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逆流者の旗  作者: 秋月 爽良


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第51話 交わされる契約、明かされる過去

 この世界の住人ではないことについては、ネリオは深く追及してこなかった。

 俺はオラロワ支部長宛の便箋に、短剣の件をまとめて書き始めていた。


「……ネリオが使ってた術って、ヒナタも使えるようになったりする?」

「それは彼女次第ですね。魔法や魔術を使うにも、資質が必要なんです」


 オラロワ支部長宛の便箋をテーブルに置き、書きかけの手を止めて、隣に座る彼へ問いかける。


 澄ました顔でお茶をすする彼の答えは、俺の想像していたものとは少しだけ違っていた。


「へぇ、ネリオのは螺旋(らせん)式だったっけ? ヒナタなら……紅蓮・神威(グレン・カムイ)とか似合いそう」 


 ネリオがパンケーキから取り出した魔力の塊は、透き通るように美しくて、思わず吸い込まれそうだった。


 小さな彼女が魔術で大爆発を起こすとか、そのギャップも悪くない、なんて考えていた。


「グ、グレン……カムイ!?」

「ちょっと大げさか……そうなると、紅蓮爆心衝(グレン・インパクト)もダメか」


 手を止めて黙り込んだネリオは、冷静な彼にしては珍しく、衝撃を受けたように大きく目を見開いていた。


「なんてことだ……その名前は、私の心に衝撃を与えています。その響き、悔しいくらいに完璧だ」


「あ? ネリオ、大丈夫か?」


 ……もしかして、厨二病だったとか?


 俺の一言で、彼がここまで動揺するとは思わなかった。

 自分の魔術の命名にこだわっているそうで、今は「螺旋(らせん)焼却式」というのがお気に入りらしい。


「他にも、名前を付けてる術ってあるのか?」

「……今は良い案が浮かばなくて、悩んでるんです。ユウマさんのお知恵をお借りできると助かります」


 俺は術の命名役を引き受け、ネリオは村に滞在して、ヒナタの魔力指導を行う――そんな奇妙な契約が、どうやら成立しつつあった。


 もちろんヒナタの意志が優先だけど。

 

 今はまだ、村人たちは魔獣との戦いに慣れていないし、俺は彼の戦闘力に大いに期待してる。


「これは私の癖なので、気にしないでください。この方が落ち着くんです」


 敬語を使わなくていいと伝えたら、相変わらずこのこだわりようで、やっぱり面白い人だった。

 

「よし……できた。あとはこの手紙と短剣を、イデルさんに運んでもらうだけだな」

「完成したんですね? では私と一緒に術の名前を――」


 ネリオはウキウキした顔で、滑らかな便箋を一枚差し出してくる。

 どこから出したのかは分からないけれど、俺の便せんとは明らかに手触りが違う。

 

 彼が俺のすぐ横に椅子を持ってきて座った瞬間、部屋の扉がバタンと音を立てて開いた。


「ユウマ、ネリオさん……心配かけてごめんなさい」

「ヒナタ! もう大丈夫なのか?」


「まあ、まずはそこに座りな」


 バツの悪そうな表情を浮かべる彼女は、ヒルダ婆ちゃんに背中を押され、椅子に腰を下ろした。


「ヒナタさん、もう体調はよろしいので?」

「はい。すみません、私……動揺してしまって、あなたにもご迷惑を」


 ちらりと視線を向けると、ひび割れた窓ガラスが、強風に煽られながら必死に耐えているのが目に映る。


 修理はまだ先になりそうだな……今はお金もないし。

 とりあえず木の板で塞いでおくか。


 申し訳なさそうに謝罪を繰り返すヒナタに、優しく微笑み返すネリオの手には、まだペンが握られていた。

 

「ヒナタが嫌じゃなければ、ネリオに魔力の制御を教えてもらうっていうのはどう?」

「えっ……わ、私?」


 やっぱりというか、彼女が遠慮するのは簡単に想像できた。


「あなたが作る料理に魔力が宿るのは、感情の揺れが原因なんですよ」


 ネリオが真剣な眼差しで身を乗り出すと、ヒナタは思わずのけぞった。


「あ、あの……ネリオさん?」

「制御さえ覚えてしまえば、これから怯えて暮らす必要はなくなります」


 他にも屁理屈を言ってたけど、俺に術名を考えてもらう約束がなくなるのが嫌なんだろうな……そんなに衝撃を受けたのか。


「あの……じゃあ、お願いしまふ。イタッ……」


 ヒナタは勢いに圧倒されて、舌を噛んだみたいだった。

 顔をしかめる彼女の隣で、満足そうな表情の彼は、人差し指を出してクルクルと円を描く。


 どこからともなくふわりと1枚の紙が目の前に現れ、驚く俺の前へゆっくりと舞い降りてきた。

 書かれている文字は見覚えのないものなのに、頭の中に響くように内容が理解できる。


「さあ、ユウマさん。ご署名を」


 ペンを差し出して急かしてくるネリオに、妙に胸騒ぎがして、契約書の内容をじっくり読み込んだ。


「……なぜそんなに慎重なんですか?」

「契約っていうのは、そういうもんなんだって」


 不満そうな声を出すネリオは、目が合った途端、魔族らしい不敵な笑みを浮かべる。

 

「ええと……次の中から、ひとつだけ選んでください。毎日ひとつ、術の名前を提案する……なぁ、ネリオ」


「はい、何でしょう?」


「俺、そんなに思い付かないって……ふたつ目、3日に一度実験に立ち会って名前を付ける。これ全部、名前を付けるだけじゃないか。忙しいから却下」


 読み進めると、最後のほうにすごく小さな文字でペナルティについて書かれている。

 

 サディロスかよ……まったく。

 でも、ネリオらしくない焦りが見えて、ちょっとだけ面白い。


 結局、紙に書かれた中から、一番被害が少なそうな「3日に一度、術名の相談に乗る」という項目を選んでサインした。


「あの……私、みんなに話しておきたいことがあるの」


 その様子をじっと見つめていたヒナタは、今にも消えてしまいそうなほど小さな声で呟いた。


「……ヒナタ、無理するんじゃないよ?」


 彼女はヒルダ婆ちゃんに「大丈夫」と答えると、目を閉じて深呼吸を何度も繰り返した。


「私ね……ここに来る前、結婚していたの」


 この前の「私、けっこ――」は、結婚っていうことだったのか……。


 彼女の声はか細く、手や肩は震えていたけど……その瞳は、自分を信じてほしいと物語っていた。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます

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