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逆流者の旗  作者: 秋月 爽良


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第18話 地図が示すもの

「……あんた、ユウマって言ったよな。もう少し詳しく聞かせてくれないか?」


 しばらく俺の顔をじっと見つめていた村人が、小さく呟いた。

 その声には、まだ戸惑いが残っている。


「あ……すみません、ひとりで勝手にしゃべってしまって」

「いやいや、いいんじゃよ。落ち着いてゆっくり話してくれたほうが、ワシも助かるからの」


 俺が頭を下げると、穏やかな声でそう言ったのは、さっきから静かにこの場を見守っていた年配の男性だった。


「トワ爺、無理すんなって。あとは俺たちに任せとけばいいんだからよ」

「何を言うか、ワシはまだまだ現役じゃ。お前ら若造には負けんわい」


 ワハハハと笑い声が上がる。


「ただ最近、耳が遠くなってのう……」


 そう言ってその場の雰囲気を和らげてくれたトワ爺さんは、俺に目配せする。


「ありがとうございます……でも、皆さんにとっては辛い話になるかもしれません」

「ユウマさん、大丈夫です。ここにおる者は、覚悟して聞いておりますから」


 優しく微笑むグレオルドさんが、背中を押してくれる。

 俺は小さくうなずいて、村人たちの視線を真っ直ぐ受け止めた。


「皆さん、川の水がせき止められていることを知って、村に対する悪意を感じていると思います」

「だって、それしかねぇだろ……アイツはそれぐらい、あの土地が欲しいんだろうよ」


 彼らにとっては、これまで想像もできなかったことだろう……。

 でも、もう相手の準備は整っていて、いつこっちに牙を向けてくるか分からない。


 最悪の状況を想定してそれを回避する、今の俺にできることだ。


「上流で一気に水が流れたり、崩れた土砂が混じったりすると、人の背丈をはるかに超える岩や木を巻き込みながら流れてくることもあるんです。俺の地元では、土石流(どせきりゅう)と呼んでいました」


「土石流……?」

「はい。その被害は甚大で、家や畑は押し潰され、そして人も亡くなることがあるんです」


 俺の言葉に、その場にいる村人たちは息を呑む。

 その目は見開かれていて、視線は俺の次の言葉を待っていた。


「なぁ、待ってくれよ……そもそも、村の連中に見つかって大騒ぎになったら、ヤツが責められるだろ?」


「今はまだ、彼がやったという証拠はない」

「ああ、そうか……腹立つな、あのクソ野郎」


 グレオルドさんの指摘に、声を上げた村人はすぐに言葉を詰まらせた。


「盗賊を雇って街道を行く行商人を襲わせ、溜めておいた川の水を見張らせている……そう考えれば、あの新しい足跡も説明がつくんじゃないでしょうか」


 ここまで一気に話してしまったけれど、もしかすると彼らの不安を煽ってしまったかもしれない……それでも、その先にある希望を見てほしい。


「いつ放流されるかは分かりません。でも、なんとかヤツらに気付かれないように水かさを減らしたい。たとえ流されたとしても、村への被害を最小限に抑えるためです」


 俺は彼らの顔を順に見渡し、深く頭を下げた。


「俺にできるのは、こうして考えることくらいです。だから、どうか皆さんのお力を貸してもらえませんか」


 しばらく誰も口を開かなかったけど、ずっと腕を組んで考え込んでいたトワ爺さんが、ふと顔を上げた。


「……昔は、あの辺りも鉱山じゃったんじゃよ。川の上流の、ちょうどいま水が溜まっておる辺りじゃな」


 そういえば、セリナ村は鉱石がたくさん採れたって言ってたな。


「わしが子供の頃には、もう古くて使われとらんかったが……あの川の上流にも、古い廃坑があるはずじゃ。まだ残っとるかどうかも分からんが」


 廃坑――!?


 思わず立ち上がりかけた俺を、落ち着けとでも言うように、グレオルドさんが手で制した。

 

「もしもですけど、その廃坑が今も残っていて、水を逃がせるだけの余地があるなら……あの水を、少しずつそっちに流せないでしょうか?」


 そう口にした瞬間、みんなの表情がそれぞれ変わった。

 期待に満ちた目、はなからそりゃ無理だろう、と考えていそうな顔つき。


 突拍子もないことを言ってるのは分かってるけど、時間がないんだ――本当に急を要する。

 どこかに一気に流すんじゃなくて、少しずつ減らしていく……見張りのヤツらに気付かれない形で。


 グレオルドさんを見ると、真剣な表情で俺を見つめていたけど、その瞳には普段の落ち着きからは想像できないような、無邪気さを帯びた一瞬のワクワク感が垣間見えた。


「誰か、地図を持ってきてくれ」


 マイロさんがすぐに立ち上がって、足早に部屋を出て行く。


「お待たせしました。こちらです」


 俺たちが見ていたあの地図を机の上に広げ、マイロさんが丁寧に説明を始めた。

 薄く消えかかってはいるけど、ダムが造られている場所の近くに、一本の坑道が通っている。

 

 それに、このマークは何だ……?


「……あの、トワさん。気になることがあるんですが」

「トワ爺で構わんよ。それで、何が気になるんじゃ?」


 俺は川の側に描かれている、やや楕円の形をした場所を指差した。


「これって何ですか? 川のそばにあるみたいですけど……」


 トワ爺さんは周りの村人をかき分けるようにして、首をひねりながら地図をのぞきこんだ。


「ここはたしか、ため池じゃったな……使わなくなって危険だからと、村の連中で柵で囲ったからのう」


「ため池ですか……ここって、川の水をせき止めている場所と同じじゃないですか?」


 俺は川まで一緒に行った村人たちの顔を、確認するように見回した。


「そういえばそうですな……では、このため池の跡を利用したということでしょう。よくもまあ、こんなことを」


 グレオルドさんは、呆れた表情を浮かべて眉間にシワを寄せる。


「かなりの広さでしたけど、あれだけの規模のものを作るなんて、一体どれだけの人数が関わったんでしょうか」


 村人たちは顔を見合わせて、不安そうな表情を浮かべていた。


 自分たちの知らない間に、知らない誰かが村の周囲を歩き回り、土地の形まで利用していた――ただ、欲望のためだけに。

 俺はあのサディロスってヤツの、笑顔の裏にある顔を想像して背筋が寒くなった。

 

「良かった……廃坑内の詳しい図面も残っているようですよ」


 マイロさんが広げた別の地図は、さっきの物よりさらに古い。

 ところどころ破れていて、よく目を凝らさないと線がはっきり見えないほどだった。


「こっちが上だろ!?」

「いや、こっちだろうがよ」


 古すぎて、向きひとつ決めるだけでも一苦労だった。

 集まった人たちで、ああだこうだと話し合っているうちに、グレオルドさんが声を張り上げる。


「……皆、静かに。ここでこれ以上話し合っていてもきりが無い。明日の朝、私とマイロを含めた数名で直接確認しに行く」


 そこでグレオルドさんは、俺の方へ視線を向けた。


「ユウマさんも、もちろん同行していただけますな?」

「あ、はい……大丈夫ですよ」


 グレオルドさんはうなずくと、俺の隣にいたトワ爺さんに視線を向ける。


「それと、他にこの廃坑のことを覚えている者はおるか?」


 トワ爺さんは考え込むと、思い出したようにポンと手を叩く。


「そうじゃ、あいつなら覚えておると思うが」

「もしかしてウタ爺のことかよ……大丈夫なのか、トワ爺」


 ウタ爺さんって人か……村の人は心配してるけど、少なくともローブ神よりは話が通じるはずだ。


「では、明日はウタも参加させる。誰か背負ってやってくれ」


 その後、話し合いで明日のメンバーが決定すると、村人たちが準備のために次々と執務室をあとにした。


「あの……もうひとつ、思い付いたことがあるんですけど」


 頃合いを見て、俺はグレオルドさんに声を掛けた。

 この展開にもう慣れたのか、彼は一瞬目を見開いた後、ニヤリと笑う。


 横で静かに控えつつやり取りを聞いていたマイロさんは、交互に俺たちの顔を見比べていた。

 何か言いたそうなのに口を開かない、その様子が妙におかしくて、俺の口元は思わず緩んでいた。

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます

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