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逆流者の旗  作者: 秋月 爽良


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第50話 揺らぎの中に見えた真実

「くっそお……やっぱりレブランの仕業だった! それに何で今まで気付かなかったんだ、鈍すぎんだろぉ!」


 頭を両手で抱えてもだえ苦しむ俺は、自分の不甲斐なさにほとほとあきれ果てて、ついには怒りまで込み上げてくる。


 こんな時でさえ、寝ているヒナタを起こさないように、声の大きさを気にしている自分も何となく嫌なのと、サディロスやレブランに出し抜かれたことが悔しくて堪らなかった。


 俺の方が一枚上手だと油断していたのが、甘かった。


「ふむ、感情が爆発していますね。なるほど……ユウマさんは追い詰められると、こういった反応になるんですね」


 椅子に座って、優雅にお茶をすする余裕のネリオに、俺はじっとりと非難めいた視線を送る。


「ネリオさん……ずいぶんと楽しそうですね。それに、もう少し早く教えて欲しかったです」


 拗ねる気持ちも少しは理解して欲しくて、つい意地悪な言葉を彼に投げかけてしまう。


 ネリオは、何にも悪くないのに……。


「これは失礼……ふふふ。それと、そのかしこまった言葉遣いを、そろそろやめませんか?」


 軽くあしらう彼への反発心はさらに強まって、ヤケになる気持ちがあふれ出す。

 この人には勝てない……手のひらの上で転がされて、子供がふて腐れてるのと変わらない。


 それでも彼に対する八つ当たりという、情けない俺の言動は止められなかった。


「ふーん、じゃあネリオって呼び捨てにするから。それにしても、ここまでするとはな……アイツら絶対許さん」


 独り言を呟く俺の様子を、じっと見ていたヒルダ婆ちゃんは、眉間のシワをさらに寄せる。


「アタシにも分かるように説明しな。黙って聞いてたが、サッパリ理解できないね」


 彼女は、怪訝(けげん)そうな顔で口を尖らせた。


「え……でも、関わらない方がいいんじゃないか? 相手もまともじゃないし、危険すぎる」


 ヒルダ婆ちゃんは、「ハハハ」と大きな声で笑うと、ヒナタのことを思い出したのか、慌てて口を手で押さえた。


「フン、そんなことで怖じ気づくアタシじゃないさ。アンタが気にしてるのは、この村が危険な目に遭わないかってことだろ?」


「それは……まあ、もちろんそうだけどさ」


 いたずらっぽく笑う彼女は、味方なら頼もしく、敵に回せばその狡猾さに舌を巻く、本物の魔女のようだった。


「どうせ面倒なことに巻き込まれるなら、事情を知っていた方がまだ納得できるってもんさ。ネリオ、アンタもそう思うだろ?」


「ええ、彼女の(おっしゃ)る通りです。私にも事情を話していただけると、多少はお力になれると思います」


 ふたりとも、本当は面白がってるような気もしないでもない……まぁ、いいか。

 

 でも、これまでの経緯を誰かと共有できるのは、ひとりで戦う覚悟を決めていた俺にとって、心強い提案だった。


「じゃあ、これから説明する……後で後悔しても知らないぞ?」

「望むところだね。ほら、これで4杯目だ」


 婆ちゃんは、白湯みたいに味がなくなった薄いお茶を淹れ直す。

 

 目を輝かせる彼女と、澄ました顔なのに興味津々なネリオに呆れながら、俺はポツリポツリと話し始めた。


「……アンタねぇ、それだけの目に遭っても、まだソイツらに抗おうってのかい?」


 ヒルダ婆ちゃんは困惑と呆れの入り交じった顔で、ギシッと嫌な音を立てながら、椅子の背もたれに体を預けた。


「やり方が汚すぎるし、我慢できなかったんだよ……ネリオもそう思うよな?」


 彼はテーブルの上に置いてあった、あの短剣を手に取ると、派手な細工にじっと見入っていた。


 話、聞いてんのかな……贅沢な一点物みたいだし、飾りが気になるとかか?


「私物を持ち出してくるのは、かなり雑な印象を受けます。慌てて用意したか、手口に慣れすぎて感覚が麻痺している……とか」


 その最後の言葉の意味を理解した瞬間、俺の心臓はドクンと大きく跳ねる。

 サディロスなら……アイツらなら、そんな残酷なことを平然とやってしまうんだろうか。


 そこに、関係ない新人君まで巻き込まれてしまった……。


「ネリオ、まさかあの時から、気が付いてたなんて言わないよな……?」


「はっきりとは分かりませんでしたが、なんとなく感じてはいました。ですから変わった趣味をお持ちで、ご自分に厳しい方だとお伝えしたんです」


 ……いくらでも繋がるヒントはあったのに、完全に俺のミスだ。


「わざわざ魔獣を引きつける方なんて、そうはいらっしゃいません。ご自分を鍛えることに、かなりご執心なのだと誤解していました」


 頭の中で何度考え直しても、その時の言動を思い出して反省したとしても、取り返しのつかない自分の浅はかさに身もだえして苦しくなる。


「そりゃ、そう思うよな……」


 今さら後悔しても遅い……俺は深く息を吸って気持ちを落ち着かせた。


 レブラン副部長は、ギルドで貸し出している短剣が帳簿に記録されると知っているから、それを避けるために私物を用意した。


「武器屋で購入すれば、足がつくからか。あれ……馬車が襲撃を受けたときに魔猪(まちょ)が来たのも、この短剣のせいか?」


 今まで運が良かったと思っていた。

 でも実際は違っていて……しかもイデルさん一家に、とんでもない迷惑をかけてしまった。


「何やってんだ、俺は」

「……ユウマ、ちょっと落ち着きな」


「婆ちゃん……分かってるよ、ありがとう」

 

 差し出されたカップには、5度目のお茶というよりも、もうお湯と呼んだほうがしっくりくる飲み物が注がれていた。

 

 茶葉は完全に力尽き、出がらしを通り越していた……。


「いつか思う存分、好きなお茶が飲めるようにするからな、婆ちゃん」


 その温かさを両手に移すように、ゆっくりとカップの中の液体を揺らす。

 呟いた一言は、これまでの甘かった自分を叱咤するものだったのかもしれない。


「……期待しないで待ってるさ、焦るんじゃないよ」


 ここから動けない今の俺にできるのは、目の前のことに全力を尽くすことだけだった。


「ところでユウマさん、これからどうされるおつもりですか?」

「ベラティアの街のギルドに知り合いがいるから、イデルさんに短剣を運んでもらおうと思ってる」


「何だって……? そんな大事な証拠を、アイツに任せて大丈夫なのかい?」


 ヒルダ婆ちゃんは、白湯をカップから飲んだ途端、むせて咳き込んだ。


 イデルさんはロゼッタさんの出産以来、何かと慌てては空回りしているせいで、彼女からあまり信頼されてないから無理もない。


「ギルドの支部長からの手紙で、襲撃の犯人は捕まったって。サディロスも自分にかけられた容疑を晴らすのに躍起になってるらしくて、俺たちに構っている余裕はないらしいんだ」


 だからって、完全に安心できるわけじゃないけど……それに、本当は自分で行きたいんだよな。


「そうかい……まぁ、アンタがそうしたいならそれでいいさ」


「ギルドも調査官も動いてるから、俺の件がなかったとしても、いずれアイツらは追い詰められるはずなんだよ」


 ヒルダ婆ちゃんは納得したように頷くと、ヒナタが眠っている部屋へ向かう扉をそっと開けて、静かに出て行った。


 彼女の姿と足音が完全に聞こえなくなったのを確認してから、俺は椅子の背もたれに背中を預ける。


 そして、さっきから俺たちのやり取りを黙って聞いていた、ネリオの顔をじっと見つめた。


「……ネリオ。俺がこの世界の住人じゃないって、薄々気が付いてるんだろ?」

「おや、そうだったんですか?」


 まったく白々しいな……。


 不敵に笑うネリオのその微笑みにも、俺はもう慣れてしまっていた。

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