第3話 穏やかな一歩
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
ギルドの扉の前に立った今でも、胸の奥に響く言葉があった。
「君の力そのものが、悪ではないのですよ」
それは、教会に来てから数日が過ぎた夜のことだった。
普段はあたたかいはずの空気が、その日だけは妙に冷たく感じて、静まり返った部屋にはロウソクの炎がかすかに揺れている。
「……セルジオ神父、少しだけお話してもいいですか?」
慎重に言葉を選んでいたせいで、口にするまで少し間が空いた。
俺に背を向けていたセルジオ神父は、静かに振り返る。
「……ユウマ君、何か大事な話があるようですね? どうぞ、こちらへ掛けてください」
促されるまま、俺は目の前の椅子に腰を下ろした。
「あの……俺が話し掛けると、内容とは関係なく、他の人がすぐに信じてしまう気がするんです」
こんな突拍子もない話、信じてもらえるんだろうか。
頭がおかしくなったと思われるかもしれない――そんな不安を抱えながら、俺は自分のスキルについて、できるだけ順を追って説明した。
「なんだか自分が怖くて……外に出たら、また同じことが起きるんじゃないかって」
セルジオ神父は小さく相槌を打ちながら聞き終えたあと、静かに微笑む。
「ユウマ君の言葉には、心に入り込む力があるのかもしれませんね……ですが、それを悪しき力と決めつける必要はありません」
「で、でもローブ神が、それは詐欺師向けのスキルだって……」
それ以上言いかけて、俺は思わず言葉を飲み込んだ。
ローブ神のことなんて、どうせ信じてもらえないだろう。
「す、すみません。取り乱してしまいました」
「大丈夫ですよ、落ち着いてください」
セルジオ神父の声は、相変わらず穏やかだった。
「ユウマ君。長く神父をしていると、不思議な出来事に出会うこともあるものです」
その言葉に、俺は俯いていた顔を少しだけ上げる。
目の前の神父の瞳には、俺を疑う色はなかった。
「この教会は、神の加護によって守られています。けれどそれは、力を押さえつけるためのものではありません。人を大切に想う心に、静かに寄り添う祈りなのです」
「……その加護は、どういう時に働くんですか?」
俺の問いに、セルジオ神父は静かに頷いた。
「たとえば、人を騙そうとしたり、傷つけようとする悪意が芽生えた時――加護は、そうした心の動きにそっと作用するのかもしれません。ユウマ君、君はどうでしょう?」
「俺は、そんな……人を騙すつもりなんて」
ここでそんなことをするはずがない……いや、ここじゃなくても、どこでだってそんなことはしない。
「力そのものに善悪はありません。どう使うかを決めるのは、その力を持つ人の心です」
セルジオ神父の言葉は静かだけど、まっすぐ芯を持っていた。
「ユウマ君は、自分の力に戸惑っているのでしょう。もしこの教会でその力が静まっているとしたら、それは君の心と少しの加護のおかげかもしれませんね」
その言葉で教会でスキルが発動しなかった理由が、少しだけ分かったような気がした。
「俺はこの力をどう制御して、これから生きていけばいいんでしょうか?」
「それは、これから貴方自身で見つけていくものです。ですが、ひとつだけ忠告をしておきましょう……」
◆
……えーと。
頭の中に「?」がいくつも浮かぶ。
セルジオ神父は確かに優しかったし、言葉も穏やかで真剣だった。
「でも結局、何が言いたかったんだ?」
加護は封じるものじゃないけど、悪意には効く?
それって封じてるのか、いや、封じてないのか……どっちだ。
教会を出たあとも、セルジオ神父の言葉が頭の中をぐるぐると回り続ける。
どうしても整理がつかず、通りかかったシスターに思わず声をかけた。
「……あの、少しお聞きしてもいいですか? さっき神父と話していて、ありがたいお言葉だったんですけど、俺には少し難しかったみたいで」
「あら、セルジオ様のお話、難しかったかしら?」
俺が簡単に説明すると、シスターはふわりと笑い、少し顔を寄せてくる。
「つまりね、加護っていうのは魔法みたいな力じゃなくて、心を守る祈りなの。ユウマさんが、誰かを傷つけたくないという思いに寄り添うことこそが加護なのよ」
「……じゃあ、力を抑えてるのは加護じゃなくて、俺の気持ちなんですか?」
「そういうこと。もしユウマさんが人を騙そうと思ったら、その心をそっと止めようとするの。本当にそれでいいの?って、優しく問いかけるみたいにね」
「……なるほど。神父様の言葉より分かりやすいです」
思わず本音がこぼれると、シスターはふふっと小さく笑った。
「セルジオ様、時々回り道なさるから」
◆
――俺は、セルジオ神父がくれた言葉と、胸元のペンダントを今も大切に抱えている。
「……これは、あなたの心が迷ったとき、少しでも支えになればと思いまして」
あの夜、神父はそう言って、そっと小さなペンダントを俺に差し出した。
信じてもらうためじゃない。
嘘をつかず騙さず、自分の言葉で伝えるために。
それが、今の俺なりの受け取り方だった。
そして何より、彼らに恩返しをするために俺はここまで来た。
深呼吸をひとつして、俺はギルドの扉をゆっくりと押し開ける。
「いらっしゃいませ。冒険者登録ですね? では、まずお名前を教えていただけますか?」
「……ユウマです」
カウンターには数名の受付嬢がいたが、声をかけてきた彼女が、どうやら登録を担当しているらしい。
整えられた指先でペンを持ち、用紙にさらさらと書き込みながら、ちらりとこっちを見る。
俺は、セルジオ神父から前もって渡されていた手紙を受付に差し出した。
「……ご出身はどちらですか?」
「東の方の、山の近くの小さな村です」
正確な地名は言わない方がいい、そうセルジオ神父に勧められていた。
「魔法の心得はおありですか?」
「……ありません」
俺は少しだけ目を伏せて、短く答える。
嘘じゃない……あのスキルは魔法とは違う。
説明もできない、ただの呪いのようなものだ。
「承知しました。では初期ランクはF、依頼はまず雑用や収集作業などが主になります。危険なものは回されませんから、安心してくださいね」
やわらかく笑う受付嬢に、俺は小さく頭を下げた。
「これで登録は完了いたしました、こちらが冒険者カードです。紛失されると再発行になりますから、気をつけてくださいね」
「掲示板には依頼が貼り出されていますから、よければ見ていってくださいね」と受付嬢が優しく案内してくれた。
俺は短く礼を言って、静かにギルドの奥へと歩き出す。
ざわめく空気と、談笑する冒険者たちの声が、教会とはまったく異なる現実の生活音として響いていた。
壁際に設置された大きな掲示板には、色とりどりの紙が所狭しと貼られている。
護衛、荷運び、掃除――。
ひとつひとつ目で追いながら、内容を丁寧に読み取った。
自分にもできそうな依頼があるか、それだけを静かに探していた。
……この荷物運びなら、俺にもできるかも。
依頼の紙に手を伸ばそうとしたその時、後ろから明るい声が聞こえてくる。
「新人さん、それ受けるの?」
思わず振り返ると、そこには髪をひとつにまとめた少女が、にこやかな笑顔で立っていた。
背丈は俺と同じくらいで、やや小柄に見える。
動きやすそうな軽装に、手にはファンタジー漫画で見るような杖が握られている。
「ごめんなさい、迷ってるみたいだったから……さっきカウンターで登録してたでしょ?」
彼女の距離感は妙に近くて、思わず身構えてしまったけど、ひとまず小さく頷いた。
「……はい。初めて来たんです」
「じゃあ初依頼ってことか。ふふ、なんか懐かしいわね」
少女は気さくに笑いながら、自分の胸を指差した。
「アタシはメイ、後ろにいるのがエイド。私たちも冒険者だから、分からないことがあったら気軽に聞いてね」
「……ユウマです、よろしく」
名乗るのは少しだけ勇気がいったけど、それでもメイは笑って軽く手を振る。
「そっか、じゃあ頑張ってね! また何かあったら声かけて」
後ろにいた青年――エイドと呼ばれた人物が、無言のままこちらを一瞥し、ふたりで掲示板から離れていく。
去っていく背中を見送りながら、少しだけ落ち着かない気持ちになった。
……でも俺は、ひとりでもやると決めたんだ。
気を取り直して、再び掲示板へと視線を戻す。
どれも簡単な雑用ばかりだが、今の俺にはちょうどいい。
荷物運び、掃除、薬草の採取――少しでも多く報酬が出る仕事を選ばないと、すぐに生活が立ち行かなくなる。
そんな現実的なことを考えながら、俺は依頼内容をひとつずつ吟味していった。
その中で、ひときわ文字数の少ない紙が目に止まる。
『薬草採集:ギルド指定の薬草をヨークの森にて採取。採取量規定数以上。目安として40~50株。詳細は受付まで』
内容も条件もシンプルで報酬もそれなりだけど、今の俺にはそれで十分だった。
「薬草の採取か……これなら危険もなさそうだし、俺にもできそうだ」
貼られていた依頼書を丁寧にはぎ取って、カウンターの受付嬢に渡す。
「……これにします」
受付に紙を持っていくと、受付嬢がにこやかにうなずいて、採集場所と薬草の見本を見せてくれた。
地図には軽く印がつけられていて、所要時間は片道1時間らしい。
「日が高いうちに戻れそうですね。お気をつけて」
「……ありがとうございます」
軽い挨拶を交わし、ギルドを出る。
外の風は涼しく、見上げた空はきれいに晴れていた。
多少の不安は残っているけど、なんとかなる。
この依頼は、身構えていた俺の予想よりもずっと穏やかなものだった。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます
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