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逆流者の旗  作者: 秋月 爽良


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第11話 静かなる完封勝利

 屋敷の前で馬車が止まると、御者が静かに手綱を引いた。

 最後にギギと(きし)んだ音が鳴り、その響きがやけに大きく感じられるほど、あたりは静まり返っている。


 俺たちを出迎えた村人たちは、誰一人声を発することなく、ただ無表情に立ち尽くしていた。


「皆さん、お出迎えありがとうございます」


 先に馬車から降りたサディロスさんが、にこやかにそう言って前へ出る。

 だけど村人たちは軽く頭を下げただけで、誰も言葉を返さない。


 やっぱり、どこかおかしい……挨拶ひとつに、こんなにも壁を感じるなんて。


 歓迎されていないだけならまだしも、会話そのものを拒んでいるような、そんな無言の意志さえ滲んでいる気がした。


「……ユウマさん、こちらへ」


 アトーリオさんが俺に目配せして、手を差し伸べてくれる。

 俺は一呼吸置いて馬車を降りると、張りつめた空気の中へと足を踏み出した。


 目の前の屋敷の門がギイと重々しく開かれると、その向こうには年配の男性の姿があった。


「ようこそ、セリナ村へ。村長代理を務めております、グレオルドと申します。こちらは息子のラオスです」


 グレオルドさんが落ち着いた声で挨拶する横で、ラオスと紹介された青年は、俺たちをぐるりと見渡したあと、気まずそうに視線を伏せて軽く会釈した。


「ご足労、感謝します。どうぞ中へ」


 グレオルドさんの一言で村人たちは動き始め、静かに門の左右へと下がっていく。

 まるで舞台の幕が開くような、不思議な感覚だった。


 案内された建物は古いもののしっかりした造りで、思っていたほど粗末ではなかった。


 勧められるままソファに腰を下ろすと、お茶が注がれたカップが目の前に並ぶ。

 そのカップはずいぶん珍しい色をしていて、淡いブルーの中に透き通るような光をたたえていた。


「不思議な色でしょう? これは、近くの鉱山で採れる鉱石を使って作っておるのです」 


 俺が興味津々で手に取って眺めていると、グレオルドさんが親切に教えてくれた。


「ええ、初めて見ました。光の加減で色が変わるなんて、興味深いですね」

「ただ、加工には技術が必要でしてな。一人前になるには10年以上の修行が必要なのです」


 この村の主な産業は、この鉱石の加工品と小麦というところか。

 

「まぁまぁ、お話はその辺で。そろそろご決断いただけましたでしょうか?」


 俺たちの会話に、サディロスさんが割って入った。


「……村の中には、今回の件に反対している者も多くおります。全員が納得しない以上、私の独断で契約を結ぶことはできませんな」


 グレオルドさんの声は落ち着いていたけど、その拒絶ははっきりとしていた。


「親父、反対してるって言ったって、年寄りばかりだぞ?」

「……お前はそこで静かにしていろ」


 横から口を挟んだ息子を、グレオルドさんは厳しい口調で(たしな)める。

 ラオスさんはバツの悪そうな顔をして、黙り込んでしまった。


「売却さえしてしまえば、その金で村を立て直せるのですよ? 何も土地そのものが無くなるわけじゃない、所有者が変わるだけですからなぁ……それに、今は盗賊の被害でお困りでしょうに」


 そう言いながら、サディロスさんは鞄から数枚の書類を取り出した。


「このように、水道などの設備もこちらで整備させていただくと明記してあるでしょう? もちろん施設が完成した際には、こちらの村の皆さんに優先的に雇用の機会をお約束いたしますよ」


 確かに、街道に盗賊が現れているのなら流通は滞る。

 だけど、施設ができたからといって被害が減るわけでもないんじゃないか。


「あの……少し質問しても構いませんか? たとえ施設ができたとしても、セリナ村ではこれからも小麦や加工品の生産を続ける予定なんですか?」


「ええ、そうですが。ユウマさん……でしたかな。何か気になることでも?」


「いえ、それなら盗賊の問題を先に解決する必要があると思いまして。施設を建てるにしても、資材の運搬や建設で多くの人間が行き交うでしょうし……」


 そこで一度言葉を切ってから、俺は続ける。


「サディロスさんは、盗賊の対策をどうされるおつもりですか?」

 

 俺の問いかけに、隣に座っていたサディロスさんは笑みを浮かべたまま目を細める。

 その瞳の奥には、ほんの少しだけ面倒くさいといった影が揺れたように思えた。


 ……だが、それがどうしたって言うんだ。


 こっちは毎日、パワハラじみた上司の笑顔を相手に会議してたんだ。

 面倒くさい顔をしたくらいで、意見を引っ込めるほどヤワじゃない。


「……ええ、もちろん。我々の護衛も施設の完成後には常駐させる予定ですし、周囲の巡回も計画しておりますよ」


「完成後ですか。それじゃあ、建てるときはどうするんです?」


 俺はテーブルの上に置かれた契約書に手を伸ばした。


「まぁ、この話は後で詰めるとして……少し失礼して、拝見させていただきますね」


 さりげない仕草を装いながら、その書類を端から端まで目で追う。

 ずいぶんと小さな文字で書かれている……細かい字でびっしりと。

 

 そこまで法律に詳しいわけじゃないけど、サディロスさんがさっき口にした「雇用」「整備」「巡回」――そのどれも、契約書には明確に記されていなかった。


「すみません。ここの項目の『施設の維持費は村側が一部負担する』ですが、土地は商会が買い取るのに、なぜ村側が負担するんです?」


「いえ……そのあたりは、柔軟に対応させていただく予定でしてね」

「でも、柔軟に対応するって書かれてない以上、どうとでもとれますよね?」


 俺の言葉に、部屋の空気がわずかに張り詰める。

 ラオスさんは、何か言いたそうにこっちをじっと見つめていた。


「それに、この書類には雇用についての記載がほとんどありません。施設が完成したあと、村の人たちを優先して雇う保証もないですよね」


 無言のまま、サディロスさんは目を伏せる。

 目の前に座るグレオルドさんも、俺の読み上げる文面に眉を寄せた。


「あ、でも、それは……」

「ラオス……今は黙っていなさい」


 グレオルドさんは、言葉を漏らしかけた息子を再び(さと)した。


「……我々ももう一度、村の連中と話し合う必要があるようですな」


 静かに呟いてサディロスさんを見据えるグレオルドさんの瞳には、明らかに不穏な色が浮かんでいた。


「は、はは……どうやら今日は退散した方がよさそうですな。そろそろ帰りましょうか」


「なぜです? 到着したばかりですし、契約の話がまだですから」


 隣に座るサディロスさんが目を見開いて、顔が一瞬赤く染まった。


「……そうだ、現地を見学させてもらいませんか? お互いにとって、良い方法を探りましょう」

 

 契約書は怪しい出来だったし、このまま村を放っておくのも、なんだか後味が悪い。


「ちょっと、ユウマさん! 貴方……我々の側の人間でしょう!?」


 サディロスさんは呆れたように、大声を上げた。 


「……私は依頼を受けるとは、一言も言っていません。ただ現地の状況を確認して、協力できるかどうか判断したいんです」


 当然だろ、何言ってんだこの人……俺のいた世界じゃ、それが当たり前なんだよ。


「この契約書、もう少し中身を拝見させてもらうとして……先に現地を見学しましょうか?」


 書類に目を通しながら、これからの段取りを口にしたけど、誰からも返事がなく妙に静まり返っていた。


 あれ……どうしたんだ?


 ふと顔を上げて周りを見渡すと、部屋の人たちは呆然とした表情で俺を見つめていた。


「すみません、勝手に進めてしまって。何か不都合な点がありましたら、遠慮なく言ってくださいね」


「……実際に見て回りたいなんて言ったのは、アンタだけだよ」

「えっ?」


 俺が苦笑しながら声を掛けると、部屋の隅に立っていた村人のひとりが、ボソッと呟いた。


「そうだよなぁ……そこの連中も、実際には見てないもんな」

「んだな。いきなり村に来て、『あの土地を売ってくれ』って言ってきたもんな?」


「なんだと!? もう一回言ってみろ!」

「ひぃっ!」


 不満を漏らす村人たちに向かって言葉を遮るように、俺たちの背後で待機していたガラの悪い護衛のひとりが怒鳴り声を上げた。

 

「……おい、止めるんだ。下がってろ」

「へい。すいやせん」


 サディロスさんが低い声で制すると、彼らは舌打ちしながら村人を睨み付け、わざと足音を響かせながら後ろへ下がる。


 大人しくはなったけどコイツら、今までも村の人を脅してたりしてないよな?

 そうだとしたら、話は変わってくるぞ……。


「……サディロスさん、護衛の方たちには外で待機してもらいませんか? これでは村の皆さんが怯えてしまって、まともに話ができません」


「なっ!? なんですって?」


「グレオルドさん、まずは現地の確認と、村で使用されている施設を見せてもらえますか? 村の人たちにも話を聞きたいですし。彼らには彼らなりの考えがあると思うので――」


「……こ、こんなことをしていては時間の無駄だ!」


 突然、大声を上げて立ち上がったサディロスさんの顔は、真っ赤に染まっていた。


「私は帰らせてもらう!」


「もう帰るんですか? ……ずいぶん顔が赤いですけど、熱があるんじゃないですか? 最近、流行り病が出たってギルドで聞きましたし」


「な、なっ!?」


 流行病(はやりやまい)というワードに一瞬ビクッとした彼は、慌てて荷物をまとめ始めた。


 この世界は生活自体に不衛生な面が多く、メイのような回復魔法士がいても、本人が病気に気づかなかったり、急性の場合は死亡率が高いらしい。


 俺がいた世界とあんまり変わらないな――エイドたちと話していて、そう感じたのを覚えている。


「お前ら、帰るぞ! ユウマさんは、ご自分でお帰りになってくださいよ!」

「ああ、はい。分かりました。お気を付けて」


 顔をさらに真っ赤に染めたサディロスさんは目を見開くと、足音を響かせながら部屋を出て行った。


「お忙しい方ですね」


 思わずそう漏らすと、グレオルドさんが苦笑する。


「ええ、本当に……では、さっそくご案内いたしましょうか。ユウマさんの意見をお聞かせ願いたい」

 

 グレオルドさんは立ち上がると、部屋の奥へ続く扉をゆっくりと開けた。


「さあ、ユウマさん。こちらです」


 サディロスさんの望んだ形じゃなかったけど、結局スキルは役に立ってる。

 この時ばかりは、俺はローブ神にほんの少しだけ感謝できた。

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます

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