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逆流者の旗  作者: 秋月 爽良


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第15話 ピースが揃い始める時

 さっきより少し強めにノックの音がして、扉の向こうから俺たちを呼ぶ村人の声がする。


「代理……そろそろお時間ですよ」


 マイロさんは、普段は落ち着いてるみたいだけど、今は少しだけ急かすような気配が(にじ)んでいた。


 2回目のノックの音に、俺は思わず腰を浮かせる。

 グレオルドさんが急かされてるのを気にしてないのが、見ていてちょっとハラハラする。


 彼はやっと椅子から立ち上がると、落ち着かない様子の俺の顔を見て、合図をするように軽くうなずいた。


 呼びに来た村人と屋敷の外に出ると、空はいつの間にか夕暮れの色に染まりつつあった。

 昼間はあれほど日差しが強かったのに、今は肌を刺すような風が、俺たちの間を通り抜けていく。


「さ、寒い……昼はあんなに暑かったのに」


 思わず肩をすくめると、隣でグレオルドさんとマイロさんが苦笑いする。


「この辺りは山風が冷たくて、日が傾くと一気に気温が下がりますからな」

「そうですよ、ユウマさん。この時期はもう、朝晩は冷えるのが普通ですから」


「もっと厚着してくれば良かったです……はは」


 何か羽織る物でも貸してくださいよ、そんな冗談まじりのやりとりをしながら、俺たちは集会所へと足を向ける。

 

 村の家々の窓にはもう、ちらほらと灯りがともり始めていた。

 それは寒さを忘れさせるように柔らかなオレンジ色で、胸の奥をそっとあたためてくれる。


 ここにもちゃんと人の暮らしがあるんだな……。

 

 異世界だけど当たり前のことなのに、どこか不思議な感じがした。

 

 結局ラオスさんは戻って来なかったらしくて、グレオルドさんが後ろを歩くマイロさんに問いかけると、彼は黙って首を横に振った。


「……今朝、姿が見えなくなってから、まだ戻っておられないようです」

「あいつは一体どこに行っておるのだ……少し、甘やかしすぎたな」


 グレオルドさんには悪いけど、俺としてはラオスさんがいない方が都合がいい。


「あれ……思った以上に人が集まってますね」

「ええ、村のほとんどの者が参加しております。できる限り出席するように伝えましたからな」


 あれだけ声をかけて回ったんだから、そりゃこうなるよな……有り難いことだ。


 集会所の入り口には入りきれないのか、外まで村人たちが(あふ)れていた。

 近づくと俺に気付いた彼らは、顔を寄せ合ってヒソヒソと内緒話を始める。


「……あれが街から来た若者だって」

「なんか、ぼんやりしてそうだよな……アイツで大丈夫なのか?」


 みんな、そこそこ声が大きいから、内緒話がこっちまで丸聞こえだ……。

 

 子守なんかで手が離せない村人以外は、みんな集まってくれたらしい。

 思ってた以上に注目されてると分かって、肩に力が入った。


 会社でプレゼンすることはあったけど、こんなふうに大勢の視線を一度に浴びるのは初めてで、落ち着けと自分に言い聞かせながら扉の前に立った。


 目の前の重たそうな木の扉が、(きし)む音を立てながら開かれると、それまでざわめいていた集会所内がふっと静まって、村人たちの視線が一斉にこっちへ向けられる。


 彼らの圧に負けそうだ……。


「さあ、ユウマさん。こちらへどうぞ」

「は、はい!」


 集会所の中は、もちろん電気なんて通っていなくて薄暗い。

 ぼんやり辺りを照らすランプだけでは足元も心許(こころもと)なくて、一歩ごとに気を遣った。


 グレオルドさんの後を追って転ばないように足を進めると、すぐ後ろで扉が閉じられ、カチリと音が部屋の中に響く。


 しばらくすると目が慣れてきて、ほの暗いランプの灯りで、集まった村人たちの顔がはっきり確認できるようになった。

 

 期待と戸惑い……彼らの表情は、様々な感情が入り混じっているように見える。

 グレオルドさんが正面の台に立って片手を上げると、みんな姿勢を正して息を呑んだ。


「皆、今日は集まってくれて感謝する。そして、ここにいる彼が――」


 どうやらグレオルドさんが司会役を担ってくれるみたいで、張りつめていた肩の力がほんの少しだけ抜けた。

 

「ユウマと申します。今日はよろしくお願いします……」


 名前を名乗ったあと、俺は緊張をほぐすように大きく息を吐いた。


 ◆


 俺の予想以上に村人たちとの話し合いは盛り上がって、普段の生活や治安について、意見がひと通り出揃った頃だった。


「一番は、街道での盗賊の被害が増えたことで、村の生活に影響が出始めたということで間違いないですね?」


 俺はメモを取りつつ、自分でも確かめるように口にすると、村人のほとんどがうなずいた。


「もう限界ですよ……土地を売った金で生活するしかないじゃないですか。こんなこと続けていけるわけない!」


 村の若い男性が立ち上がって声を張り上げると、集会所内に一気にざわめきが広がる。


「行商人も来ねぇから物は届かねぇし、畑で作ったものだって、引き取ってくれる相手がいねぇ」


「それにイノシシもクマも、めったに見かけなくなっただろ……前はアイツらを獲ってたのに、今じゃそれもできなくなった」


 若者たちが次々と声を上げ始め、聞いている村人たちの目には、疲れと諦めが浮かんでいた。


「獣がおったときは、盗賊どもも好き勝手できんかったんじゃがの……」


 年配の村人がぼそりと呟くと、周りの人たちも顔を見合わせ、困惑した表情を見せる。


「……それって、獣がいなくなってから盗賊が現れ始めたってことですよね?」


 何気なく口にした疑問が、その場の空気を静寂に包み込む。


「獣がいなくなった原因って、きっとあると思うんです」

「……そうじゃな、そうかもしれんの」


 毎年のように見かけていたイノシシもクマも急に減って、盗賊がわざわざこの国境沿いの村へ向かう街道に出没する……そんな都合のいいことってあるのか。


「わしら年寄りはまだええよ。じゃが、若い者はもうこの村を出るしかないと言うておる。それを、誰が悪いと言えるんじゃろうな」


 セリナ村では、アトーリオさんみたいに、生活のために外で働く人が増えているらしい。

 でも畑を持つ村人は、そう簡単にはいかないだろう。


「……ちょっといいかい?」


 控えめな声にみんなの視線が集まると、年配の女性が手を胸の前でぎゅっと握りしめていた。


「はい、どうぞ」


 促すと、彼女はおずおずと立ち上がって、詰まりながらもゆっくりと話し始める。


「最近、井戸の水が前よりずっと浅くなっててね。底の石がはっきり見えるくらいなんだよ。川の水もいつもより細くて……それでなくても水かさが減ってただろ?」


「川の水もですか……どのくらい前からか、分かりますか?」


 問い掛けると、その質問をされると思っていなかったのか、彼女は思い出すように視線を斜め上に向ける。


 「……気が付いたのは、たしか結構前だったよ? でもこの時期は雨が少ないから、いつものことだと思っててね」


「そういや、そうだったねぇ……」


 彼女の近くに座っている女性たちも、口々に不安を漏らし始めた。


 そういえば畑も水が足りなくて、半分近く枯れてたよな……。


「……なるほど。ありがとうございます」


 盗賊に獣、水の問題――どれも偶然とは思えない、あまりにもタイミングが良すぎる。

 頭の中に浮かんだのは、あのでっぷりとした商人の姿だった。


 集会所の熱気はなかなか冷めず、話し声や不満は最後まであちこちで飛び交っていた。

 それでも夜がすっかり更けた頃、今日はこのあたりでと、お開きとなった。


「……ユウマさん、お疲れ様でしたな」

「ああ、こちらこそ」


 再び3人で連れ立って、今日泊まる予定の部屋へと案内してもらった。


「どうでしたかな、手応えは」


 グレオルドさんは話し合いの間、ほとんど口を挟まずに静かに見守っていてくれた。


「契約書の件もそうですが、もう少し上手く進められたら良かったです……そこは少し心残りですね。でも今は、先に村の人たちの不安を何とかしたいと思ってます」


 部外者が首を突っ込むことじゃないかもしれないけど、どうにも見過ごせない。

 それに、ずっと心に引っかかってたパズルのピースが、集まり始めた気がしていた。

 

 俺は手にしていた契約書をじっと見つめる。


「それと明日なんですが、川の上流まで行ってみませんか? どうにも気になってて」

「それは構いませんが……今日の集会で話題になった件ですな」


「ええ。それにあとひとつ、思い付いたことがあるんです」


 不思議そうにこっちを見つめるふたりに、俺はきっと悪そうな笑みを浮かべていたに違いない。

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます

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