第36話 彼の店
「バカやろう、情けない顔してんじゃねぇよ」
「う……ごめん。でも、エイドがこうなったのは俺にも責任があるし」
「まぁまぁ、もういいじゃない……良くはないけどさ。ユウマもここに座って?」
オラロワ支部長たちとの面談を終えた俺は、今、エイドの病室にいる。
アトーリオさんは、大人数で押しかけるのも悪いからって、途中で自宅へ戻って行った。
治療院へ向かう途中でメイに言われて、新しくできたパン屋に寄って、美味しそうなものを買って行こうって話になった。
「ちょっと、ちょっとユウマ! そんなに買っても食べきれないわよ!?」
「あ、そっか……いや、同じ部屋の人たちにおすそ分けする」
「あの、これだけで十分ですから。お会計お願いします」
メイが俺を押しのける勢いで、店員さんに声をかけた。
「はい、以上でございますね。ありがとうございます」
カウンター前でトングをカチカチ鳴らしているお姉さんは、満面の笑みを浮かべて、もうこれ以上入らないぐらいパンを詰めた紙袋を次々と並べていた。
「さあ、行くわよ」
「う、うん……わかった」
まだ周りの店まで覗き込んで、エイドが喜びそうな物を探そうとする俺は、メイに促されてフラフラと歩き出す。
到着した病室の扉を開く手が少し震えて、一瞬このまま帰ろうかと悩んだけど、やっぱり顔が見たいって気持ちの方が勝っていた。
ベッドの上で「俺とパン」ってタイトルの雑誌を読んでいた彼は、話し始めると相変わらず気さくでぶっきら棒で、いつものエイドだった。
ありがとう……ふたりのその気遣いが嬉しい。
俺、泣き笑いって初めての体験かも。
一気に緊張の糸が解けたのか、涙がポロポロ流れて長い間止まらなかった。
ふたりは俺の様子を見て顔を見合わせると、困ったように笑っていた。
◆
「魔王の角!?」
メイとエイドの声が綺麗に重なり合って、CMのキャッチフレーズみたいに部屋に響く。
周りの患者さんたちが驚いたように一斉にこっちを見たけど、そんなことはまったく気にならない。
コッソリ盗み聞きされたところで、相手は魔王だ。
簡単に手に入れられる物でもないし、真似しようと思う人間もそうはいないだろう。
たとえ角が欲しいと願っても、自分の命と怪我を天秤に掛ければ、どちらを選ぶかなんて悩むまでもない。
「うん、教会のセルジオ神父から教えてもらった。命の泉も伝承としてあるけど、魔王の角も治りにくい怪我に効果があるって」
「初めて聞いた……だけど、魔王なんて無謀すぎるだろ」
「それは分かってる。だから、まずは命の泉から。それがダメならまた考えるよ」
実在しているらしい……らしいって言うのは、彼の姿を見たことがある人が少ないから。
この世界には魔獣が存在してる。
それなら、魔族や魔王がいてもなにもおかしくない。
そういえば、こっちに来てから人型しか見たことないけど、別の大陸にはもっとすごい種族がいたりして。
「……それで、ちょっと行ってくるよ」
「お使いに行くみたいな言い方、止めなさいよ」
メイは眉をひそめていたけど、すぐに笑ってくれた。
「ちゃんと帰ってきなさいよ? 置き土産がパンだけじゃ、寂しすぎるんだから」
「そうだぞ、ユウマ。あとで『あいつ、口だけだったな』って、言われねぇようにしないとな?」
「うん、頑張るよ……それじゃあメイ、そろそろ行こうか」
手を振って病室を出るとき、エイドがほんの少しだけ心配そうな顔でこっちを見ていた。
俺は小さく頷いて、後ろ手で静かに扉を閉める。
……もう振り返らなかった。
「メイ、今日は付き合ってくれてありがとう」
「お礼を言われるほどのことじゃないわよ……どうかしたの?」
「いや、何でもないよ」
ふたりで治療院を出たときには、もう辺りは夕暮れに染まっていて、レンガ造りの壁に雑にはめこまれた窓のガラスが、オレンジ色に輝いていた。
「本当はひとりで不安なんでしょ……付いて行ってあげてもいいわよ?」
冗談っぽく軽く言ってはいるけど、彼女が本気で俺のことを心配してくれているのが伝わってくる。
「その申し出はすごく嬉しい。でも、今回だけはひとりでやりたいんだ……メイはエイドの側にいてあげて」
彼女は驚いたような表情を浮かべて、俺の顔をマジマジと見つめる。
きっと、メイの提案を受け入れると思っていたんだろう。
「ユウマがそう言うなら仕方ないけど、もし気が変わったら、ちゃんと言ってね?」
「うん、ありがとう。新人君は眠ってて話ができなかったから、戻って来たときに改めて会いに行くよ」
別れの言葉を交わし、メイとは別々の道へ向かった俺は、何度も細い路地を曲がりながら、人混みに紛れた。
「これを貸してもらって助かったな……」
ギルドのオラロワ支部長から借りた帽子を被ると、近くのカフェ「もふもふのしっぽ」にそっと潜り込む。
ここは女性と一緒でも思わずためらってしまうほど内装が可愛らしく、男ひとりで入る客はほとんどいない。
……まあ、提案したのは俺なんだけど。
「あ! ユウマくん、いらっしゃい!」
「近くまで来たので、ちょっと寄ってみました。ずいぶん繁盛してますね」
「これもあなたのおかげよ。本当にありがとう」
案内された席に腰を下ろし、厚手のレースが掛かった窓の端から、そっと外の景色をうかがった。
「……キレアーノ調査官の言った通りだ。アイツら、本当に俺を尾行してたのか」
カフェの外では、ふたりのゴロツキたちが、落ち着かない様子でキョロキョロと周囲を見渡していた。
ひとりは痩せた小男、もうひとりは毛皮のベストを着ていて、どう見ても堅気の人間じゃない。
俺を見失って探してる……助かった、本当に撒けたみたいだ。
午前中のギルドでの面談を終えて廊下に出た後、俺は忘れ物を装って再び部屋へと戻った。
メイたちをこれ以上巻き込みたくなかった。
「オラロワ支部長さんに、お願いがあります」
「なんだ、どうした?」
俺はお世話になっている教会が、何者かによって嫌がらせを受けていると伝えた。
この街から邪魔な存在を追い出そうとしている、サディロスの手下の浅はかな企みだろう。
薬草の件も魔獣の件も、よく考えれば俺を排除しようとしてる。
言われなくても出ていくさ……お前たちを追い詰める準備のためにな。
まずは、エイドの怪我を治してみせる。
「……そうか、わかった。こちらでも気をつけるようにしよう」
「ありがとうございます。本来なら行政にお願いするものなんでしょうが、誰が信頼できるのか、私には判断がつきません」
オラロワ支部長が快く承諾してくれたおかげで、これで安心して命の泉を探しに行ける。
俺がいなくなれば、おそらく嫌がらせは収まるだろうけど、念には念を、だ。
「ずいぶん治安が悪くなったな、オラロワ。ここに来た時も、ガラの悪い連中を見かけたが」
「なんだと……?」
「ちょっと待て、確認する」
キレアーノ調査官は窓辺に立つと、そっと顔だけ出して外の様子をうかがった。
「ふん、まだいるようだが……ヤツらの目的は何だ?」
「何って言われてもなぁ……さっきの話じゃ、連中の狙いはユウマしかいねぇだろ」
「え! 俺ですか……!?」
「……ユウマさん、君はどうやら厄介事を引き寄せる体質のようですね」
そんな自覚はないんだけどな。
それで、俺は支部長から借りた帽子をかぶって、今このカフェで身を潜めている。
「貸してやる」って自慢げに渡されたけど……つばに小さなリボンまで付いた、どう見ても女性ものの帽子を、彼は何で持ってたんだろう。
まぁ、いいか……助かったのは事実だし。
「お待たせしました。これ、新作なのよ」
「わぁ……可愛いですね! きっとこれも人気出ますよ」
褒められて嬉しそうに笑う店長さんは、フリルが付いたエプロンの端を持ってクルリと一回転した。
「このエプロン、従業員の子たちとお揃いなの。ユウマくんに教えてもらって、女性向けに方向転換したのが良かったみたい」
「可愛いけど派手すぎず、清潔感がありますね。色違いを商品にしたら売れるんじゃないですか、ミレイユさん」
「あら、それいい考えね?」
『もふもふのしっぽ』の看板娘は、今日も絶好調だった。
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