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逆流者の旗  作者: 秋月 爽良


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第31話 剣は語らず

 アトーリオさんは、病室の扉の方を一度だけ振り返ると、小さく息を吐いた。

 メイが戻ってくるまで、あまり時間はない。

 

 だから俺は、今考えていることをできるだけ短く伝えることにした。


「ここを出たら、俺はまずギルドへ向かいます。それに、この契約をひっくり返せるだけの仕掛けは、もう準備してありますし」


「待ってください。私はマイロさんから、ユウマさんを止めるように言われているんです」

「マイロさんが……?」


「グレオルドさんの手紙と一緒に、私宛ての言付けも届いていました。ユウマさんが無茶をしようとしたら、止めてほしいと」


 あの日――セリナ村を立つ日、俺にだけそっと囁いた彼の言葉を思い出していた。


「戻られたら全てを国に委ねて、サディロスにはもう関わらないようにしてください――」


 あなたは手を引きなさい……いいですね?


 そう告げたマイロさんの瞳は、真剣そのものだった。

 こうなることを彼は予測していたのか?


 でも俺は、レブランさんに渡した、国への報告書の進み具合も確認しておきたい。

 まずはギルドへ行くのが先だろう……契約の無効についてはその後だ。


「村の皆さんが俺のことを心配してくれているのは本当に嬉しいです。でもやっぱり自分でできることはしたい」


 困ったように眉を下げて苦笑いをするアトーリオさんは、やっぱりお人好しだ。

 あの厳しいマイロさんの指示を受けているのに、俺の言葉を無理に押さえつけようとはしない。


 彼にバレたら廃坑の時みたいに、猛スピードで詰め寄ってくるのかな?

 大変だったけど、楽しかった……あの光景を思い出して、どうしても口元が緩んでしまう。

 

 荷物をまとめながら、俺はふとベッド横に置いてある短剣に気が付いた。


「あ、これ……新人君の」


 そうだ……これもギルドに返却しておかないと。

 本人は病室でまだ治療中だし、俺が持って行くか。


 それと――。


「アトーリオさん、たしかギルドに寄ったって言ってましたよね? 支部長さんって見かけました?」


「いや……私が依頼の登録をしに行った時は、見かけませんでしたけどね?」

「うーん……そうでしたか」


 グレオルドさんは時期を待てって言ってたけど……。

 あの書類を国の関係機関が目を通せば、どうにか動き出してくれるはずだ。


 正式にギルドを通してるし、もちろん支部長にも話を通しておきたい。

 俺の脳裏には、細身で少し神経質そうなギルドの副部長、レブランさんの顔が浮かんでいた。


 あの人は、ちょっと感じ悪かったからなぁ……。


 リュックに仕舞おうと手に取った短剣は、(さや)に施された派手な装飾がゴツゴツとしていて扱いづらい。


 「これ、ギルドで貸し出してもらったらしいんですけど、実戦向きじゃないですよね?」


 アトーリオさんに短剣を見せると、思いがけず彼は興味を示した。


「……その短剣、ちょっと見せてもらえますか?」


 彼は俺から短剣を受け取ると、首を傾げながら鞘を指先でそっと撫でる。

 表と裏を交互にひっくり返しながら眺めているうちに、徐々に眉間にはシワが寄っていった。


 やっぱり彼も彫金師だから、装飾が気になるのかな……。


「……ユウマさん。これ、本当にギルドから借りたものなんですか?」

「ええ、新人君がそう言ってましたけど……」


 アトーリオさんは、さらに眉間にシワを寄せ、目を細めながら鞘の装飾を細かく確認している。


「どうかしたんですか?」

「いえ……彫金も複雑で金が掛かってる。これは飾る用に作られたものにしか見えません」


「そうなんですか……?」


 アトーリオさんは大きく頷くと、短剣を光にかざしたり、目線の高さまで持ち上げたりして、そのたびに小さく感嘆の声を漏らした。


「素晴らしい出来ですね。今の私には、ここまでの作品はまだ作れないと思います」

「へぇ……よくギルドが、そんな高価なものを貸してくれましたよね?」


 傷つくかもしれないし、新人君が紛失してしまうかもしれないのに……弁償するとしたら、だいぶ金が掛かる。


「でも私が以前ギルドから借りた短剣は、もっと質素なものだったんです」

「そうなんですか?」


「はい。もっと飾り気が無くて、実用性重視のものでしたから……おかしいですね」


 アトーリオさんは短剣の柄をくるりとひっくり返し、根元の部分をじっと見つめる。

 俺はその様子につられて、横から彼の手元を覗き込んだ。


「ギルドから貸し出される武器って、盗難防止のために刻印番号が入ってるって聞いたことがあります。でも、これにはありませんね……」


「え……それって、どういうことなんでしょう?」


 アトーリオさんは沈黙したまま首を横に振るけど、俺だって意味が分からない。


 番号がないって、じゃあこの短剣は一体誰のものなんだ?


 ぞくりとした寒気が背を這い上がって、思わず肩を抱いて腕をさする。

 

 新人君はギルドから借りたって、あのとき確かに俺たちに言った。

 でもそれが本当なら、ギルドの管理下にあるはずの刻印が無いのはどう考えてもおかしいだろう。


「……アトーリオさん、俺、ギルドで確かめてみます」


 彼から手渡された短剣は、その豪華さを誇るかのようなずっしりとした重さと、持ち主の思惑を伝える冷たさをまとっていた。


 握り締める俺の熱も思考でさえも奪われていくようで、なにか大事なことを見落としているんじゃないかって、胸の奥がざわついて苦しくなる。


 ……何がどうなってるんだ。

 

 俺がまだ気付いていない事実が、どこかにある。

 それは細く手を伸ばしながら繋がっていて、俺を陥れようと狙っているのかもしれない。 


「――ユウマ! 大変よ!」


 メイが勢いよく扉を開け、慌てた様子で病室に飛び込んでくる。

 

 彼女の額にはうっすらと汗が浮かび、息は荒く弾んでいた。

 その顔つきは、さっきまで泣いていたときとはまるで違って、どこか緊張した色を帯びていた。


 ただ事ではない様子の彼女に、俺たちは息を呑んだ。


「……どうしたんだ、メイ?」


「ちょっと気になる話を耳にしたの。水を汲みに行ったら、治療院の受付でギルド帰りの人たちが話してたんだけど……ユウマが採取してきた薬草から、麻薬成分が検出されたって噂が広まってて」


「……は?」

「ユウマさん……」


 一瞬、何を言われたのかすぐには理解できなかった。


 麻薬……!? 


 目の前が真っ白になったかと思うと、フラッと目眩が襲ってきて、俺は後ろへ倒れそうになる。


「ユウマ!」

「大丈夫ですか!」


 ふたりは俺の名前を大声で呼びながら駆け寄ってきた。

 支えられつつ、ゆっくりとベッドに横たわる。


 嘘だろ、麻薬だなんて……いつの依頼だ?

 それにしても、なんでこんなにひどい目ばかり遭うんだよ。


 名前を呼び続けるふたりに言葉を返す気力も無くて、ギュッと目を閉じた俺は、自分の迂闊さと運のなさを嘆いた。


 エイドの怪我も、薬草のことも、短剣や契約のことも……全部。

 次から次へと押し寄せる出来事が絡み合って、怒りに似た感情が胸の中でどんどん膨れ上がっていく。


「なんで……こんなに次々と、事件が起こるんだよ」

「ユウマさん、落ち着いてくださいって」


「そうよ、私の話を最後まで聞きなさいよ」


 ……頭ではわかってるんだ。

 でも愚痴っぽくなるのは嫌なのに、どうしても止められない。


「ユウマさん、今はメイさんの話を聞きましょうよ、ね?」


 アトーリオさんはいつも優しいな……変な依頼ばっかりしてるけど。


「まったく、最後まで話を聞きなさいよ。ユウマが最初の依頼で摘んできた薬草が、評判になったのって覚えてるでしょ?」


「ああ……俺が最初に受けた依頼だったはずだけど」


「その薬草を使った商品から麻薬成分が出たんですって。でも、よく確認もしないで売ったのは商人の方だって、ギルド側も分かってるみたいよ?」


「そっか……そうだよな。ごめん、取り乱して」

「それに、特にあなたが責任を負わされることはないって」


「ほ、本当に!?」


 メイの一言で勢いよく起き上がった俺に、彼女はにっこりと微笑んで頷く。

 アトーリオさんは安堵したように息を吐くと、目元をぬぐっていた。


「よかった……捕まるかと思って冷や汗が出たよ。それにしても、街に戻ってきてから災難続きだな。もしかしてサディロスの仕業だったりして」


 はははと笑いながら、今までの出来事が頭の隅でグルグルとまわり始める。


「はは……あれ? 俺、今なんて言った?」

「何って、災難続きだって――」


「その後。何て言った?」


 アトーリオさんは、ギュッと俺の手を両手で包み込む。


「……サディロスですよ、ユウマさん」

「あ……アトーリオさん、俺――」


 何かが動いてる、俺の知らないところで――あの依頼に関わったときからずっと。


「ユウマ、これからどうするの?」

「書類の件と薬草の件、それにこの短剣のことも確かめなきゃいけないから。メイ、付き合ってくれる?」


 どうやら俺は、どうしてもギルドに向かわないといけなくなったらしい……。

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます

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