第32話 彼女のその勇気に敬意を
「アトーリオさん、付いてこなくていいって、俺さっき言いましたよ……」
俺が呆れたように呟くと、隣を歩く長身の彼は、悪びれる様子もなく明るい声で笑っていた。
「そんなつれないことを言わないでくださいよ、ユウマさん。私だってセリナ村出身なんですから、知らないふりはできません」
まったく、この人は……セリナ村を出た時は、あんなにビクビクしてたくせに。
首を突っ込むのはいいけど、どうなっても知らないぞ?
それでも彼の本気か冗談か分からない言葉は、ピリピリとしたこの雰囲気を一瞬で和らげる。
アトーリオさんのこういうところが好きなんだよな……。
俺たちのやり取りを珍しそうに眺めながら、細い肩をすくめるメイは、俺の背中をポンと叩いた。
「まぁいいじゃないの、ユウマ。ひとりでも味方が多い方が心強いでしょ?」
彼女は少しだけ首を傾げて、おどけるような仕草で俺の顔を覗き込んだ。
「そうだな……じゃあ、3人でギルドへ乗り込みますか」
ふたりのおかげで、ギルドまでの石畳の道を歩く俺の足取りは、まるで新品のスニーカーでも履いてるみたいに軽やかだった。
すっかり見慣れた重厚な木製の扉の前に着くと、俺たちは顔を見合わせる。
一度大きく息を吸い込んで吐き出した俺は、力強く扉を押し開けてギルドの中へ足を踏み入れた。
騒がしい目の前の風景は、いつもと何も変わりない。
自意識過剰だったのかと恥ずかしくなるほど、一瞬で俺たちをその空気に馴染ませた。
なんだか拍子抜けだな……麻薬って聞いたから、もっと注目を集めるのかと思ってた。
もしかしてこの世界の認識は、俺のいた場所とは少し違うのか?
立ち止まって考えあぐねていると、メイとアトーリオさんがトントンと俺の肩を叩いて先を促す。
「なあに? もしかして怖じ気づいてんの? ほら、さっさと行くわよ」
「なっ……そんなことないって」
治療院で涙を浮かべていたあの姿が嘘みたいに、先陣を切って大股で進んでいく今のメイの背中は頼もしい。
カウンター前に並んで立つと、手が空いている受付嬢たちの表情は、一斉に営業スマイルに変化した。
コーデリアさんは……他の冒険者の接客中、か。
できれば、彼女に受け付けてもらいたかったんだけど、今は仕方ない。
じっと見つめていると、俺の視線が彼女と交差する。
一瞬目を見開いたコーデリアさんは、ホッと安心したような表情をみせると、優しく微笑んでくれた。
「いらっしゃいませ、ようこそギルドへ」
カウンターの内側で俺たちの真正面に立っていたのは、見慣れた顔の受付嬢だった。
俺も、何度か対応してもらったことがあるのを覚えてる。
「こんにちは。あの……お話があって伺いました。支部長さんか副部長のレブランさんはいらっしゃいますか?」
冒険者の登録証を見せながら彼女に告げると、少し困ったように眉を寄せる彼女は、ためらいがちに返事をする。
「……申し訳ありません、現在は両名とも席を外しております。ですが今は緊急事態のため、支部長は明日の午前中に戻る予定です。お時間が合えば、またお越しいただけますでしょうか?」
「そうでしたか。……じゃあ、支部長さんと直接お話させてもらいます」
「あ……それと」
受付嬢は声を潜め、小声で話しかけて来る。
「支部長がギルドへ戻り次第、ユウマさんにはお話を伺うことになると思います……」
ああ……まぁ、そうなるよな。
エイドも新人君もベッドの上から起き上がれないし、俺が摘んできた薬草の件もある。
「分かりました……では、明日の午前中にまた来ますね」
「はい、お待ちしております」
責任者がふたりもいない職場で、それなりに大変なんだろうか……俺がアッサリ引いたことで、安堵した表情をわずかに浮かべながら、受付嬢は椅子に座り直した。
客の前で大きく表情を変えないのは、職員の教育が行き届いている証拠だと思う。
少なくとも「やってやってる」っていう考え方をする人間は、このギルドにはいないんだろう。
ぼんやり考え事をしていた俺は、危うくそのまま帰りそうになって、慌てて彼女に話しかけた。
「それともうひとついいですか? 今、治療院にいる新人の冒険者が持っていた武器は、こちらで貸し出されたんでしょうか?」
「はい? あの……どうかなさいました?」
俺が小声で話しかけたからか、よく聞こえなかったらしい。
受付嬢は手元の書類を持ったまま、不思議そうに首を傾げ、椅子から腰を浮かせた。
「本人が、こちらでお借りした武器をなくしてしまったようなんです。それで、確認をお願いできますか?」
俺は、今はあの短剣を返却しない方がいいと判断した。
「そうでしたか……貸出記録を確認いたしますので、少しお待ちください」
受付嬢はそそくさと後ろの棚へ向かうと、冊子の表紙に書かれた文字を確認するように、人差し指でなぞる。
その中の分厚い1冊を手に戻ってくると、カウンターの上に置きページをめくり始める。
瞳をせわしなく動かして何度も視線を行き来させ、間違いがないか慎重に確認しているようだった。
「ええっと……ユウマさんとエイドさん、それに新たに登録された冒険者の方の3名でしたよね?」
「そうです。依頼を受けてから、結構日が経ってると思います」
彼女は不思議そうに首を傾げながら顔を上げると、困惑した声で俺に告げる。
「あの……何度も確認しましたが、ギルドからご本人への武器の貸し出しは、行われていないようです……」
ドクンと大きな鼓動が身体に響いて、意識しないよう努める俺の思いとは裏腹に、その速さはどんどん増していく。
背中を流れるひやりとした汗が、かえって緊張を煽って、口から熱を吐き出すように浅い呼吸を繰り返した。
予想していた返答に、踏み込むべきではないという思いと、その理由を知りたい気持ちが心の中でせめぎ合う。
やっぱりそうか……。
緊張でわずかに震える身体を必死に抑えつつ、俺は受付嬢に悟られないよう平静を装って礼を言った。
「そうでしたか……じゃあ、こちらの勘違いでしょう、ありがとうございました。明日の午前中にまた伺います」
今は、こっちの勘違いだと思わせておいた方が、騒ぎにならず都合が良さそうだ。
何かを察したのか、両脇でじっと俺の顔を見つめるメイとアトーリオさんに、意味ありげな視線を送って合図をする。
察してくれた彼らと一緒に、踵を返してギルドの出口へと歩き始めた。
「……ユウマさん。ちょっといいですか?」
扉の取っ手に手を掛けたところで、後ろから女性の声が俺たちを呼び止めた。
「コーデリアさん、どうかしました?」
良かった……彼女なら状況を理解してる可能性が高い。
さっきまで対応していた冒険者の手続きが終わったのか、顔なじみの彼女は、周囲を気にしながらそっと俺たちに近づいてくる。
「お話が聞こえてしまいまして……私、副部長が彼に短剣を渡しているところを見たんです。ただ、ギルドで貸し出している物とは違っておりましたから、てっきり持ち込み品を確認していたのだと思っていました」
「……コーデリアさん、ちょっとこっちへ。今の話は、あの新人の冒険者で間違いないですか?」
俺たちは他の冒険者たちの陰に紛れつつ、部屋の隅に静かに移動する。
ギルドの職員から見えにくいように、俺たちは人目を遮る形で立ち、顔を寄せ合ってヒソヒソと会話を続けた。
「彼の登録手続きは私が担当しまして、武器の貸し出しはしておりません。あの……この話は、お役に立ちますでしょうか」
彼女の言葉には、早くこの情報を誰かに共有してしまいたいと焦る気持ちと、戸惑いが見え隠れしていた。
それに、この事実が何を意味しているのか、彼女なりの覚悟と確信が入り混じっているように感じられる。
「そうですか……教えていただいて助かりました。でも、今は信用できる人以外には話さない方がいいと思います。特に、副部長さんには」
必ず彼女の証言が役立つ時が来る。
それまでは、もう誰も傷ついてはいけない。
コーデリアさんは少し青ざめ、きゅっと結ばれた唇を押さえる両手がわずかに震える。
彼女にもう一度だけ念を押したあと、俺たちは翌朝の支部長との面談に備え、作戦会議を開くためギルドを後にした。
◆
「オラロワ・トボス・メリケンサルだ。ギルドの支部長なんてものをやってる。よろしく」
翌日、ギルドの一室で俺たちを出迎えたのは――まさに喧嘩上等という言葉が似合う、いかつい風貌の男性だった。
いや……オラついた、メリケンサック持ってるボスにしか聞こえない。
メイから聞いてはいたけど、彼がまだどちら側なのかも分からない……この部屋で、何が引き出せるか。
――それが、今後の俺たちの運命を左右する。
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