第17話 溜められた悪意
俺たちの目の前にあったのは、川を横切るように積み上げられた大小の石と、切り出された丸太だった。
ざっと見ただけでも、相当な量だ……自然にできたものとは到底思えない。
息を呑む村人たちに不安が広がっているのは、顔を見れば分かる。
「……これって、村のどなたかが作られたんですよね?」
だから俺は、わざと何でもないような風を装って声を掛ける。
そうだって、誰かに言って欲しかった……。
でも誰も口を開かず、引きつった顔には恐怖と驚きが入り混じっているように見えた。
辿り着きたくない答えが、グルグルと頭の中で渦を巻いて、今にも口をついて出そうだった。
俺の側まで歩いてきたグレオルドさんは、ため息をひとつ漏らすと、静かに首を振る。
「……私は指示しておりません。それにこれは、誰かが意図して作り上げたものでしょうな。見てください、この木の組み方を」
交互に積まれた丸太の隙間には、石や土を詰めた袋がきっちりと押し込まれ、川の流れをほとんどせき止めている。
わずかに開けられた数カ所から水が流れ出していて、ここまで足を運ばなければ、水量が減った理由にはなかなか気付けないだろう。
完全にダムじゃないか……それに、昨日今日でそう簡単にできるもんじゃない。
落石でせき止められてるのなら、どんなに良かったか――いや、それも良くはないけど。
自分の目で見てしまった以上、ここまでのことを、全部偶然だったとは言えなくなった。
「どこのどいつだ、こんなことしやがったのは……!」
吐き捨てるように言った怒りを感じさせる村人の言葉は、頬を刺す冷たい風に流されて妙に大きく響いた。
ゆらゆらと水面を揺らすダムの底をそっと覗いてみると、光も通さないほど、どす黒く濁っている。
もしこのまま放置して、雨が降った日に決壊したら……。
テレビで見た土石流の映像が頭に鮮明に浮かんできて、ゾクリと背筋に冷たいものが走った。
他の人たちはどう思ってるんだろう?
そっと視線だけを向けると、みんな複雑そうな顔をしていた。
「ユウマさん、今、何をお考えですかな……?」
横を見上げると、声を掛けてきたグレオルドさんは真っ直ぐ前を向いたまま、瞬きひとつしない。
今の彼には誤魔化さず、誠実に答えるべきだと感じた。
「……確かなことは言えませんが、最悪の事態を考えています」
「やはりそうですか」
他の村人に聞かれないように、俺はさらに声を潜めて、口元を手で覆った。
「もし雨が降った時に、一気に流れたとしたら……」
「……下手をすれば、村ごと呑まれるでしょうな」
グレオルドさんは、俺が口にできなかった言葉を、焦りを含んだ悔しそうな表情を滲ませながら呟いた。
数日だけ村に滞在したけど、いつも落ち着いている彼がこんな表情を見せるのは初めてだった。
近くにいたマイロさんにも聞こえたみたいで、目を大きく見開いて、俺と彼を交互にじっと見つめていた。
そういう反応になるのは当たり前だろうな……そこまでするとは普通思わないだろ。
「グレオルドさん……あまり役に立たないかもしれませんが、協力させてもらえませんか? 俺がそうしたいんです」
お願いしますと頭を下げると、グレオルドさんは少し困ったような顔をして笑ってくれた。
「あなたにばかり頼ってしまって、申し訳ない」
「ユウマさんがいてくれるなら心強いですね、代理」
横で声を詰まらせたマイロさんの瞳は、少しだけ赤くて潤んでいるようにも見えた。
こんなこと誰がするって言うんだよ……俺は湧き上がってくる怒りで、拳をギュッと握り締める。
「……じゃあ、今からどうしましょうか? ここで村の方たちと話し合います?」
「一度、村へ戻った方が良さそうです……周囲の様子が少し気になりますから」
グレオルドさんが指さした地面には、複数の人間のものと思われる足跡がいくつも残されている。
マイロさんは素早く片膝をつくと、そっと指先で土を撫でるように、慎重にその感触を確かめていた。
「代理……最近のもののようです」
俺は怖くなって、すぐさま辺りを見回したけど、人影らしいものは見当たらなかった。
集まってきた村人たちも、不安そうな顔をしてるのが一目で分かる。
「皆、今すぐ村へ戻るぞ。ここでのことは他の者にはまだ言うな、いいな?」
誰ひとり言葉も交わさず、ただ足早に、黙々と山を下りた。
行きはあんなに大変だったから、帰り道も憂鬱だったはずなのに、そんなことはすっかり忘れていて、気づけば村が見えるところまで戻ってきていた。
村で作業をしてる人たちの顔がハッキリ見えるようになると、自然と肩の力が抜けて、今まで浅い呼吸しかしてなかったと気付いた。
でも、安心してる場合じゃない……急いで対策を練らないと、手遅れになるかもしれない。
「ユウマさん、こっちです」
「はい……!」
再び執務室に案内され、ソファに腰を下ろすと、温かいお茶を出してくれた。
しばらくすると、さっき山で一緒だった村人たちが顔をのぞかせ、俺は慌ててカップのお茶を飲み干す。
「代理、他の者はどうします?」
「ふむ……各班の代表者のみ集めてくれ」
村人が足早に扉を出て行くと、その場の誰もが沈黙する。
さっきのダムの衝撃が、まだ抜けきっていないんだろう。
やがて各班の代表者たちが顔を揃え、グレオルドさんは山で見たものを簡潔に説明した。
「代理……その話、本当なのか?」
ダムの存在を聞かされた村人の男性が、未だに信じられないという表情で、グレオルドさんに詰め寄る。
「ああ、そうだ」
グレオルドさんは短く答えると、村人をまっすぐ見据え、唇をきつく引き結ぶ。
「くそっ……なんてヤツだ」
「今すぐ問い詰めに行ってやろうぜ!」
「……待て」
今にも扉を開けて飛び出そうとする血気盛んな若い村人たちを、グレオルドさんの一言が止める。
「……まだ、彼の仕業だと決まったわけじゃない」
「だけど、代理。やったのはアイツ以外に考えられないだろ!?」
彼らが激しく意見を交わしている間、俺はこの問題をどうやって解決するか、そればっかりを考えていた。
村人じゃないとしたら、あの足跡は一体誰のものだ……見張りか?
だとしたらダムを壊したのがヤツらにバレれば、村に被害が出るかもしれない。
最悪一気に放流されるかも……気付かれないように、どうにか水かさを減らしたい。
あれ……でもあれだけの水を溜めてるのに、決壊させなかったんだよな。
それに何でわざわざ、俺に依頼してきたんだろ?
「あの……すみません。最近雨って降りました?」
「大雨というほどではありませんが、少しずつは。……何か引っかかることでもありましたかな?」
「雨の日があったのに、あの溜めた水を放流しませんでしたよね。それが気になるんです」
しまった……村の人たちにとっては、不快にさせる言葉だったはずだ。
俺の口から出た言葉は、きっと彼らの心を傷つけてしまった。
「すみません、俺。皆さんの気持ちも考えず……」
「ユウマさん、少し落ち着いて」
俺が何度も頭を下げる様子が異様だったのか、グレオルドさんが慌てて止めに入る。
「あなたの言うことにも一理ある。それはここにいる者たちも分かっておりますから」
「申し訳ありません……本当に」
必死に謝る俺を見て、彼らは戸惑いながらも、責めることはしなかった。
そのせいもあってか、村人たちは毒気を抜かれたように、少しずつ落ち着きを取り戻していく。
「ユウマさんの言う通り、あの溜めた川の水を流せば、この辺り一帯が流される可能性はある。生き残った者は生活できずに土地を売るしかなく、簡単に彼の手に入るだろう」
俺が何を言おうとしていたのか、グレオルドさんはあの言葉だけで理解していた。
「サディロスさんが、なぜあのまま放置しているのかは、俺には分かりません……国に訴えたところで、皆さんはもう期待していないんですよね?」
「たしかにな……これまでも何度も国に訴えてきたが、無視されてる」
若い村人が吐き捨てるように言うと、みんな悔しそうな顔をしてうなずいた。
「……だから、今は自分たちでできる限り水位を下げて、もし放流されたとしても村への被害を最小限に抑えたいんです」
口にする度、どんどん俺の思考は定まって、つい早口になっていく。
確証はないし、ただの深読みだ……対処法なんてまだ全然思い付いていない。
それでも、このまま放っておくのは絶対にダメだって、俺の勘が告げていた。
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