第27話 群れに呑まれて
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「おっ……そろそろか。あれが目的の洞窟ってやつだな」
隣を歩く筋肉の塊のようなエイドは、昼寝明けの猫みたいに大きなあくびをして、前方を指差す。
エイドにとっては何度も通い慣れた場所だから、依頼を受けたはいいものの、少し面倒くさいんだろうな。
「うわぁ、すごい……あれが洞窟なんですか?」
一歩引き気味に立ち止まる新人君に、俺とエイドは顔を見合わせる。
その初々しさがなんだか懐かしくて、お互いふっと口元が緩んだ。
結局、俺だけ名前を知らないままで何度も聞き返すのも悪いから、彼の事は「新人君」って呼ぶことにした。
エイドは本名を知ってるくせに、しれっと俺の真似をして新人君って呼んでる。
まあ、本人が嫌がってないからいいのかな?
俺も洞窟って、最初はもっと薄暗いものだと思っていた。
目の前に広がるそれは、太陽の光が思った以上に奥まで届いていて、意外なほど明るかった。
何度か依頼で来たことはあるけど、ルールさえ守れば、安全で初心者にはぴったりの場所だ。
「……よし、さっさと片付けて帰ろうぜ?」
「よっしゃ、任せとけ」
俺が軽く返すと、新人君も慌てて頭を下げる。
「よ、よろしくお願いします!」
エイドの合図で俺たちはそれぞれ離れた場所に散らばると、目当ての依頼品を探し始めた。
「あっ……あった! こっちにもある!」
新人君は指示された通りの鉱石を集めては、ひとつひとつ丁寧に確認しながら、腰に下げているポーチの中へ放り込んでいく。
彼は見た目通り、真面目にきちんとやるタイプなんだろう。
俺も最初はあんな感じだったかな……依頼の品を見つけるたびに嬉しかったっけ。
エイドの方をちらりと見ると、さすがに慣れた手つきで素早く採取している。
すでにいくつか集め終えてて、手際よく作業を続けていた。
「ユウマ、そっちは終わったのか?」
「あ……いや、これがなかなか取れなくて」
盗み見してたの、バレてたか……。
俺は岩の隙間に埋もれた鉱石に、慌ててナイフを突き立てた。
ガツンと音がして、鉱石そのものは岩から外れたけど、表面が滑ってなかなかうまく掴めない。
あと少しなのに、指先からスルリと逃げていく。
「ちょっ……お前、どこいくんだよ」
カラン――。
俺が転がっていく鉱石を片手で押さえつけていると、洞窟の奥の方から、微かに乾いた音が辺りに響き渡る。
小さくてすぐに消えてしまうほどの音だったけど、俺たち以外誰もいないこの場所には、不思議なほどよく聞こえた。
「……なあ、今、何か聞こえなかったか?」
俺が顔を上げて声をかけると、ふたりも手を止めていた。
新人君は不安そうな表情を浮かべながら、こっちを見つめたまま、じっと動かない。
ほんのわずかな物音でも、何かが飛び出してくるんじゃないかと怯えているようだった。
エイドは素早く立ち上がって、片手にナイフを握ったまま周囲を鋭く見渡す。
新人君に動かないよう手で指示した彼は、周囲に何もないのを確認して、ふうと息を吐き出した。
「石か何かが転がったんだろ……特になにもないみてぇだぞ?」
「そうか……ありがとうエイド、少し急ごうか。新人君は、薬草の方の採取を頼むよ」
新人君はエイドの言葉で一度は安心したようだったけど、まだ緊張が抜けないのか、俺の指示に何度もコクコクとうなずいた。
そのまま慌てた様子で、目当ての薬草の採取に向かって行った。
彼は焦りすぎて、途中で足を滑らせそうになりながらも、何とか採取場所までたどり着いた。
それでも恐怖は抜けていないのか、動きはまだ少しぎこちない。
まあ、それは俺も同じなんだけど。
エイドは場の空気を和らげようとしたのか、彼が取り出した剣に目を向けて声を掛ける。
「お? 珍しいじゃねぇか、その短剣。自分で用意してきたのか?」
「あっ……えっと、これはギルドから貸し出された物なんです」
新人君は片手で短剣の鞘を掴むと、俺たちからよく見えるように高く掲げる。
え……ギルドって、そんな親切なサービスやってたのか?
俺の時は何も言われなかったし、システムも適当に説明されただけだったぞ。
もしかして俺が腰に下げている剣を見て、必要ないと判断されたのかな……。
対応の差に不満を感じつつも、運が悪かったとため息をつく。
でも新人君の持っている短剣は、初心者に渡すには装飾が派手すぎて、どこか場違いな印象を受けた。
「さて、俺もやるか……」
ドドドドドッ――!
気を取り直して、さっきの鉱石を取り出そうとナイフの先を岩の隙間に差し込んだ瞬間、地響きのような音が辺り一帯を包み込む。
「エイド! 何だ、この音!?」
「俺にも分からねぇよ! とりあえずお前ら気を付けろ!」
俺はすぐに自分の足元を確認し、周囲の壁やエイドたちの様子に目を走らせた。
揺れてない、これが地震じゃないってどういうことなんだ!?
ぐるりと周囲を見渡すと、洞窟の奥で黒い影が揺れているのに気がついた。
「エイド! あれ、何だ!?」
あの地響きのような音は、まさに俺が指差した方角から聞こえていた。
一番近くにいる新人君は完全に固まっていて、ピクリとも動かない。
「早くこっちに来るんだ! 早く!!」
俺と彼までの距離はおよそ10メートル。
気の利いた言葉も浮かばず、力いっぱい叫んだけど、新人君はただ呆然と黒い塊を見つめているだけだった。
いち早く我に返って走り出したエイドは、俺に顔だけ向けると怒鳴り声をあげる。
「ユウマ! 隠れるとこを探せ! アイツら、魔鼠の群れだ!」
「はあ!? 魔鼠!?」
マズい……大群で真っ直ぐ突っ込んでくるんじゃなかったか、たしか。
見た目はネズミっぽくて愛嬌たっぷりなのに、サイズ感だけはギャグって言いたいぐらいデカい。
成体で、カピバラ並みの巨体がゴロゴロしてる。
以前、採取に夢中になってふと横を見たら、いつの間にか魔鼠が隣にいて、お互い腰を抜かしたあの瞬間は、今でも忘れられない思い出だ。
あのときは1匹だったから良かったって、後でギルドで教えてもらって冷や汗をかいた。
俺は辺りを素早く見回すけど、隠れてやり過ごせそうな場所なんか、そう都合よく見つからない。
「くそっ……どうすりゃいいんだよ」
逃げ道も隠れ場所も、どこにもない。
あっちは――ダメだ、3人で隠れるには狭すぎる。
鼓動は早鐘を打って、呼吸は短く荒くなる。
岩場の陰からふたりに視線を向けると、エイドが新人君を洞窟の壁の出っ張りへと押し上げて、逃がそうとしているところだった。
「おい! 早く上がれ!」
「えっ、あっ……は、はい!」
あの高い位置なら、ギリギリ魔獣の突撃はかわせるはずだ。
エイドは下から新人君の腰をぐいっと押し上げるけど、真っ青な顔をした彼は慌てすぎて足が滑るのか、上手く登れない。
「く……そおぉ! 上がれーっ!」
渾身の力を込めてエイドが持ち上げた時には、もうすでに魔獣の群れは彼らの目の先まで到達していた。
「わあぁぁ! 来るな来るな!」
「バカやろう! 相手にするんじゃねぇ!」
新人君は手に持った短剣をブンブンと振り回して、魔鼠を攻撃する。
ギャウ!と、傷ついた魔鼠が、かすれた声をあげて地面を転がる。
痛々しい鳴き声を上げながらも、群れの勢いは止まらなかった。
「ダメだ、攻撃しちゃ! 血の匂いで魔狼を呼び寄せるぞ!」
俺は叫んだけど、パニックになってる新人君の耳にはもう届いていないようだった。
エイドは群れに抵抗しながらも、精一杯腕を伸ばして、強引に新人君の手から短剣を弾き飛ばした。
弾かれた短剣は魔鼠の背中で跳ね、岩陰にいる俺の方へと転がってくる。
群れに押し流され、転がるように消えていくふたりの姿が見えなくなって、俺は息を呑んだ。
「エイド! 新人君! う、嘘だろ……おい、返事をしてくれよ!」
いくらカピバラサイズだって、群れで襲われたら怪我じゃ済まないはずだ……。
辺りは竜巻が通り過ぎたあとみたいにあちこちの岩が削られ、魔鼠がぶつかったのか、生々しい血がこびりついていた。
傷ついた数匹の魔鼠は仲間に踏まれたらしく、グッタリとして動かない。
俺は岩に体重をかけてどうにか立ち上がると、そばに転がっていた新人君の短剣を手に取る。
震える手で、剣先を鞘に収めようとするけど、鞘の口は刃を受け入れるのをためらうように弾き返し続けた。
まるで、剣そのものが俺を拒絶しているようだった。
時間をかけて何とかやり遂げると、ふたりがいるはずの場所へふらふらと歩き出す。
「お前ら、嘘でしたぁって言うんだろ……なぁ?」
ここにもいない……あっちにも、どこにも――。
やめてくれ、嘘だと言ってくれ。
開きっぱなしの口の中はすっかり乾いて、何度も閉じてはまた無意識に開いてしまう。
わずかに突き出た岩につまずき、這うようにしてふたりの名を呼びながらも、じりじりと前へ進んだ。
グルルルル――。
静まり返った洞窟に不気味な唸り声が響いて、俺はハッとして背後を振り返る。
そこには数匹の魔狼が、真っ赤な舌を垂らし、ハッハッと小刻みに息をしながら立っていた。
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