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逆流者の旗  作者: 秋月 爽良


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第25話 整いすぎた仕組み

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

 ギルドのカウンター前には受付嬢たちがずらりと並び、冒険者や依頼に訪れた人たちの対応で忙しそうにしていた。


 俺はセリナ村から着の身着のまま直接ここへ来たせいか、今になって少しだけ場違いに感じて、ちらりと周囲を見回す。


 村を出る前に洗濯は済ませてあるけど、砂埃(すなぼこり)でだいぶ汚れちゃったな……。

 せめて扉の前で、ぱぱっとはたいてくればよかった。


「ギルド長……ですか?」


 この建物で一番偉い人に話があるなんて言ったものだから、受付嬢は思わずポカンとした表情を浮かべている。


 彼女は一瞬考えるような素振りをすると、身体をひねって、後ろを振り返る。

 小さくあっと声をあげると、申し訳なさそうに俺の方へ顔を寄せた。


「あの……申し訳ありません。支部長は現在外出しておりまして、こちらへ戻るのは10日後になります」


「え!? 10日後ですか……うーん、困ったな」


 ここでは支部長さんって呼んでるのか……俺はまだ、顔を合わせたこともないしな。

 

 そんなことより、マズい……タイミングが悪すぎる。

 不在だなんて、そこまで考えてなかった。


 困惑して黙り込んだ俺に、目の前の受付嬢は顔を覗き込むように首を傾げた。


「あっ……えっと、副部長ならいます! 今すぐでよければ、それでも大丈夫ですか?」

「ああ、そうですか……不在なら仕方ないですね。じゃあ――」


 取り次ぎを頼もうと身を乗り出した時、隣の空いていた受付に別の受付嬢が戻ってくる。


「どうしたの、ティナ。あ……ユウマさん、お久しぶりですね?」

「コーデリアさん! お久しぶりです」


 彼女は、サディロスからの依頼を受けようとしていた俺に、「気を付けて」と忠告してくれた女性だった。


「コーデリア先輩、こちらの方が支部長とお話がしたいと(おっしゃ)ってるんです……」

「そうなの? ……ユウマさん、どうかなさいました?」


 おどおどする可愛い後輩を見守る穏やかな眼差しは、ティナと呼ばれた後輩の一言で、すぐに真剣なものへと変わる。


「ええ……あの依頼の件で、できれば責任者の方とお話したいんですが」


 コーデリアさんは言いにくそうにためらうと、綺麗に整えられた眉を少しだけ寄せた。


「あの……それは、支部長が戻ってきてからではダメですか? 急ぎます?」


「はい、できるだけ早くお願いしたいんです。先ほど(おっしゃ)っていた、副部長さんでは無理ですか?」


「あのっ、私、副部長に報告してきますっ」

「ちょっと、ティナ!」


 気を利かせたのか、受付嬢のティナさんはコーデリアさんが止めるのも聞かず、後方で書類とにらめっこしている男性の元へと急ぐ。


 話を聞いた副部長は片眉を吊り上げ、怪訝な表情を見せると、辺りをキョロキョロと見回す。

 俺の姿を見つけると、睨み付けるような視線をわずかに向けられたような気がした。


 ひょろっとした線の細い男性だな……いかにも事務仕事に追われていそうな雰囲気で、腕抜きもしてる。


 短く切りそろえられた前髪から、チラチラと見える眉間に深く刻まれたシワは、彼の長年の苦労を物語っているようだった。


 副部長は椅子から立ち上がるなり、フラリと軽くよろめいて机の端に脚をぶつけた。

 

 ほんの一瞬だけ顔をしかめると、何事もなかったかのようにカウンターへ近づき、さっきとは打って変わって、にっこりと笑ってみせる。


「……いらっしゃいませ。どういったご用件でしょうか?」

「依頼の件について、至急ご相談したいことがあるんです」


 ここでは大きな声で言えない――。


「……具体的には?」

「えっ?」


 なんだこの人……ずいぶんと不躾(ぶしつけ)だな。


 はっきりしない返事をした俺に、副部長は詰め寄るように問いかけてくる。

 同僚の受付嬢たちでさえ、驚いた顔をしていた。


「……まあいいでしょう。どうぞこちらへ。君たちはお客様の対応に戻りなさい、そろそろ混み始める時間だ」


 副部長はカウンター横に設置されている扉を開けると、けだるそうに身を引いて、俺が入るのを待っていた。


 この人に相談して大丈夫なのか……?


 一瞬そんな考えが頭をよぎったけど、今はとにかく時間がない……急がないと。

 振り返るとコーデリアさんが心配そうに両手を胸の前で組んで、俺の方をじっと見つめていた。


「詳しいお話はこちらの部屋でお伺いします。大丈夫、個室になってますから」


 副部長に連れられてギルドの長い廊下を歩いていくと、以前使用したことがある部屋の近くの扉を、彼が開けた。


「ありがとうございます」


 勧められたソファへ腰掛けると、目の前にドサッと座った彼は、大きくため息を吐く。


「それで? 詳しいお話を聞かせていただけますか?」

「あ、はい。実はですね――」


 ◆


「ありがとうございました。では、よろしくお願いします」

「ええ、お任せください。国へはこちらから報告いたしますので……」


 そう言って握手をしながらふたりで立ち上がると、この部屋に入った時とは別人のように、副部長のレブランさんはにこやかに微笑む。


 天下のギルド経由なら、これで何とかなるだろう……良かった。


 扉を開けてくれたレブランさんに感謝しつつ、俺はギルドを後にする。

 外はすっかり真っ暗で、ギルドの中も人影がまばらになっていて、ずいぶん長く話し込んでいたことに気づかされた。


 ふうっと吐いた息がほんのり白く染まって、空へと溶けて消えていく。


「はあ……やっと教会に帰れる。ミレイユさんのレストランまだ開いてるかな? ちょっと寄ってみるか」


 ギルドの支部長さんが帰るのは、10日後って受付嬢のティナさんが言っていた。

 彼が戻ってきたら、改めて説明に訪れよう。


 これからの段取りを考えつつ、行きつけのレストランをコッソリ覗くと、たまたまこっちを振り向いたミレイユさんとしっかり目が合う。


「ユウマくん、久しぶりね! 死んだかと思ってたわぁ!」

「ちょっと待ってくださいよ、ミレイユさん。そんな不吉なこと言わないでくださいって」


「そうだぞ、ミレイユ! ワハハハ」


 ふたりで笑い合えば、この時間まで残っていた数少ないお客さんたちも、つい茶々を入れながら笑いの輪に加わった。


 お酒も出すこの店には、仕事帰りにちびちびやりたいオジさんたちが、まるで秘密基地に帰るように集まってくるんだよな。


 飯も美味いとなれば、人気が出るのも当然だな。


「ユウマくん、何にする? いつもの?」

「あ、じゃあそれをおねがいします……ここのご飯が恋しくなっちゃって、出先で困りましたよ」


「あら、上手ね? ウフフ……少しだけサービスしちゃおうかしら!」


 パチンと片目でウインクするのが、彼は本当に似合っている。

 仕草ひとつで店内を沸かせるサービス精神は、この店の評判にも影響してると思う。

 

 ウキウキと厨房の奥へ消えていく彼を見送った俺は、レストランの窓から見える星空をボンヤリ眺めながら、やっと帰って来た実感を噛み締めた。


 ミレイユさんの何気ない仕草も、この店に流れる穏やかな空気も、社畜だった頃の自分には信じられないくらい優しく感じられた。


 真面目な人間がちゃんと報われる世界なら、俺もここで生きていけるかもしれない。


 まだこれといった目標はないし、最初は慣れないことも多かったけど、助けてもらった教会やこの街に恩返しがしたい。


「あとはスキルの問題だけなんだよなぁ……」

「ユウマくん、おまたせ」


 ぼそりと呟いた俺の前に、ミレイユさんがそっと料理を置く。

 湯気を立てるその一皿は、じんわりと心地よい温もりを俺の心に染み込ませていった。


 翌日は、一日中教会の手伝いをして、その後はゆっくりと疲れた体を休めた。

 さらにその翌朝――。


 シスターにセリナ村のことを尋ねられたけど、勝手に話すのも気が引けたから、詳細はセルジオ神父だけに説明しておいた。


「行ってきます」

「気を付けてね、ユウマさん」


 こうやってシスターに見送られるのは本当に久しぶりで、何だかこそばゆい。

 少しだけ早足で教会の角を曲がった俺は、歩くスピードを落とすとゆっくりとギルド方面へと向かった。


「よう、ユウマ! 帰って来たのか?」

「……エイド! 久しぶり」


 懐かしい声に振り向くと、そこには嬉しそうな顔のエイドが立っていた。

 会えた喜びでテンションが上がった俺は、思わず駆け寄った。


「2日前に帰ってきたんだよ。あれ……メイは?」


 いつも一緒にいるふたりが別々だなんて、珍しいな。


「ああ、あいつは回復魔法士の資格更新に行ってる」

「更新……!? 国家資格ってそんなのあるんだな。結構大変そうだ」


 メイの持ってる資格には有効期限があって、更新もかなり厳しい審査があるそうだ。

 人の生死に関わるから、当然っちゃ当然かもしれないけどさ。


「……コッカ資格って何だ?」

「ああ、俺の住んでいたところでは、メイみたいな人が持っている資格をそう呼んでたんだよ」


 エイドに説明すると、そのフレーズが気に入ったのか、彼は何度も「コッカ資格」と口ずさむ。

 国家って単語を妙に丁寧に発音するもんだから、それが可笑しくてつい吹き出してしまった。


 しまったと思って、隣のエイドをちらりと盗み見たけど、彼は気を悪くした様子はなかった。

 俺が笑ったせいか、ますます口笛を吹くように同じフレーズを繰り返していた。


 ずいぶん気に入ってるな……まあ、いいんだけどさ。


 この世界と俺がいた場所は似ている部分も多いけど、言葉の違いについてはまだまだわからないことだらけだ。


「俺ももっと勉強しないとな……でもその前に、しっかり稼いで時間を作るのが先か」

「……なあ、ユウマ」


 名前を呼ばれて振り向くと、いつの間にか静かになっていたエイドが、のんきそうな表情で俺を見つめていた。


「メイはいねぇけどさ、たまにはふたりで依頼をこなしてみるのもいいと思わねぇか?」


 エイドは軽いノリでそう言って、俺の肩をぽんと叩く。

 

 相変わらず、緊張感ゼロのヤツだな……。


 でも、やってみてもいいかな、なんて俺はその時考えていた。

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます

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