとりとした色合いと質感へ変わっていった。
「魔力の流れを変化させると、衝撃と同時に破裂します。組み合わせ次第では、煙幕や、音だけを放つ榴弾型も作れるかもしれませんね」
彼が皿の上にかざしていた手を、ゆっくりと押し込むように近づけると、渦はうねりながらベーコンの中へと戻されていく。
「すごいな……ネリオ。これ、名前をつけてみないか?」
「ええ、ぜひ。私としては、『灼熱の螺旋が汝を焼却す……爆ぜよ、紅の残光』などがおすすめなのですが」
「ちょっと長くないか? そこは『爆裂ベーコン』とかでどう?」
「ばくれつ……ふむ、後で詳しく教えてください」
ヒルダ婆ちゃんがお皿を棚に片付けながら、俺たちの会話に思わず眉をひそめる。
ネリオは朝からずっと、彼女の呆れた視線に晒されていた。
「……アンタたち。それ、朝ごはんだったヤツかい?」
「元はそうです。私は素材に敬意を払う主義でして、食材は全て活用して無駄にしません」
それについては俺も同意する……特にこの世界ではなにひとつ無駄にできない。
「たとえば、この『ばくれつベーコン』をパンケーキの中に仕込んでみましょうか。少しだけ圧を加えて形を整えれば……面白いものができますよ?」
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