第72話 嘘
鳶が「ピーヒョロロ」と啼いていた。
「実はね。
蒼井くんのことだが。
彼女は昨夜、
笠原くんに襲われたようなのだ」
心臓がどくんと跳ねた。
「笠原くんは同意の上だと言っていたが、
彼女は否定している」
「そうですか・・」
声が微かに震えた。
「ふむ。
男女のことは当事者である2人にしか
わからないが。
それでも。
蒼井くんの様子を見れば、
どちらの証言が正しいかは
判断に難くない」
「そうですか・・」
私は同じ台詞を繰り返した。
「ふむ。
あまり驚いていないようだね?」
「そうですか・・?」
私は僅かに首を傾げた。
自分でも下手な演技だとわかっていた。
「ふむ。
君は蒼井くんの身に起こったことを
知っていたのではないかね?」
「・・何のことですか?」
そして私は小さく息を吸った。
「彼女には今、
江藤が付き添っている。
肉体的なダメージよりも、
精神的に相当参っているようだ。
それでも蒼井くんは、
警察へは連絡したくないらしい。
彼女にも後ろ暗いことがあるからね」
大烏はそう言うと、
ゴホンとやや芝居じみた咳をした。
「もっとも不思議だったのは。
なぜ笠原くんが蒼井くんを
襲ったのかということだよ。
君にも話した通り、
笠原くんは
未成年の女性にしか興味がない。
当然、
蒼井くんはその対象外だ」
ふたたび心臓がどくんと跳ねた。
「君は笠原くんの性癖について、
今朝私に聞く前から、
知っていたのではないかね?」
私は大烏から視線を外した。
「そして。
君は笠原くんに囁いた。
『蒼井くんが未成年』だという嘘を」
大烏の声がはるか遠くから聞こえてきた。
鳶が「ピーヒョロロ」と啼いていた。
「さらに。
君は嘘を重ねた。
『蒼井くんが笠原くんに
好意を寄せている』と。
君の嘘は笠原くんの欲望に火を点けた。
つまり。
君は仕向けたのだ。
笠原くんが蒼井くんを襲うようにね」
私はぼんやりと大烏の言葉を聞いていた。
「君も個人的な復讐で蒼井くんを罰した。
その点では鈴木さんと同じ。
ただ。
君と鈴木さんの行動には、
その本質において大きな違いがある。
君は自らの手を汚さずに
蒼井くんを罰した。
あたかも。
神が人々の運命を弄ぶかの如くね」
大烏の言葉が呪いのように
私の耳に纏わりついた。
私は思わず空を見上げた。
そして大きく息を吸った。
それからゆっくりと大烏へ視線を戻した。
「すべては・・。
大烏さんの想像ですよね」
「ふむ。
探偵という人種は
捻くれたものの見方をする人間でね。
私も時折、
そんな自分が嫌になるよ」
そう言って大烏は
「ふう」
と1つ溜息を吐いた。
ポツポツと雨が降っていた。




