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逆流者の旗  作者: 秋月 爽良


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第26話 リオ……なのか!? それとも3文字?

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

 ギルドの掲示板前は今日も活気にあふれ、昼飯前とは思えないほどの賑わいを見せていた。

 依頼を終えて戻ってきた冒険者と、これから旅立つ者たちが入り混じって、心地よい熱気に包まれている。


 こんなに人が多かったっけ……騒がしすぎて耳が痛くなるな。


 どこを見ても肩が触れ合いそうな距離で、息苦しい。

 俺は思わず眉をひそめてエイドのそばに寄り、通り抜けられそうな隙間を探した。


 静かなギルドが恋しいな……いや、そんな日あったか? 


 冒険者たちの話し声は次第に大きくなって他の声をかき消し、さらに別の声がそれを上回るように響く。


 俺たちは耳を押さえながら、掲示板の前に陣取っているグループの隙間をなんとか抜け、やっと依頼書が見える位置にたどり着くと、大きく息を吐き出した。


「……コイツら、しゃべってるだけなら他でやれよ」

「まあまあ、そんなにイライラすんなエイド。みんな情報交換してるだけだろ?」


「お前は人が良すぎるんだよ」


 苦笑するエイドに笑い返しながら、俺は目を細めて依頼書にびっしりと書かれた小さな文字に、くまなく目を通す。


 相変わらず綺麗に貼ってあるんだよなぁ……。


 掲示された依頼書は隙間なくきっちりと並んでいて、その整然さが貼った人の性格を物語っているようだった。


 横や上から伸びてくる他の冒険者の手が、俺の頭をかすめながら依頼書を奪い取っていく。

 だけど、そんなことにももう慣れてしまった。


 こういうのも平気になるとか、俺もだいぶ図太くなったもんだな……。


「エイド……やっぱり今日はやめといた方がいいんじゃないか?」 


 掲示板に並ぶ依頼票を1枚ずつ眺めながら、俺は隣に立つエイドに小声で言った。

 

 ちょっと不安なんだよな――。

 

 エイドはちらりとこっちを見て、分かっているはずなのに知らん顔をする。


「何でだよ?」

「だって、メイがいないだろ? 何かあった時に回復できる人がいないと、厳しいんじゃないか?」


「大丈夫だって。ユウマがいればそれで十分だろ」

「何かあったとしても、今の俺じゃ、お前を守りきれないんだよ」


 コイツ、自分に自信がありすぎなんだよ……まぁ、確かにエイドはS級冒険者だけどさ。

 俺の戦闘力なんて、せいぜい1か2だと思うぞ。


 いくら鍛えても限界はあるし、向き不向きもある。

 パワーだけで突っ走る冒険者は自分には向いてないって、だいぶ前から分かっていた。


 小さく呟いた俺の言葉に、エイドは少し困ったように笑うと、手近な依頼票を勢いよくはぎ取った。

 

 無理矢理彼が取ったから、紙の端がちぎれてしまって、そこはちょっと気になる。


「軽めの採取依頼くらいなら平気だろ? 魔獣の巣に突っ込むわけじゃねぇんだし」

「いや、それでもさ。エイドはどうせ無茶するんだろ……分かってんだぞ?」


 苦笑まじりの俺の呆れ声に、エイドは小さく鼻をすすると肩をすくめた。


 ああ、これダメだ……何言っても聞く気がない。


 その様子を見て思わずため息がこぼれたのは、別に彼に嫌気が差したわけじゃない。

 メイやエイドのそばを離れないのは、ここが俺にとって居心地のいい場所だからだ。


 だけど、メイが不在――もしもの時に回復役がいないのはやっぱり不安すぎる。

 隣のエイドは少し口ごもったあと、そっぽを向いてぽつりと呟いた。


「それに俺、最近ずっとパンばっかり焼いてたからよ。身体動かしたくて、ウズウズしてるんだよな」


「パン!? お前、パン焼くの!?」


 驚いて見つめる俺に、少しだけ顔を赤くしたエイドは、()ねたように口をへの字に曲げた。


「悪ぃかよ……好きなんだよ、パン焼くの」

「いや!? いや、すごいな……! お前、どこでも生きていけるじゃないか」


 腕組みをしてウンウンと感心する俺の反応は、彼の予想外だったのかもしれない。

 エイドは大きく目を見開くと、盛大に吹き出した。


「前から思ってたけど、ユウマはやっぱり面白いやつだよな?」

「……え? あ、うん……そうなのか?」

 

「ああ。俺が趣味でパン作りするって言ったら、よくバカにされるんだよなぁ……」


「バカにされるって……パン屋にも男性はいるし、それにパンを焼くのが趣味かもしれないだろ? 仕事ならいいとか、意味が分からないけどな」


 エイドは口を妙な角度に歪め、ニヤけ顔を隠そうと唇をきゅっと噛みしめていた。


「おや? 照れ隠しですかな、エイドさん」

「うるせぇな、放っとけよ」


 ふざけ合っていると、ひょろりとした体格の男が俺たちの方へ近づいてくる。


 腕抜きと細身のスーツ姿で、前髪の隙間からのぞく険しい眉間のシワが印象的だ。

 

 ──副部長、レブランさん。


「こんにちは、レブラ――」

「ユウマさん……ああ、ちょうどよかった」


 彼は手帳を片手に足早に近づいてくると、俺の言葉を遮るように言葉を重ねる。


 何かあったのかな……えらくせっかちだ。


「支部長ですが、戻って来るのが遅れてましてね……そうですね、予定よりさらに20日ほど先になりそうです」


「そうなんですか……」

「まあ、あの人のことですから、のんびりしてるんでしょう」


 レブランさんは小さく苦笑すると、手帳をめくった。


「……その様子だと、依頼を探しておられるんですね?」


 彼は相変わらず笑みを浮かべながらも、どこか値踏みするような目で俺とエイドを見る。

 丁寧な言葉づかいなのに、彼の言い方にはどこか(とげ)がある気がしていた。


「ちょうどいい依頼があるんですよ。おふたりに、ぴったりな内容だと思いまして」

「依頼ですか……内容は?」


 警戒しつつ問いかける俺に、レブランさんは笑うけど、それがどこか見下しているようにも感じられて、胸の奥がほんの少しざわついた。


「簡単な素材の採取ですよ。ただ、ひとつだけ条件がありまして、新人冒険者と同行してもらいたいんです。まあ、実質的にはお守りのようなものですけどね」


「新人冒険者か……まだパーティーも組んでねぇだろうしなぁ」


 エイドが腕組みしながら呟くと、レブランさんは「ええ」と頷いた。


「場所はこの街から近く、危険度も低めです。先日登録したばかりで、初めての現場で緊張してるようなんですよ」


 まるでこっちの都合など関係ないというように、レブランさんは依頼票を差し出してくる。


「ひとりで行かせるには少々不安がありましてね。おふたりなら安心でしょう?」


 すぐには返事ができなかった……俺ひとりでは判断できるほどの力がない。


 エイドに判断を委ねることがズルいことだって、罪悪感を抱きながらも、俺はじっと彼の言葉を待った。


「それなら行ってみるか……誰かの役に立てるなら、それが一番だしな。ここじゃ、みんなそうやって慣れていくもんだ」


 エイドは予想通り、迷わず受け入れた。


「……わかった、俺も乗るよ」 


 他の冒険者たちのざわめきを背に受けながら、俺は小さく息を吐くと、レブランさんの方に向き直る。 


「じゃあ……この依頼、俺たちで受けます」

「そうですか。では、同行する新人をお呼びします」


 レブランさんは嬉しそうに微笑んで、奥のカウンターに向けて軽く手招きをする。

 しばらくして、見るからに新人って感じの少年が小走りにやってきた。


 茶色の髪は無造作に跳ねていて、装備はどれも借り物みたいにサイズが合ってない。

 緊張しているのか、歩き方もぎこちなかった。


「――オさん。こちらが今回の依頼で君を引率してくれる、先輩冒険者の方々ですよ」

「うおっ! お前、あの魔獣を――」


 俺は、隣の冒険者たちがあげた歓声で、肝心の彼の名前を聞きそびれてしまう。

 少年は俺たちの方に向かうと、息を大きく吸って元気よく挨拶した。


「よ、よろしくお願いします!」

「……こちらこそ、よろしく」


 エイドがにこやかに答えたのに対し、俺は少し遅れて返事を返す。


 年は俺たちよりも、ずいぶん下に見える。

 顔立ちはまだあどけなくて素直そうだ……俺が偉そうに言うのも変だけど、身体の線は細くて頼りない。

 

 こんな子を連れて依頼をこなすなんて、大丈夫なのかと少し不安になる。

 

 それに名前……さっき聞き逃してしまったけど、彼の名前は何なんだ?

 最後が「オ」だったのは聞こえた。けど、2文字なのか3文字なのか、それすら分からない。


 俺がチラリとレブランさんを見やると、彼はいつの間にかカウンター横の扉の方へ歩き出していた。


「依頼の詳細はこちらで説明します。書類の手続きもありますので、どうぞ中へ」

「あ、ええ……分かりました」


 ──ギルドの依頼の中でも、どうにも気が乗らないものだった。


 名前は……あとでいいか。

 

 エイドが先に歩き出し、手で先に行くように促すと、新人君は跳ねるようにその後ろをついていく。

 

 俺も少し遅れてその後を追った。


 ◆


 書類の確認と注意事項の説明を受けた俺たちは、簡単な準備をしてギルドを出発する。


 目的地は、街の西にある低い丘陵地帯。

 そこには薬草や鉱石が多く採れる小さな洞窟があって、冒険者たちにはよく知られている採取ポイントだった。


「おふたりとも、今日は本当にありがとうございます!」


 新人君が何度もお礼を言いながら、俺とエイドの後をついてくる。


「もういいって言ってんだろ? ちょっとした遠出だし、ユウマがいれば安心だしな?」


「エイド、お前なあ……それより新人君の名前を聞きそびれたんだけど、改めて教えてもらえないか?」


「ああ、はい。俺の名前はリ――」


 ガアーガアーガアー。


「え? 何て言ったんだ?」

「俺の名前は! ――オですよぉ!」


 ビュウゥゥー。


 リ……オ? 

 いや、3文字だった可能性もある……もう分からん。


 鳥の鳴き声と冷たい風の音に邪魔されて、俺は結局彼の名前を確かめることを諦めた。

 これだけ邪魔されるんだ、何回やってもどうせ同じだろ……って言うかコントかよ。


 俺はため息をつきながらも、少しだけ口元が緩む。


 天気はいいし、さっきの突風を除けば風も穏やかだ。

 これくらいの依頼なら、きっと何事もなく終わる──はずだよな?

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます

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