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逆流者の旗  作者: 秋月 爽良


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第43話 逆転の狼煙《のろし》

「ヒッ……!」


 透き通るような白い肌から血の気が引き、青ざめていくヒナタの押し殺した声は、まだ震えていた。


 魔鳥――ダチョウに似た走鳥型の、デカいくちばしを持つ魔獣。

 畑を狙ってくる厄介なやつだとは聞いてたけど、人を探すように家のすぐ側まで来るとは思ってなかった。


 村を囲うように、もっと頑丈で背の高い壁を作らないと……今のままだとコイツみたいに、簡単に突破される。


 ヤツの長い首の影が、床にクッキリと映し出される。

 さっきの小さな悲鳴を聞きつけたのか、窓の外から部屋の中を覗き込んでいるのが、その動き方で分かった。


 頼む、こっちに気づくなよ……向こうへ行ってくれ。


 その祈りもむなしく、コツンと控えめに窓ガラスを叩く音が、ハッキリと響く。

 まるで俺たちの反応を確かめるように、軽い一撃で。


 そのたった一度だけで、薄汚れたガラスがピシッと、ひび割れたような音を立てた。


「……っ!」


 両手で口を押さえ、今にもここから逃げ出しそうになっているヒナタの肩を強く押さえながら、俺は懇願するように彼女の目を覗き込む。


 ダメだ、いま動いたら確実に見つかる……もう少しだけ耐えてくれ。


 瞳に涙をいっぱいに溜めたヒナタは、恐怖に顔を引きつらせながら何度もうなずく。

 ガラスを繰り返し突いたあと、魔鳥は反応がないと判断したのか、ゆっくりとこの家から離れていった。


「ユウマ、もう行っちゃった……?」


 そっと窓の外を覗くともう魔鳥の姿はどこにもなくて、その事実を悟った瞬間、一気に身体の力が抜ける。


 震える声で「怖かった」と呟くヒナタに、俺も同じ気持ちだと心の中でうなずく。

 いまだに心臓が落ち着かなくて、生きている実感がない。


 ほんの数秒の出来事だったけど、体が汗でびっしょりだった。


「おーい! 大丈夫か?」


 村人のノックの音にさえ、ひどく反応して、思わず身体が縮こまる。

 見張り番としてイノール村に残っている男性が、それぞれの家を回って魔鳥が去ったことを知らせてくれていた。


 同じ部屋にいた女性は扉の鍵を開けると、頭だけ外へ出してキョロキョロと辺りを慎重に確認する。


 扉にもたれかかりながら大きく息を吐いて、俺たちふたりに向けるその表情は、安堵と笑顔で満たされていた。


「ユウマたち、もう大丈夫そうだ。外を見てごらんよ」

「あ……ありがとう、本当に良かった。ヒナタ、大丈夫か?」


 腕にしがみ付いてまだ震えている彼女は、小さくうなずくとそのまま黙り込む。

 俺はあの洞窟で、魔狼(まろう)に襲われたときのことを思い出していた。


 こんな間近で魔獣の気配にさらされるなんて、滅多にないことだし……そりゃ無理もないよな……。


 俺だってあの時はエイドの怪我で熱くなって、アドレナリンが出まくっていたから、あんなに動けただけだ。

 

 怖くても誰かを守りたいって気持ちは、みんな同じだ。

  

「……村の連中はみんな無事だったのかい?」

「ああ、特に被害はなかったんだが……少し畑を荒らされたらしい」


 疲れた様子の村人たちの会話が耳に入ると、俺たちは思わず顔を見合わせた。

 すぐに女性にお礼を言って外へ飛び出し、ヒナタが手入れしていた畑へと急いで向かう。


「あ……ああ、嘘。なんでこんなことに……ひどすぎる」

「ヒナタ……」


 膝から崩れ落ちる彼女を支える俺の目に映ったのは、食い荒らされた収穫前の作物と、土に深く刻まれたいくつもの大きな足跡。


 労るように、震える手でそっと野菜をなでる彼女の目から、涙がポロポロとこぼれ落ちる。

 それが土に吸い込まれていくのを、ただ俺はじっと見ているしかなかった。


 ◆


「ヒルダ婆ちゃん……ちょっと話がある」


 泣き疲れて眠そうなヒナタを彼女の家まで送り届けて、俺は婆ちゃんのいるギルドの小屋まで戻って来た。


 ヒナタの畑だけじゃなく、他にも被害が出た場所には、やっぱり大きな鳥の足跡が残されているらしかった。


「ちょっと待ってな、隣村に連絡だけ済ませとくからね」

「一緒に付いていく。俺もそろそろ覚えておきたいし」


 他の村との通信は、もちろんスマホなんて便利な物はなくて、この狼煙と手旗信号が使われていた。


 しかも、マニュアルを見ずに完璧に扱えるのは、ヒルダ婆ちゃんだけらしい。

 やり取りしてる隣村の人も大概だとは思うけど、この人本当に只者じゃない。


 この村のギルドは、噂では「最果てネットワークの要」とも言われてるとかなんとか。

 ひと通り隣村への連絡を済ませると、俺たちはギルドの小屋へ戻った。


「ヒナタは可哀想だったけど、アンタが側に付いててくれたから助かったよ。それで、その話ってのを聞こうじゃないか」


 婆ちゃんは、背筋の伸びた小柄な身体をギルドの椅子へ滑らせる。

 今朝のような少し茶目っ気のある表情を微塵も見せず、真剣な眼差しで俺の顔を射貫くように見つめた。


「うん……この村の周りに、もっと高い塀を作ったらどうだろ? 今の高さじゃ、簡単に魔鳥に飛び越えられるし」


「ユウマの言うことは、もっともだけどね……この村の現状を見たら分かるだろ? 先立つものがないんだよ」


 ギシリ……と悲鳴をあげた椅子の背もたれに、ヒルダ婆ちゃんは大きく息を吐きながら身を預けた。


 彼女は困ったように、天井を仰ぐ。


「……アタシらだって、何もしてこなかったわけじゃない。作物を収穫する前に魔獣に荒らされると、村の連中が口にする分しか残らないんだよ。村を守るにも金が掛かるだろ?」


 彼女はうっすら目を開けて、「言わなくても分かるだろ?」とでも言いたげに俺を見た。


「……国に救済の申し立ては?」


「もちろんしたさ、何度もね……だが、『魔獣の被害で苦しんでいるのは、他所の村でも同じ』だとさ。ふざけんじゃないよ、まったく」


「そっか……」


 セリナ村もそうだったけど、この国は街から離れれば離れるほど、困窮している気がする。

 あの村は国境沿いの重要な地域なのに、扱いが雑だった。


 どうなってるんだ、この国は……。


 結局、中央に権力を集中させて、自分たちさえ良ければいい程度の統治しかできないんだろうか。

 

「どこの世界も大して変わらない……上が動かないなら、こっちが動くしかないってことだな」


 胸の奥底で、ズッシリと深く沈んでいた気持ちを吐き捨てるように呟いた。


「その理屈なら、こっちもやり方を変えるだけだ」

「……どうしたんだい、急に」


 視線を戻すと、ヒルダ婆ちゃんがテーブルに頬杖をついて、まるで珍しいものでも見つけたかのようにニヤニヤと笑っていた。


「俺に考えがあるんだ。少し時間をもらってもいい?」

「へぇ……面白そうなことでもやろうってのかい? アタシも手伝うから、遠慮なく言いな」


「うん、ありがとう……俺は、国が納得せざるを得ない状況を作る。この村を強くすれば、結局は国の利益になるって、そういう形をこっちから提案する」


 婆ちゃんは一瞬息を呑み、目尻のシワが消えるほど目を大きく見開いた。

 いつも余裕たっぷりな彼女が驚くなんて珍しくて、俺はちょっと得意げだった。


「ちょっと待ちな……どうも、この村の連中だけで魔獣を迎え撃つつもりだって、アタシには聞こえるんだがね」


「ああ、そうだよ。だから村の人と話し合いたい。婆ちゃんが賛成してくれるなら、声かけを手伝ってくれないか?」


 彼女はじっと俺の顔を見つめて、眉間に深くシワを寄せたかと思うと、俯いて肩を揺らし始める。

 次の瞬間、堪えきれずに吹き出した。


「あははは! アンタ、正気かい!?」

「……俺は本気だけど?」


 ヒルダ婆ちゃんは思いきり笑い転げて、目尻にたまった涙を細い人差し指でぬぐいとる。

 椅子から立ち上がると、窓越しに村の様子をのぞき込んだ。


「へぇ……まあ、いいだろう。アンタの提案に乗ろうじゃないか。アタシも魔獣には相当頭にきてたんでね」


「ありがとう、婆ちゃん……」


 まずは、アイツらを村へ侵入させないようにすること。

 いくら作物を育てたところで、このままじゃ悪循環だ。


 そして、村人たちが自分で自分の生活を守れる形、その土台を作りながら魔獣を迎え撃つ。

 この辺りの村がみんなその守りで固められたら、きっと街や街道へ流れる数も減るだろう。


 足りない資金は国から引っ張る――それが、俺のスキルを活かしてやり遂げることだ。


「早いほうがいいんだろ。今夜、集めるかい?」

「え……そんなに早く!? みんな平気かな」


「それは、アタシに任せな」


 頼もしいセリフを言い放つ婆ちゃんは、そのまま隙間だらけの扉を開けて外へ向かった。


「……婆ちゃん、ありがと」


 俺はセリナ村のときと同じく、今夜の集会に向けて、急ぎで資料作りに取りかかることになった。

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