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逆流者の旗  作者: 秋月 爽良


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第33話 鳥は見ている(支部長も)

 やはりと言うべきか、彼は参加する気満々で、翌朝ギルド前で待ち伏せていた。

 

「……どうしても一緒に来たいんですね、アトーリオさんは」


 呆れたようにポツリとこぼした俺の言葉に、隣のメイは小さく吹き出す。


「ええ、任せてください」


 そう口にする彼の顔は、まるで戦場に赴く兵士のように真剣で、目に見えて気合が入っている。

 

 そんな俺たち3人は、ギルドの一番奥の殺風景な部屋に案内された後、革張りの少し硬めのソファにそれぞれ緊張した面持ちで浅く腰を下ろしていた。


「支部長のオラロワだ、よく来てくれた。このご縁に感謝を」


 向かいの一人掛けソファには、さっき挨拶を交わした中年の男性が、穏やかな笑みを浮かべながら腕を組んで座っている。


 ……目が笑ってないって、こういうのを言うんだろうな。


 程よく日焼けした肌にがっしりとした体格、無造作に伸びた濃い茶髪の隙間から時折のぞく鋭い眼差し。

 

 その圧倒的な存在感は、ギルド支部長という肩書きからは想像できないほど迫力満点だ。

 メイから話は聞いていたけど、やっぱり見た目の印象は強烈過ぎるな、これは。


 百戦錬磨のギルド支部長……敵に回したくないけど、彼はどっち側だ?


 俺は睡眠時間を削って、言うべきことと集める情報について何度も作戦を立ててきたのに。

 支部長のインパクトが強すぎて、すべてが霧のように消えてしまった。


「そっちから尋ねてくれて助かった。俺も話がしたかったんでな」


 きっと俺たちは、緊張の色を隠せていなかったのだろう……緊張を解きほぐそうとしたのか、落ち着いた低い声で、彼はゆっくりと言葉を続ける。


「今回の薬草の件が知りたかったんだろ? それとも……他に気になることでもあるのか?」


 ずいぶんと、含みのある言い方をするんだな。

 まるで、俺が何かを探っているのを知っているみたいに。


 ……もしかして、全部お見通しなんてことはないよな?


「はい……その薬草について、詳しく教えてもらえませんか? 実際に、最初に見つけてきたのは私ですから」


「ふむ、そうだな……今のところ、君の責任を問うつもりはない。その代わりと言っちゃなんだが、これから来る奴に詳しく説明してやってくれ。これは手続きの都合でな、協力してもらう」


 メイは俺の方をチラリと見て、「私の言った通りでしょ?」とでも言いたいのか、口の端を吊り上げながら、自慢げにニヤリと笑う。

 

 でもごめんな、メイ……ちょっと疑ってた。


 彼女のことを信じてなかったわけじゃない。

 でも……こうやって立場のある人から言われると、やっぱり安心する。


「分かりました……それで、これから来るのはどんな方なんですか?」

「怪しい薬物やら、違法なブツを片っ端から取り締まる調査官だ。周りからは『はいじるし』って呼ばれてる」


 はいじるし……何のことだ?


「……あの、それは略称か何かですか?」


「ああ、そうだ。正式名称は『灰印(かいん)課』……まあ、ちょっと変わりもんだが悪い奴じゃない。そこは安心してくれ」


 かいん……?


 不思議そうにあれこれ考える俺を眺めながら、オラロワ支部長は楽しげに笑う。

 案外気さくな人なのかも……でも、レブラン副部長のことがあったからな。


 彼は何かを考えているのか、笑顔を貼り付けたまま、肘掛けに置いた右手の指先をトントンと、リズムよく動かし続けていた。

 

 その視線を追うと、窓の外枠で羽を休めている鳥たちへ向けられていた。


「……鳥は可愛いよなぁ」

「え? ええ、そうですね」


 彼は鳥好きなのかな……?


 よく見ると、支部長の胸元には、鳥をモチーフにしたブローチがさりげなく付けられている。

 オラロワ支部長が敵か味方かまだ判断はつかないけど、なんとなく親近感を覚えた。


 ただ、もうひとりが到着すれば、この緊迫した部屋の空気も変わるだろう。

 俺はその時を狙っている……この人が無理でも、そっちから情報を引っ張り出したい。

 

 それに、新人君が持っていたあの派手な短剣は、レブラン副部長が直接手渡したものと考える方が自然だ。


 あれに何か秘密が隠されているのか……とにかく、今は手放さないようにしないと。


 俺たちが巻き込まれたのは、単なる運の悪さだけじゃ片付けられない。

 レブラン副部長とサディロスが繋がっているって考えた方が、むしろ筋が通る。


 ……もっと慎重になるべきだった、何をやってるんだ俺は。

 国への提出書類を、レブランに預けたのも失敗だった。


 あの報告書について、オラロワ支部長本人は知っているんだろうか?

 この人、読めないんだよな……参ったな。


「……それで? 君は何をするつもりなんだ?」


 見透かされてるような不意の問いかけに、俺は思わず息を呑んだ。

 横で、それまで一言も発さなかったアトーリオさんが、顔を強張らせる。


「ユウマさん、あの……」

「大丈夫です、アトーリオさん」


 安心させるようにそっと彼の腕に触れ、できるだけ穏やかに言葉を返した。


 オラロワ支部長の方へ向き直った俺は、胸を打つ早鐘のような鼓動を味方にして、そのままの勢いで言葉を返す。


「……それは、これからのギルドの出方次第で決めます」


 一瞬の沈黙のあと、支部長は深く息をついて額に手を当てる。


 踏み込みすぎたか……?


 こらえきれないものが込み上げたかのように、支部長は突然大きな声で笑い始めた。


「ははは! そうだよな、そりゃそうだ!」


 あれほど爆笑していたのに、すぐに真顔へと戻った彼は、予想外の反応に戸惑う俺へ畳みかけるように言葉を続ける。


「……先日の依頼の件、まずはじっくりと状況を聞かせてもらおうか。何の話か分かってんだろ?」


 オラロワ支部長は腕を組むと、憎らしいほどの余裕の笑みを浮かべながら、ゆっくりとソファに背中をあずける。


 こっちの心拍数なんてお構いなしに、次から次へと……気を抜いたら一気に飲まれそうだ。


 ……これが百戦錬磨ってやつか。


 話せることと話せないこと――息を整えつつ、俺は頭の中で情報を整理していく。

 すべて話してしまいたい誘惑に駆られたけど、セリナ村の人たちの顔がチラついて離れない。


「……どうした、話せないのか?」


「いえ、そんなことは……ただ、ギルドだけじゃなく貴方の考えも知りたいんです。私にも守りたいものがありますから」


「ほお、そうか。それなら――」


 ニヤリと笑った支部長が口を開きかけた、その時だった。


「オラロワ、将来有望な若者を怖がらせるな。お前の顔は威圧的なんだから、もう少し自重(じちょう)しろ」


 そう言いながら扉を開けて部屋に入ってきたのは、黒いスーツ姿の男性だった。

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