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逆流者の旗  作者: 秋月 爽良


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第44話 祈剣《しんけん》のセルジオ

 今夜、急きょ開かれることになった村の集会に間に合わせるため、俺は慌ただしく書類を仕上げていた。

 

 このイノール村の敷地もセリナ村と同じで畑が多く、そこそこの広さがある。

 柵を村全体に行き渡る頑丈なものへ作り替えるとしても、掛かる費用は節約したい。


 資材に、魔獣を迎え撃つための武器に罠……どこまで自分たちの手で準備できるのか。

 俺は、ありとあらゆる可能性を、ざらついた薄茶色の紙に書き出しては消すのを繰り返していた。


「うーん、これ以外に何かいい方法はないかな……」

 

 コンコン――。

 静まり返った離れの部屋に、小さな音が響いた。


「ユウマ、俺だ」

「イデルさん? ……どうぞ、鍵は開いてる」


 隙間だらけの扉で、俺が借りている部屋の中は丸見えなのに、彼は律儀にノックをする。

 詳しい事情までは知らされていなくても、自然と警戒心が芽生えているのは勘が鋭いのかもしれない。


 ……まぁ、あれだけの目に遭ったんだから、仕方ないとも思うけどさ。


「これ……手紙。ギルドから預かってきた」

「ありがとう、助かります」


 イデルさんは子供の頃かなりやんちゃだったらしいが、出会ったセルジオ神父に諭され、今の暮らしを送るようになったそうだ。


 ロゼッタさんとも教会で知り合ったらしい。

 

 でも俺は、今でもまだ信じられない……あの神父が、昔はS級冒険者だったなんて。

 なにがどうなって、聖職者になったんだ?


 小さく折りたたまれた手紙を受け取り、そっと広げると、オラロワ支部長の力強く整った筆致が目に飛び込んでくる。


 そこには、俺とイデルさん一家にとって嬉しい事実が、簡潔な文章で綴られていた。


「あの盗賊たちが、ついに捕まったって書いてある!」

「本当か! よかった……」


 安堵の声を上げたイデルさんは、ふと何かを思い付いたようにピタリと動きを止める。

 イデルさんは俺の手元の手紙を見つめたまま顎に手を当てると、考え込むように首を傾げた。


「なぁ……サディロスが、別の奴を送り込んでくるかもしれないんじゃないか?」


 まあ、そう思うよな……あいつらの代わりなんて、いくらでもいるだろうし。


 手紙を何度も読み返した俺は、彼が警戒するのも当然だと感じた。


「……サディロスのヤツも警備局で事情聴取を受けたって書いてある。本人は否定してるみたいだけど、そっちの対処で手一杯で、俺たちに構ってる余裕はないって」


「ははは。街へ戻ったときに、大げさに騒ぎ立ててやったからな……アイツ、俺の大事な家族を危険な目に遭わせやがって、許せねぇ」


 あのときのことを思い出しているのか、憎らしげな表情を浮かべたイデルさんは、悔しそうに片手を握り拳にして、もう一方の手のひらへ何度も打ち付ける。


 そのたびにパシッと音が鳴って、彼の苛立ちがはっきりと伝わってきた。


 俺は平静を装いながら、胸の奥で(くすぶ)る怒りがまた姿を現して、熱を帯びていくのを必死に抑えていた。


 あのとき、もう少し早く気づけてたら──そう思うたび、自分に苛立つ。


「……イデルさんたちには本当に申し訳なかった」


「もう気にするな、ユウマには感謝してるんだから。それより今夜、集会を開くんだって?」

「うん、ちょっと待って。先にこれを処分しないと……」


 俺は今夜の集会の内容を、大まかに説明しながら、オラロワ支部長からの手紙を赤々と燃える暖炉へ放り込む。


 支部長との手紙のやり取りは、もしもの時のために、こうして焼却することに決まっていた。

 火かき棒で押さえられた手紙は一瞬で燃え上がって、赤から黒へ色を変えながら形を失っていく。

 

 イデルさんに橋渡しをお願いしてるのも、行商人の彼なら、さほど不審に思われることがないだろうというのが大きな理由だった。


 完全に燃え尽きたのを確認してから、俺は再び椅子に腰を下ろして、資料作りの仕上げに取りかかる。


「よし……やっと完成した。あとは村の人たちの了承をもらったら、すぐに準備できるようにしないと」


 イデルさんは俺の向かいに椅子を持ってきて腰を下ろすと、じっと手元を見つめていた。


「ユウマ、お前すごいな……そんな書類を簡単に作っちまうんだから」

「え……そう? 前にいた職場で、こういう仕事を主にしてたからね」


「俺はガキの時、悪さばっかりしててな……セルジオさんにはずいぶん世話になった。だからお前のことを頼まれたとき、二つ返事で引き受けたんだよ」


 イデルさんは、どこか懐かしげな表情を浮かべながら、指先でペンをくるくると回していた。


「そうだったのか……でも、神父の話を聞いた時は驚いたよ。ほんと、不思議な人だよな」


「セルジオさんは父親もS級冒険者で、本人は神父になりたいって言ったけど、反対されたそうだ……『祈剣(しんけん)のセルジオ』ってかなり有名だったらしい」


 イデルさんは、俺が用意していた別のペンを手に取ると、紙切れの端に文字を書き始めた。

 ヒルダ婆ちゃん並みに汚い字で、向かいに座る俺からは全く読めない。


 俺は思わず立ち上がり、首をかしげつつ彼の手元をのぞき込んだ。


「へぇ……セルジオ神父らしいな。祈りの剣か、かっこいいな」


 いつの間にかイデルさんを手配していた手際の良さや、落ち着き払った態度にも、今なら納得がいく。


 教会が嫌がらせを受けてたときも、普通ならしかるべきところに通報するのに、彼にとってあの程度のことは、大騒ぎするほどでもなかったのかもしれない。


「ユウマ、そろそろ始めようじゃないか」

「うわっ……婆ちゃん、驚かさないでくれよ」


 字の荒さはイデルさんとソックリなのに、慎重な彼とは違って、ヒルダ婆ちゃんは何から何まで豪快だ。


 いきなり扉を開けられたから、話し込んでいた俺たちは椅子から飛び上がった。


「なんだい、男ふたりでこそこそと。内緒話でもしてるのかい?」

「まあ、そんな感じかな。もうみんな集まった頃だろうし……そろそろ行こうか」


「どうなるか楽しみだな、ユウマ」


 どうにか説得して、村の人たちを納得させてみせる。

 俺たちは立ち上がって、扉のそばでワクワクした顔で待っている婆ちゃんと一緒に歩き出した。


 今回の会場は、ヒルダ婆ちゃんの家って決まっている。

 集会所は一応あるけど、あまりにもボロボロで、冬に長時間滞在するのは無理らしい。


 ロゼッタさんたちも来てくれるかな……できれば話だけでも聞いておいて欲しい。


 「……待たせたね、みんな。さあ、始めようじゃないか」


 俺の前を歩く婆ちゃんが家の扉を開けると、中でおしゃべりしていた村人たちが一斉にこちらを振り返る。


 女性が9割で、見張り役は持ち場を離れられないから、男性は俺たちふたりと門番のひとりだけ。

 

 かなりアウェーな状況だな……。


 不安そうにこっちを見つめる人もいれば、婆ちゃんのように期待に満ちた目でじっと俺の様子を見つめる人もいて、その反応はさまざまだった。


 俺は、イデルさんがロゼッタさんとリリィちゃんの隣に腰を下ろしたのを見届けると、軽く咳払いして深く息を吸い込んだ。


 落ち着け……大丈夫だ、きっと上手くいく。


 速いリズムを刻む心臓の鼓動と浅い呼吸が、かえって勇気を湧き立たせるようだった。


「皆さん。今日は寒い中、お集まりいただきありがとうございます――」

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます

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