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逆流者の旗  作者: 秋月 爽良


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第24話 それでも、背を向けられない

「この村が潰されるまで、あとどれくらいもつか分からないな……証拠も揃ったし、街に戻って国に報告しよう」


 俺はグレオルドさんから借りた一室で、焦りつつ報告用の資料をまとめていた。


 今回の件は、この村の人たちではどうにもできないほど悪質だ。

 ギルドを通じて国に伝えて、必ず正式な調査をしてもらう。


「社畜時代の名残で、書類整理だけは得意なんだよな……そもそも、国に訴えて無視されてること自体がまともじゃない」


 書類には、検問所予定地の不自然さ、盗賊被害の集中、坑道跡が隣国へ繋がっている可能性、上流で人工的に水がせき止められていることなどを記載してある。


 他にも書き出したらキリがないけど、村の生活環境が悪化している事実を、できるだけ詳しく書き込んでいく。


「ここにはずいぶん長く居座っちゃったな……でもそろそろ終わりにしなきゃな」


 俺は机の上に置かれたあの印章を手に取って、細やかに彫られた小麦の模様をそっと指先でなぞった。


 村人たちと一緒に作った野生動物用のオヤツは、あれから数人で()きに行った。

 言い出したのは俺なんだから、最初は当然参加させてもらった。


 あとは結果を待つだけだ。


「ユウマくん、大変! クマが出たって!」

「うわっ!」


 ノックも無しに突然部屋の扉が開けられて、村の女性が飛び込んで来る。

 油断して気を抜いていた俺は、椅子から転げ落ちた。


「ちょっと! アンタ、大丈夫かい!?」


「あはは……大丈夫です。でも予想していたより、ずいぶん早かったですね」


 支えられながら起き上がると、彼女はニコニコと満面の笑みを浮かべて、嬉しそうに笑う。


「そうなのよ。ウチの旦那が様子を見に行ったら、盗賊たちの会話が聞こえてきたって。怖くなって、すぐに逃げ帰ってきたんだけどね」


 彼女の夫が聞いてきた話によると、盗賊団の中でもちょっとした内輪揉めが発生中らしい。

 大した報酬ももらってないのに、クマがうろつくダム周辺を命懸けで見回るのは馬鹿馬鹿しいってことらしい。


 「まあ、監視は真面目にやってるってことにして、お頭には報告しとくか」っていう、やる気ゼロの方針にヤツらは向かっているそうだ。


「こっちとしては、願ったり叶ったりの状況になりましたね」

「ほんとだよ。腐った獣の死体でもあるんじゃないのかって、騒いでたってさ……このままいなくなって欲しいもんだね」


 奴らが来ないとなれば、もう少しダムの水量を調節して、水かさを減らしておきたい。

 俺が街へ帰っているあいだ、万が一放流されたとしても、なるべく村に被害が少なくなるように。


「今のところ、狙い通りに進んでるようですね。明日の朝、俺も確かめに行きます」

「ああ、気を付けるんだよ」


 彼女に挨拶をして部屋を足早に出ると、すぐにグレオルドさんの部屋へと向かった。

 軽く扉をノックすると、聞き慣れた低く落ち着いた声が聞こえてくる。


 グレオルドさんは、もちろん知ってるよな……?


 少しだけ嬉しそうな表情のマイロさんが扉を開けてくれて、中へ入るようにと促される。

 ソファに浅く腰掛けた俺は、すぐに話題を切り出した。


「……もうクマの話は聞きました?」

「ええ、先ほど」


 グレオルドさんは、書類棚の前で顔を上げると、静かに息をついた。


「エサを撒いた場所の近くだそうです。まだ断言はできませんけど……効果が出てきているのかもしれません」


「ふむ、我々も一度確認しておく必要がありますな」


「はい。それと、水量もあともう少し調節しておきたいです。それが済んだら、すぐに街へ戻ります」


 書類の束を胸に抱えたままの俺の顔を、グレオルドさんはしばらく見つめていた。


「あなたにはお世話になってばかりでしたな。これからこの村のことは、我々の手で守ります。ですからどうか、国にこの状況を伝えてください」


「はい……!」


「国に提出する書類も、それだけあれば一気に事が動くでしょう……あとは、あなたの無事を祈るばかりです」


 彼の言葉の端に滲んだ、ほんの少しの不安を意識した瞬間、俺の胸で早鐘が打ち始める。

 気にしないようにすればするほど、鼓動はどんどん強くなっていった。


「明日の朝、もう一度あの辺りを確認してから出発します。必ず……間に合わせますから」

「分かりました……お気を付けて、ユウマさん」


 ◆


 まだ東の空が、うっすらと明るくなり始めたばかりの頃。

 俺とマイロさん、それにアトーリオさんの3人は、坑道を通ってダムへと足早に向かっていた。

 

 毎回険しい山道を登るのは大変だし、少し距離は長くなるけど、坑道を抜ける方が人目につかず、安全にたどり着けるからだ。


 俺のお願い通り、ダム近くの扉には内側から掛けられる鍵が取り付けられ、外側からは壊しにくい位置に設置されていた。


 外から見える鍵はダミーになってるのか……やっぱり専門の職人さんに頼んで良かったな。


「今のところ盗賊たちは見当たらないですね……先にエサを撒いておきましょう」


 俺が感心しながら鍵に夢中になっている間に、周囲のチェックを終わらせたマイロさんが、顔を寄せて小さな声で囁く。


「あ……すみません。つい――」


「おい、クマのフンがあっちにも落ちてる。しかも……昨日よりデカい」

「ク、クマ!? またかよ……さすがに何度も出るなんて、おかしいだろ」


 監視に来た盗賊たちと思われる叫び声と、走り出す足音が静かなダムの辺りに響く。

 俺たちはすぐに坑道の中へ戻って、音を立てないようにそっと鍵をかけて息を潜めた。


「それだけじゃねぇって……今朝、食料袋に鼻突っ込まれたらしい。なぁ、お頭にこの仕事止めるように言おうぜ」


「チッ、呪われてんのかここは……! もういい、お頭には俺から適当に報告しておく。帰るぞ!」


 しばらくして、あれほど響いていた怒声も遠ざかっていくと、またあの静けさが辺りを包み込んだ。


「行ったようですね……声が大きくて助かる」

「ははは、本当ですね」


 ……今回は気付かれなくて良かった。


 無事にエサを撒き終え、扉の鍵も確認する。

 それから俺たちは、坑道内をまた慎重に歩き続け、村の近くの林の中へ出た。


「ユウマさん、今日、街に戻る予定でしたよね? 私も一緒に行きます、ひとりだとちょっと心細くて」


「それは俺も心強いです。ぜひお願いします」


 アトーリオさんは肩の力が抜けたのか、八の字になっていた眉間のシワを解くと、安心したように口元を緩めた。


 街へ行くまでの道で盗賊に襲われないっていう保証はないし、俺だって怖いのは一緒だ。

 名残惜しくて、トボトボと村までの道を歩いていると、ふいに隣を歩くマイロさんが俺の耳元に顔を寄せる。

 

「……ユウマさん、戻られたら全てを国に委ねて、サディロスにはもう関わらないようにしてください。関心がないように振る舞うんです……命がなければ、守れるものも守れなくなるんですよ」


 いいですね?と、マイロさんはそっと俺に耳打ちした。

 アトーリオさんにも聞こえたんじゃないかって、少し胸が脈打ったけど、彼には届いていなかったみたいだった。


 俺は、そのとき何も言い返せなかった……マイロさんの気遣いも、村人たちの期待に満ちた視線も両方知ってる。


 他の村人の前では決して口にしないけど、こんなにちっぽけな俺の身を気にかけてくれる彼は、グレオルドさんとはまた違った懐の深い人だと思う。


 危険なのは分かってる……それでも、そんなことを言われたら、ますます協力したくなってしまうじゃないか。


 俺は曖昧に笑ってごまかしつつも、この件には最後まで関わると、このとき心に決めた。


 ◆


「気を付けて……またいつか必ず会いましょう」

「ええ、必ず」


 村人たちに見守られながら、屈強な数名の男性に囲まれて、俺とアトーリオさんは歩き出す。

 彼らは自ら護衛役を引き受けてくれて、こうして街道を抜けるまでの間、付き添ってくれるそうだ。


「良かった……何も起こらなくて。あの山道は、何が潜んでるか分かりませんからね」


 街の屋根が遠くに霞んで見え始めた頃、隣のアトーリオさんは安堵の表情を浮かべた。

 俺も微笑みながら頷くと、セリナ村の男性たちとはここでお別れとなった。


「じゃあ、また来いよ!」


 威勢良く手を振る彼らに大きく手を振り返すと、俺たちふたりはベラティアの街へ向かってまた歩き始める。

 

 行きは馬車で楽だったけど、こうやって一歩ずつ自分の足で進んでいくのもいいな……って、浮かれてる場合じゃない。

 ギルドで、きっちり話を通さないと。


「ユウマさんはこのままギルドへ向かうんですよね?」

「ええ、早いほうがいいと思うんです。アトーリオさんも、ここまでありがとうございました。また落ち着いたら、話しましょう」


 ベラティアの街の門をくぐり、ギルド前で彼と挨拶を交わすと、俺は受付へ直行した。

 手に持った契約書の写しと依頼書を、受付嬢へ差し出しながら、ハッキリとその言葉を口にする。


「先日、打診されたこの依頼ですが、正式にお断りさせていただきます。その旨、依頼人にお伝えください。これは彼が置き忘れていった書類です」


「お帰りなさい……こちらの依頼ですね。承知いたしました」


 彼女が書類を受け取って、引き出しにしまったのを確認してから、さらに言葉を続けた。


「それと……この依頼の件で、至急ギルド長と話をさせてください。お願いします」

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます

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