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逆流者の旗  作者: 秋月 爽良


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第2話 この人には、嘘をつきたくなかった

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

 俺は、自分の口から出た言葉に呆然とした。


「何だって!? 盗賊が出たのか!」

「あ、あの……そうなんです! 俺、俺……持ち物も全部奪われてしまって、ひどい目に……うぅ」

 

 目の前の兵士は、さっきまでの警戒した顔つきが嘘みたいに、今度は俺を気の毒そうに見つめていた。


「そうか、大変だったな。そういうことなら……おい、彼を通してやってくれ。ほら、元気出せよ」


 人の良さそうなその兵士は、俺の背中をぐいぐい押しながら、門のすぐそばに建っている小さな掘っ立て小屋まで連れて行ってくれた。


 俺は自分が怖くなって、これ以上嘘を口にしないように思わず手で口元を押さえる。

 けど、それが余計にまずかったらしい。


「辛かったよな……そりゃ泣きたくもなるさ。仮眠室に置いてあるスープ、まだ残ってるはずだが……少し飲むか?」

 

 完全に誤解されている……でも今さら訂正したら、もっとややこしいことになる。


「お前、名前は何て言うんだ?」


 俺は、一瞬だけ答えるべきかどうか迷った。


「ユ、ユウマです……」

「俺はリント。見ての通り、門番をしてる」


 リントと名乗った兵士は、人懐っこい笑みを浮かべながら、俺の名前をノートへさらさらと書きつけていく。


 言わない方がいい気がしたから、苗字は伝えなかった。


「……それで、どこから来たんだ? ひとりか?」


 俺は口を閉ざしたまま、そっと首を振った。


「まあ、無理に話さなくていいさ。今はゆっくり休んでおけよ」


 そう言って、彼はポケットから飴玉をひとつ取り出して俺の手にそっと握らせた。


「甘いものでも舐めてみろ。意外と落ち着くもんだぞ」


 ……名前覚えたよ、リントさん。


 兵士たちの話では、ここは門番の詰め所らしい。

 奥に仮眠用のベッドが2台置かれているだけの、がらんとした部屋だった。


「……リント。盗賊が出たって本当か?」

「ああ、こいつが被害に遭ったらしい」


 交代の時間なのか、どかどかと大きな足音が響いて、数人の兵士が中を覗き込んできた。


 これ以上、深く突っ込まれるのはまずいな……。


「この前の奴と同じやつかもなぁ?」

「えっ!? そ、それってどういうことですか?」


 後から入ってきた兵士のひとりが椅子を引き寄せ、俺とリントさんのそばへ来る。

 少し伸びかけた髭を無造作に撫でながら、その椅子にまたがった。


「最近、街道で盗賊の被害が増えてるんだが……」


 低い声でそう切り出した兵士は、眉をひそめたまま続ける。


「街に来る商人や旅人が次々に襲われて、物資の流れにも影響が出始めてる。まだ深刻ってほどじゃないが、どこかで手を打たなきゃならないな」


 何となく、背筋がぞくりとした。

 まさかとは思うが、俺のついた嘘と……本当に似すぎてないか?


「この前やられた奴も、道具を全部持っていかれたとか言ってたな。いや、それどころか下着まで――」

「……こら、もうやめとけ」


 リントさんが口を挟む。


「こいつは今、疲れてるんだ。話はそのくらいにしとけよ」


 彼はちらりとこっちを見て、俺の肩をぽんと叩いた。

 それだけで、なんだかひどく申し訳なくなる。


「まあ、街に入ったらまず休め。教会が中心通りにあるから、何か困ったら行ってみろ。あそこは旅人にも優しい」


「……はい」


 小さく頷いた俺に、リントさんはまた飴玉をひとつくれた。


 この人には、嘘をつきたくなかったな……。


 簡単な手続きを済ませて小屋を出ると、さらに分厚い門が目の前に立ちはだかる。

 リントさんにもらった紙を兵士に見せると、快く通してくれた。


「うわ……壁の向こうってこうなってたのか」


 俺はキョロキョロと辺りを見回しながら、教えてもらった場所を目指す。

 街の中心にあるという教会だ。


 道の両側には、雑貨店やレストラン、居酒屋、そしてもちろん武器屋なんかも並んでいる。

 街の人々は、どちらかといえば質素な服を着ている者が多かった。


 俺の服装を見ても、特に変な顔をされることはない……ひとまず安心といったところだ。


「何だかいい匂いがするな……」


 その香りに誘われて店内を覗くと、焼きたてのパンがずらりと並んでいた。

 ポケットに手を突っ込むと、あの硬貨が指先に触れる。


「これで買えるかな?」


 試しにパン屋の店主に近づいて、その硬貨を差し出してみた。


「これで買えるパンはありますか?」

「ああ……すまないね、お客さん。これじゃあ、パンの耳ひとつがせいぜいだよ」


 恥ずかしくなって硬貨を慌ててポケットにしまい、そそくさと店を出た。


「パンの耳ひとつか……日本円にしたらいくらだ?」


 この街の物価はさっぱりわからない。

 だけど相変わらず、腹がグウグウと鳴り続けている。


 腹の虫くらいは自分でどうにかしたかったけど、仕方なく教会へ向かうことにした。

 

 読める看板もなく、教えてもらった道だけを頼りに歩いていく。

 途中で迷いそうになりながらも、なんとか目的地と思われる建物にたどり着いた。


 高い尖塔に、苔むした石の壁……これが教会か。


「……ここ、だよな」


 立派な外観に圧倒されながらも、引き返す理由は見つからない。

 そっと扉に手をかけ、中を覗き込んだ。


「教会に入るのって、これが初めてかも……」


 中は思ったより静かで、がらんとしていた。

 正面の祭壇ではろうそくの明かりが揺れていて、椅子には誰の姿も見当たらない。


「……どうかなさいましたか?」


 奥から現れたのは、灰色の髪を後ろで束ねた年配の男性だった。

 白を基調とした服装は質素でありながら、どこか威厳を感じさせる。


「あ……その、俺。リントさんに、困ったらここに来いって言われて」


 スキルが発動したのか、今の状況がそう言わせたのか分からない。

 慌てて言い訳がましい言葉を口にすると、男性はふっと目を細めた。


「門番のリントから? そうですか……それなら、よほどお困りなのでしょう」


 静かな声でそう言って、彼は俺に歩み寄ってくる。


「私はセルジオ、ここの司祭です。どうぞ、こちらへ」


 半ば強引に彼に背中を押されるようにして、小さな部屋へと案内された。

 そこは机と椅子、壁際の棚、そして細いベッドがひとつ置かれているだけだった。


「大したもてなしはできませんが、まずは座ってください……お腹が空いているでしょう?」


 俺が何も言わないうちに、セルジオさんはスープとパンを運んできてくれた。


「残り物ですが、よろしければどうぞ」


 湯気の立つそれを前に、思わず「いただきます」と呟いてしまう。


 スープは薄味だったが、温かかった。

 パンも少し固かったが、そんなことはどうでもいい。


 空腹が満たされていくにつれ、胸の奥がじんわりとほぐれていくのを感じた。


「……ありがとうございました」


 そう言うと、セルジオさんはゆっくりと首を振った。


「礼には及びません。困っている人を助けるのは当然のことですから」


 その言葉を聞いて、また少し泣きそうになる。

 でも今度は、泣くのを我慢する理由がなくて、俺はただ、こぼれる涙をそのままにしていた。


 しばらくの沈黙の後、セルジオさんは静かに問いかけてくる。


「よければ、今夜はこちらに泊まっていきませんか?」

「でも、ご迷惑では……」


「この部屋はもともと、旅人や巡礼者が休むためのものです。今は誰も使っていないので遠慮することはありませんよ」


 俺は言葉に詰まりつつ、何度も頷いて控えめにベッドの端に腰を下ろした。


 壁際には、削れた木の棚の上に古びた聖書と、欠けた皿に立てられたロウソクが置いてある。

 部屋全体に、静かで穏やかな空気が行き渡っていた。


「あの、俺……」


 スキルのことも、その他のことも――自分のことを話すのがまだ怖くて、言いかけては、また口をつぐむ。


 でもセルジオ神父は、それ以上何も聞こうとはしなかった。


「疲れているのでしょう。今夜は、よく休んでください」


 彼がそう言い残して、静かに部屋の扉が閉まる音が聞こえると、俺はようやく肩の力を抜くことができた。


 ……数日後。


「おはようございます。今日は芋を収穫する日でしたよね?」


 気づけば、俺は教会内の掃除や畑仕事を手伝うようになっていた。

 またスキルが発動するかもとヒヤヒヤしていたけど、今のところ何事もなく穏やかに過ごせている。

 

 俺がお世話になっているこの教会は、寄付で何とか回しているらしい。

 夜中、シスターとセルジオ神父が資金繰りの話をしているのを、偶然耳にしたこともあった。


「俺も働きに出た方がいいかもしれないな……」


 考えてみれば俺の言葉が通じているんだから、それもできるはずだ。

 ただ、最低限の文字くらいは覚えておく必要がある。


 基本の文字だけでも最初はかなり手こずったけど、俺はこの世界の文字を少しずつ学び始めた。

 

 文字を覚えながら、何度も不思議に思う。

 別の世界に来たはずなのに、どうして言葉が通じるんだ?


 もしかすると、俺の持っていたスキルの影響かもしれない。

 あの時みたいに、無意識のうちに何かが働いているのだとしたら……。


 教会でお世話になりながらそんな風に過ごすうちに、俺はついにギルドの扉の前まで来ていた。


「よし、ついにここまで来たぞ。あとは冒険者登録だけだ」

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます

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