第4話 追放の種子
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薄い雲がかかった朝の空から、柔らかな陽射しが差し込んでくる。
舗装されていない道を、俺はひとりでヨークの森へと歩いていた。
肩には、細く簡素な剣がかかっている。
まだ一度も鞘を抜いたことのないそれは、頼りないほど軽かった。
もし何かに襲われたら……。
そんな不安が頭をよぎると、冷たい汗が背筋を伝う。
それでも、立ち止まるわけにはいかない。
この剣は、教会を出る直前に裏庭で手渡された。
刃こぼれはなかったものの、柄の革は擦れて指に馴染まず、鞘もところどころ傷だらけだった。
「これ……借りてもいいんですか?」
「ええ。ユウマ君が無事に帰ってくるのを、祈ってるわ」
微笑みを浮かべたシスターに見送られて、俺は教会を後にした。
誰でもこなせる、初心者向けの依頼のはずだ。
でも武器を持って外に出るなんて、生まれて初めてのことだから、本当は少し怖い。
……大丈夫だ、剣を抜かずに済むならそれに越したことはない。
薬草を見つけて無事に帰ろう。
自分にそう言い聞かせながら歩く足は、意外と軽かった。
森の中は思った以上に静かで、どことなく心細さを感じる。
葉が揺れる音や鳥の鳴き声が耳に残って、それが一層、自分がひとりでいるという実感を強めた。
「うーん……これと同じやつだよな?」
俺は地図の隅に描かれた見本と、手元の薬草を見比べた。
手元の薬草からは、独特の苦みを含んだ青臭い匂いが漂っている。
たぶん、これで合ってると思う。
しゃがみ込んで、束になるようにまとめていく。
ただ、これを50も集めるとなると、思っていたよりずっと大変じゃないか。
「……結構、時間がかかるな。でも、ひとつずつ地道に集めるしかないか」
そんなふうに独り言をつぶやきながら作業をしていると、地面に張り出した木の枝に引っかかって後ろに倒れてしまった。
「……おっと、大丈夫かい?」
声の主が、俺の顔を覗き込んでくる。
恥ずかしくなって慌てて起き上がると、そこには腰に籠を提げた中年の女性が立っていた。
顔にはたくさんのシワが刻まれていても、その目は優しく、どこか親しみを感じさせる雰囲気をまとっている。
「あ、はい……大丈夫です。これ、ギルドの依頼なんですよ」
「へぇ、ヨークの森で薬草採りかい。でも実は、こっちの薬草の方がよく効くんだよねぇ」
そう言いながら彼女は、俺の身体に付いた枯れ葉を軽く払い落としてくれた。
そして、自分の籠から束ねた薬草を取り出して見せてくる。
見た目はよく似ているけど、葉の先がほんの少しだけ丸い。
「これ、お通じにも効くけど、なにより痩せるって評判なんだよ。村じゃ昔から飲んでる人が多いんだ」
「痩せる薬草……?」
俺は思わず手を止めて、その草をじっと見つめた。
薬草の知識なんて全然ないけど、見た目もそれほど違わないし、匂いもいかにも薬草らしく思える。
でも痩せる薬草って、俺がいた場所じゃ良いイメージがないんだよな……。
「ありがとう、助かりました……じゃあ、こっちも少し摘ませてもらいます」
そう言って俺は彼女が見せてくれた薬草と、依頼で指定されたものの両方を採取することにした。
地元の人の言うことだし、効き目が強いならその方がいいのかもしれない。
少し迷ったものの、そのまま袋に入れて持ち帰ることにした。
「……たぶん大丈夫だろ。このまま持って行ってみよう」
採取を終える頃には、太陽が真上に昇りかけていた。
袋の中には、指定された薬草がぎっしりと詰まっている。
それに加えて、女性に教えてもらった痩せるっていう薬草も少しだけ。
……これで何とか依頼達成だよな?
道を戻る足取りは、来た時よりもずっと軽かった。
それでも油断はせず、手は常に剣の柄に添えたまま。
何も起きなかったのは、ただ運が良かっただけかもしれないからな。
「……はぁ、やっと着いた」
ギルドの建物が見えてくると、ほっと肩の力が抜ける。
初めての依頼が無事に終わったというだけで、心の中がじんわりと温かくなった。
カウンターには朝と同じ受付嬢がいて、俺の姿を見るなり優しく笑って声をかけてくれる。
「おかえりなさい、どうでしたか?」
「……採ってきました。これです」
採取袋を差し出すと、受付嬢は丁寧に中身を確認していった。
数、状態、ともに問題なしみたいだ。
そして袋の端にあった見本と少し違う草を見て、首を傾げる。
「あの、こちらは……?」
「あ……それは近くの村の人に教えてもらって、依頼の薬草より、痩せる効果があるって聞いたんです」
少し焦ってしまって、詰まりながらも何とか説明したけど、受付嬢はそれ以上は何も言わずにこやかにうなずく。
「そうでしたか……ですが、申し訳ございません。今回の依頼はこちらの薬草が指定されておりますので、参考にさせていただきますね」
「……はい」
後ろにはすでに順番待ちの冒険者が並んでいたから、すぐに報酬を受け取ってカウンターを離れようと、俺は踵を返す。
ふと顔を上げると、隣にいた行商人と目が合った。
「ちょっといいかな? その薬草、痩せる効果があるんだって?」
「え? あ、ああ……はい。森の近くの村人から聞いた話ですけど……」
かいつまんで説明すると、行商人の男は興味深げに俺の持っている袋を指差す。
「もしよければ、その薬草をワシに買い取らせてもらえないか? そんなに高値では無理だが……」
俺は少し迷ったが、結局その薬草の束を行商人に渡した。
受け取った銀貨はわずかだったけど、何も知らずに持ち帰るよりはいい気がした。
ゆっくりと扉を開けて、ギルドを後にする。
手の中の銀貨は数えるほどしかないけど、胸の内には確かな実感が残っていた。
「上手くいってよかった。次の依頼もうまくやれるといいけど……」
これが冒険者としての第一歩だ。
セルジオ神父からもらったペンダントのおかげか、スキルが発動することもなくて、本当に助かった。
……たぶん、大丈夫だったはずだ。
俺は小さな布袋に、さっき手の中で握りしめていた銀貨を慎重に入れ、その口をしっかりと結んだ。
そして高鳴る気持ちを抑えながら、教会へと足を向ける。
「ただいま戻りました……」
教会の中は相変わらず静まり返り、冷たい空気が肌に触れる。
この独特な雰囲気にも、もう慣れてしまった。
「ユウマさん、おかえりなさい。初めてのギルドはどうだった?」
ちょうどシスターが掃除を終え、片付けをしているところだった。
「はい、あの……自分なりに上手くできたと思います」
「そう、それは良かったわね。あら、これは?」
俺は少しためらったあと、銀貨の詰まった布袋をそっと彼女の前に置いた。
シスターは首をかしげながら、不思議そうに俺を見上げる。
「初めての依頼で得た報酬です。この教会のために使ってください」
「そんな大切なものを……」
「お願いします。自分だけじゃ、今日までの日々を越えることもできなかったと思うんです」
俺は心からそう思っていた。
教会での温かい食事と、誰にも否定されなかった数日間。
それがなかったら、今の俺はここまで来られなかったと思う。
シスターは一瞬だけ目を見開いたあと、優しく微笑んで首を横に振る。
「その気持ちは嬉しいけれど、そのお金は貴方が自分の力で手に入れたものだわ。いつか必要になる時まで大切に取っておいて」
優しい笑みを浮かべて、シスターは袋を俺に押し戻した。
「神さまがきっと見てくださってるわ。ありがとう、ユウマさん」
俺はうなずいて布袋を受け取ると、深く頭を下げる。
「……すみません。勝手に持ってきてしまって」
「いいのよ、ユウマさんのこれからに、きっと役立つ日が来るわ」
シスターのあたたかい言葉が、胸に沁みる。
「じゃあ、そろそろ部屋に戻ります。次の依頼の準備もありますし」
「ええ、あなたに神のご加護がありますように」
俺は小さく頭を下げて、その言葉を胸に、静かにその場を後にした。
◆
その夜、教会は静まり返っていた。
廊下を歩くたびに、足音がやけに大きく響く。
部屋の扉をそっと開け暗闇の中に身を潜めながら、俺は小さな袋を胸元に抱えたまま、礼拝堂へと向かった。
募金箱は、入り口近くの柱の影にひっそりと置かれている。
日中なら参拝客が何人も通る場所だが、今は誰もいない。
ほんの少しだけ、緊張していた。
別に悪いことをしているわけじゃないのに、なんとなく、こっそり行った方が気が楽だった。
箱の前に立って、ゆっくりと布袋の紐を解いていく。
中には銀貨が数枚入っていて、ぼんやりと鈍い光を放っている。
金額は少ないけど、初めての依頼で得た貴重な報酬だった。
ようやく神父やシスターに恩を返せる気がした。
銀貨を箱の中にそっと落とすと、乾いた音が静寂に溶けて、胸の鼓動が少しだけ速くなる。
誰にも見られていないだろうかと、廊下をそっと振り返った。
……大丈夫、気配はない。
俺は一度だけ箱に向かって頭を下げると、足早に自室へと戻る。
その夜、久しぶりにぐっすりと眠ることができた。
◆
「おい、あいつじゃねぇか? ほら、例の新米冒険者」
「ん……? ああ、そうそう。最近ちょっとした噂になってるらしいぜ」
初めての依頼を達成してから数日後、今日も俺はギルドの掲示板の前に立っている。
あれからいくつかの依頼をこなして、少しずつ仕事にも慣れてきた。
ここにいると、周りの冒険者たちのヒソヒソ話が耳に入ってくる。
新人でも、目立つ奴ってどこにでもいるよな。
もしかして俺のことだったりして……いや、そんなわけないか。
まあ、俺は俺のペースでやるしかない、なんて思いながら依頼書の一枚に手を伸ばす。
「久しぶりね、ユウマ」
聞き覚えのある声に振り向くと、そこには少し前に挨拶を交わした、メイとエイドが立っていた。
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