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逆流者の旗  作者: 秋月 爽良


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第10話 セリナ村へと続く道

 レストランの席に着いてすぐ、アトーリオさんが静かに言った。


「とりあえず、何か注文します?」


 店内はお昼時で、そこそこ賑わっている。

 俺のお気に入りの場所で、静かに話せる隅の席をいつものように選んだ。


 今日の目的は、アトーリオさんに相談すること。

 料理が運ばれて一息ついたところで、俺は静かに切り出した。


「アトーリオさんはセリナ村の出身ですよね? ギルドの規定で詳しくは言えないんですが、今あなたの村に関する依頼が出ているんです」


「……もしかして、ゴールドライン商会の土地開発のことですか? 私も家族からの手紙で知りましたが、村では意見が真っ二つらしいですよ」


 やっぱり知っていたな……。


「それで、アトーリオさんはどう思っているんですか?」


「こっちにいる私が言うのもなんですが、今の村の状況はかなり厳しいようです。街道での盗賊被害も多くて、行商人の出入りが減ってましてね……施設ができれば人が集まって、生活が潤うとは思うんですが」


「盗賊ですか……それは困りますね。普段はどうやって生計を立てているんです?」

「主に小麦などの穀物を育てたり、近くの鉱山のおかげで鍛冶や彫金師として何とか生計を立てています」


 そういえば盗賊の被害があるなんて、サディロスさんは一言も言ってなかったな……。


 流通が滞れば必要な物も手に入らないし、収入も激減するだろう。

 それに俺がこの街に初めて来た時も、盗賊の被害について、門番の人たちが話していた。


 親切にしてくれた彼の顔を思い出す。

 リントさんを結果的に騙すことになってしまって、申し訳なかったな……。


「土地だけはありますからね」とアトーリオさんは言いながら、追加でお茶を注文していた。


 今日は真剣な話をしているせいか、店長のミレイユさんは必要以上に接触してこない。


「ユウマさんは、商会の依頼を受けられるんですか?」

「それがまだ悩んでいるんです。やっぱり村の皆さんは、土地を売るのに抵抗があるんでしょうね」


 アトーリオさんは、まるで苦い話を少しでも和らげようとしているみたいに、テーブルに置かれたカップに何個も角砂糖を入れていく。


 かなりの甘党みたいだな……。

 

 彼は一口飲んで満足そうな表情を浮かべると、俺の方を見て苦笑した。


「私、甘い物が大好きなんです。それと村の連中ですが、特に年寄りは土地を売るという考え自体に、強い嫌悪感を抱いているようですね」


 まぁ、そうだろうな……年を重ねるほど守るものが増えていく。

 保守的な考え方になるのも無理はない。


「干渉を嫌うと言いますか……昔ながらの考え方を大事にすることが誇りなんですよ。たとえ貧しくても、あの村を離れられない。私も、空の色や土の匂いを今でも思い出します」


 依頼を受ければ、達成できる可能性は高いだろうけど、村の誰かが傷つくかもしれない。

 

 俺は、これ以上踏み込むべきじゃないのかも……やっぱりこの依頼、断るべきなのか。


「ただ、背に腹は代えられませんからね、ユウマさん。誇りで飯は食えませんよ」

「ははは、それは確かに」


「私で良ければ力になりますから、遠慮なく言ってください。村の人間ではありますが、今は外に出ている身です。ユウマさんが迷っている理由も知りたいんです」


 真剣な眼差しを向けられて、俺もスキルのことは伏せたまま、自分が迷っている理由をできるだけ正直に話した。


「……なるほど、私の故郷をそんなにも大切に思っていただいて、感謝します。そこで提案なんですけど、商会の方も一緒に、一度セリナ村に行ってみませんか?」


 彼の言う通り、まず現地を見てから次の行動を決めるのも悪くないかもしれない。


 その後はサディロスさんとも早めに連絡がついて、話は思ったよりもスムーズに進んだ。


 遠出の準備は、教会のシスターに手伝ってもらいながら進めた。

 この世界に来てから、こんなふうに遠出の支度をするのは初めてだった。


 もちろんスーツケースのような便利なものはないし、車も存在しない。

 ここでは馬や馬車を使って移動するのが普通らしい。


「ユウマさん、よく今まで無事でいられましたね……」

「あ、あはは……田舎育ちだったもので」


 田舎育ちってのは本当だし……まるきり嘘でもない。

 なんとか誤魔化したけど、こっちの常識は少し違っていて、シスターにちょっと呆れた顔をされた。

 

 出発前の夜は、いつもより少し早めに布団に入った。

 まるで小学生の遠足前みたいに、ほんのり浮き足立ってしまって、頭の中ではあれこれ考えが巡ってなかなか落ち着かない。


「いつか必要になるかもしれないから、乗馬も練習しておくといいかもな……それに馬車の御者台にも乗ってみたい」


 浮き足立っているのか、とりとめのない考えが次々(あふ)れてきて、どうしようもない。

 ただ、スマホもなく部屋の灯りも控えめだから、真っ暗になってしまえば考え事もそこで途切れて、意識はするりと落ちていった。


 翌朝、差し込んできた朝の日差しの眩しさに目を開けると、部屋の中がやわらかく明るんでいた。


「よし……行くか」


 手早く身支度を整えて、セルジオ神父たちがいる食堂へ向かう。


「おや、おはよう。今日は少し早いですね」

「おはようございます。昨夜早めに就寝したんですが、やっぱり緊張しているのかもしれません」


 俺が苦笑いしながら答えると、神父は軽くうなずいて柔らかく微笑んだ。


「何事も経験ですよ。今回のこともきっと君の(かて)になるはずだ。さあ、遠慮しないでしっかり食べて、行ってきなさい」


「はい、ありがとうございます」


 テーブルの上に並べられた教会の朝食は、相変わらず質素だった。

 それでも、ほんの少しだけ野菜の量が増えていたり、カチカチだったパンが手でちぎれるくらい柔らかくなっている。


 ギルドで依頼を受け始めてから、俺は報酬のほとんどを教会の募金箱に入れていた。

 

 とはいえ、セルジオ神父たちは少しばかりお金が手に入ったからといって、無駄遣いなんてしない。

 教会の修理や慈善事業にも資金は必要で、決して余裕があるわけじゃない。


 ……俺の募金が、少しでも役に立っているといいな。


「じゃあ、行ってきます」


 神父とシスターたちに見送られつつ、俺は待ち合わせ場所のギルドへ向かった。


「エイド達にも相談に乗ってほしかったけどな……」


 ふたりは別の依頼を受けていて、結局会えなかった。

 そう思いながら待ち合わせ場所へ目を向けると、サディロスさんとアトーリオさんがこっちに手を振っているのが見える。


「ん……なんだあいつら。チンピラみたいな奴らだな」


 ふたりの後ろには、体格のいい男たちが数人たむろしていた。

 嫌な予感が頭をよぎったけど、ここで引き返すわけにはいかなかった。


「おはようございます。えっと……この方々は?」

「お待ちしてましたよ、ユウマさん。彼らは、護衛のようなものですな」


「護衛ですか……?」

「ええ。最近盗賊の被害が多いと聞きますでしょう? ですから、念のために」


 サディロスさんは穏やかな笑みを浮かべたままだったけど、その後ろに立っている護衛たちは、俺をジロジロと品定めするような視線を向けてくる。

 

 言葉はなくても、その視線には無遠慮な粗さが滲んでいて、正直あまり良い気はしなかった。


 ……あれ、本当に護衛なのか?


 アトーリオさんの方を見ると、彼も難しい顔をしていた。

 唇をきゅっと結んだまま、こっちをじっと見つめている。


 そんな違和感を抱えたまま、俺たちは馬車に乗り込む。

 荷台には最低限の荷物が積まれていて、馬は静かに足踏みをしていた。


「……では、行きましょうか」


 サディロスさんが合図を送ると、御者が手綱を握る。

 馬車の車輪は、ゆっくりと街の石畳を転がり始めた。

 

 思った以上に揺れるんだな……やっぱりアニメみたいに快適ってわけにはいかないか。


 向かう先は、セリナ村。

 そこで俺は何を見て、何を選ぶことになるんだろう。

 

 窓の外に広がる景色が、徐々に穏やかになっていくのを眺めながら、ずっと考え込んでいた。


「ユウマさん、もうすぐ着きますよ」


 アトーリオさんの声で我に返ると、目の前には広大な小麦畑が広がっていた。

 馬車は、ボロボロの木でできた粗末な柵を通り過ぎ、村の中へと入っていく。


「これは……」


 隣のアトーリオさんの存在を意識して、俺はその先の言葉を飲み込んだ。

 想像以上に酷い状況だった……かなり困窮しているという話も、納得せざるを得ない。


「あ、村の人たちが出迎えてくれてますね。それに……あれはラオスか。珍しいな、アイツがいるなんて」


 道の先に見えてきたのは、村の中でもひときわ大きな屋敷だった。

 その前には数人の村人たちが立っていて、俺たちの馬車が近づくのを、仏頂面でじっと見つめている。


「……やっぱり、あまり歓迎はされていないようですね?」


 俺の言葉に答える者はおらず、馬車の中の張りつめた空気だけが、じわりと肌にまとわりついてくる。

 隣のサディロスさんにチラリと視線を向けると、その口元はなぜかニヤリと笑っていた。

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます

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