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逆流者の旗  作者: 秋月 爽良


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第14話 ゴールドライン商会

「集会ですが……久しく開いておりませんでな」


 隣を歩くグレオルドさんは、少しばつが悪そうに頬を指でかく。


「そうなんですか? 村の皆さんの意見を聞けたらと思ってお願いしたんですが……大丈夫でしょうか」


「声は掛けましたが、皆が集まるかどうかは……。申し訳ない」


 それなら仕方ないな……じゃあ、自分で声を掛けてみるか。


 そう思って、セリナ村の住宅地の一角を、すれ違う村人たちと挨拶を交わしながらゆっくり歩いた。


 最初は警戒されてなかなか返事をもらえないから、ちょっと気まずい。

 それでも根気よく話しかけると、少しずつ彼らの表情が和らいでいくのが分かった。


 子どもをあやす若い母親や、干し野菜を紐で編んでいるおばあさん。

 そのひとりひとりに声をかけ、生活の様子や土地について話を聞いて回る。

 

「……こうして外から来た人と話すのは、本当に久しぶりだよ」


 年配の男性がふとつぶやいた。

 その言葉をきっかけに、足を止めた村人たちがいつの間にか集まって、周囲に人だかりができていた。

 

 少しだけ緊張したけど、俺は思い切って声を上げてみる。


「でしたら今夜、村の集会所で一度話し合いの場を持ちませんか? 今ここで聞いたことも、今回の土地開発についても皆さんの意見を伺いたいんです」


 場がしんと静まり返って諦めかけた俺の前で、小さなうなずきがぽつぽつと増え、やがていくつもの肯定の声が広がっていった。


「良かった……じゃあ、今晩また集会所で」


 手を振ってその場を離れようとする俺の背中に、村人たちの声が投げかけられる。


「アンタ……国も見捨てたこの村を、気にかけてくれるのか?」

「え……?」


 国が見捨てた……?


「まぁ、サディロスと一緒に来たヤツが、そんな善人だとは思わんかったがなぁ」


 クスクスと他の村人から笑いが漏れる中、グレオルドさんは満足そうに笑う。


「皆、納得したか? それなら今夜、村の集会所に集まってくれ」


 彼らと話せば、まだ気づいてない情報を聞けるかもしれない。

 そう思いながら、俺はグレオルドさんに案内されて村の中を見て回った。


 倉庫には出荷されずに溜まった腐りかけの作物と、古くて傷みが激しい道具が置いてある。

 補修する余裕がないのか、窓に布を張っている家も目立った。


 そういえば彫金師の作業場で、材料が届かないって嘆いていたな……これも全部、盗賊の影響か。


 そんなことを考えていると、隣を歩いていたグレオルドさんが、ぽつりと口を開いた。


「……ラオスはあれから顔を見せておりません、集会への参加は無理でしょう。心配する気持ちはあるが、村のことを放って姿を消すようでは……」


 隣を歩く彼の足取りは重く、ため息交じりの声には落胆の色が濃く混じっている。

 突き放すような口ぶりだけど、それでもやっぱり息子に参加して欲しかったんだろう。


「そのうち帰って来るでしょうから、我々だけで進めましょう……それと、先ほどもお願いしましたが、ユウマさんには協力していただきたいことがありまして」


「廃坑の前で話していた件ですね?」


「ええ。今、あなたが持っている契約書ですが、内容を改めて見てもらえないだろうか。我々だけでは見落としがあるかもしれない」


「構いませんよ、私で良ければお手伝いします」


 俺が即答すると、グレオルドさんはほっとした表情を浮かべた後、周囲をそっと見回して声をひそめた。


「この村は文字の読み書きが苦手な者も多く、書類を見せても理解できんのです。申し訳ないが、契約書の内容を、村の者にも分かるように説明してやって欲しい」


「なるほど、分かりました。それなら、村にとって何が問題なのか、私が気づいたことも交えてお話します」


 グレオルドさんはありがとうと言って、静かに目を伏せた。


 若い人の中には、雇用が生まれることに期待して契約を進めたい空気がある。

 だけど、あの契約書は確実にそれを保証するようなものじゃない。


 それにラオスさんがいない今のうちに、村人たちを集めて話をしておきたい。

 証拠があるわけじゃないけど、彼は何かしらの形でサディロスさんと繋がっている――そんな気がしてならなかった。

 

 ◆


 集まって話をしてくれていた村人たちもそれぞれ解散して、ずっと一緒にいたアトーリオさんは実家に戻ったようだった。


 俺はグレオルドさんに通された部屋で、契約書を鞄から取り出すと丁寧に目を通す。

 今朝はサディロスさんがいたから、書類の内容をゆっくり確認できなかったし。


 しかし、字が小さくないか……。


 前に気づいた(あら)──たとえば雇用の保証が曖昧な点や、管理費の負担も改めて見直してみる。

 

 それ以上に引っかかるのはあの場所だったけど、契約書を読み進めるたびに、ひりつくような不快感が広がった。

 

「やっぱり、村にとって不利な条件ばっかりだ。それに、妙に不自然な空白が目立つ……こんなのサインした後で、いくらでも書き加えられるじゃないか」


 よくこの条件で契約できると思ったな……あきれ果ててため息が出る。

 

 それに、グレオルドさんも言ったように、他にもっと適した場所はいくつもあった。

 この部屋の窓から見えるあの辺りも、候補地のひとつらしいけど、隣国との境界線に近く日当たりも良い。


 緩やかな起伏の平地で、街道を新たに敷いたとしても、交通の便も悪くないだろう。

 それでもサディロスさんは、あの森の中の土地に固執していた……廃坑のこともあるし。


 さっきあった出来事を思い出すたびに、背中がゾクッとして、つい肩をすくめてしまう。

 気を紛らわせようと、地図を指でなぞりながら必死に考えを巡らせた。


「あの古い廃坑を使ってるとしたら何のためだ? 鉱石はもう採れないって村の人が言ってたし、わざわざあの場所に来る理由は何だ……?」


「……ユウマさん、どうしました?」


 ブツブツ言ってる俺に、グレオルドさんが心配そうな顔で話しかけてくる。


「土地を買うにしても、あの場所って選ばないですよね……?」

「ええ、確かに……あなたの言う通りですな」


「何であの場所に固執するのか……坑道自体が重要とかですかね?」


 首をひねって考え込む俺をじっと見ていたグレオルドさんは、何かひらめいたのか、ふいに立ち上がった。


「……マイロ、地図を持ってきてくれ」

「承知しました」


 グレオルドさんが声を掛けたマイロという男性は、足早に部屋を出て行く。

 彼は村の代理補佐を務めていて、いつもグレオルドさんの側に控えていた。


「お待たせしました」

「うむ、ありがとう。そっちを押さえてくれるか?」


 手渡された物の中でも、かなり年季の入った古い地図を破らないように慎重に開くふたりは、俺の目の前のテーブルの上に広げる。


「これは、この辺りがまだ鉱石の町として知られていた頃の地図でしてな。坑道が細かく記されておるのです。何か貴方のお役に立てばいいが……」


 覗き込むと、彼の言う通り、細かい手書きの線がいくつも地図上に引いてあった。

 

「うわ……すごいですね、これ。こんな貴重な物をありがとうございます」 


 地図には、複雑に入り組んだ坑道が描かれている。

 俺はさっそく例の廃坑の入り口を見つけて、その坑道を指先でなぞった。


「これ、国境近くまで続いてるんですね。地図の上ではこのあたりで途切れてますけど……」


 この上に施設を造る予定なんだよな……わざわざ、ここに?

 

 俺は顔を上げると、目の前で地図を覗き込むふたりに問い掛ける。


「あの……サディロスさんがどんな商売をしているか、ご存じですか? 商会を営んでいるとしか聞いてなくて」


「たしか……交易業で、主な取引先は隣国だそうですよ」


 交易と、掛け替えられた廃坑の鍵に、国境近くまで伸びた坑道……。


 鉱石がもう採れないのに、この土地に固執する理由があるとしたら……目当ては土地そのものじゃなく、あの廃坑なのかもしれない。

 

 坑道自体に価値があると考えれば、施設を建てたがる理由も少しは筋が通る。


「廃坑自体を隠すための(ふた)として、施設を置くつもりだった、とか?」 


 いや、さすがに考えすぎか……。


 でも隣国と交易をしている商人が、国境近くまで伸びた坑道を欲しがる理由なんて、そう多くはない。


 表の道を通したくないものを運ぶためだとしたら――何のために?


 金か?


 頭からその思考を振り払おうとするけど、一度思い付いてしまったものは、簡単には消えてくれない。


 ……さすがに考えすぎだろ?


 頭では否定してるのに、胸のざわつきは消えてくれない。


「嘘だろ……危険な案件に巻き込まれたかもしれない」

「ユウマさん……?」


 不審な挙動を繰り返す俺を心配してか、グレオルドさんもマイロさんも困惑した表情を浮かべていた。


「……すみません。私の勘違いなら良いんですが、大事な話をしないといけないみたいです」


 キョトンとしているふたりを前に、俺は胸のざわつきの正体を、できるだけ順を追って話し始めた。


 ◆


「……」


 グレオルドさんは、俺の話を聞いてしばらく黙り込んでしまった。


 そりゃそうだよな……自分が住んでいる村で、密輸とか考えたくないだろうよ。


「ユウマさんの考えすぎだと言うわけではないが……今の話、にわかには信じられんのです」

「もちろんです。俺も、まだ確証があるわけじゃありませんから」


 場の空気を和らげたくて軽く冗談めかして言ったけど、目の前の彼は笑わなかった。

 真剣なまなざしで、まっすぐ俺を見つめてくる。


「……しかし、どこかであなたの言葉を受け入れている自分もおるのです」

「ありがとうございます、グレオルドさん……」


 ふたりともその後は無言で、しばらく考え込んでしまった。

 もし本当にそうなら、ただ怪しいで済む話じゃない。


 この世界では、どれくらい重い罪になるんだろう。

 メイたちにある程度の知識は教えてもらったけど、法律関係までは聞いていなかった。


「……密輸って、もし見つかったらどうなるんですかね?」

「ああ……極刑でしょうな」


 うわぁ……やっぱりか。

 

 俺のいた場所と比べると、命の扱いが違うって言えばいいのかな……兵士や冒険者が剣を持っているのも当たり前だし。


「そういえば、盗賊が現れるようになったのは、半年ほど前です。サディロスさんがあの土地を買いたいと言ってきたのも、同じくその頃でしたな……」


 グレオルドさんが、ポツリと呟く。

 

 ……出来すぎてる。

 

 偶然で片づけるには、さすがに筋が通りすぎていた。


「村長代理。そろそろ集会のお時間ですが、よろしいですか――?」


 扉を叩く音と、俺たちを呼ぶ村人の声が響く。

 この部屋があまりにも静かだったせいで、その音がやけに澄んで、耳に刺さるほどだった。

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます

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