第71話 蛇に睨まれた蛙
鳶が「ピーヒョロロ」と啼いていた。
「ふむ。
どうやら笠原くんも
年貢の納め時のようだね」
いつの間にか。
私の隣に大烏が立っていた。
「お、大烏さん!
は、早く!
き、救急車を!」
「ふむ。
鈴木さんの持っているのは柳刃包丁だ。
笠原くんの刺された位置、
そしてあの出血量からして。
肝臓をやられているのは明白だ。
これから救急車を呼んだとしても、
間に合わないだろう」
大烏が淡々と言い放った。
微かに口元を歪めたその横顔を見て、
私は思わず息を呑んだ。
「ま、まさか・・。
知ってたんですね・・?
・・こうなることを」
大烏はゆっくりとこちらを向くと、
不思議そうに首を傾げた。
「ふむ。
何を言っているのかね?
それは君も同じではないか。
何せ。
この光景は、
君が歌川さんの『ビジョン』で
ミたものなのだからね」
「ま、待って下さい!
あ、あの『ビジョン』はラグだと・・」
「ふむ。
それは君の考えだろう。
残念ながら。
『ビジョン』にはラグなど存在しない」
「えっ・・?」
大烏のあまりに予想外の言葉に、
私は思わず息を呑んだ。
「たしかに。
『ビジョン』には現実との差異、
つまりバグは存在している。
しかし。
ラグに関しては君の思い違いだ」
私は胸の奥が騒めくのを感じた。
「思い違い・・ですか」
「ふむ。
たしかに。
君が歌川さんにミた『ビジョン』は、
直前の笠原くんの『ビジョン』と、
あらゆる点で酷似していた。
太陽が降り注ぐ屋外という場所。
倒れている笠原くん。
そして。
小鳥遊くんの悲鳴。
これらの手掛かりから、
君は2人の『ビジョン』を
同じ場面だと考えた。
結果。
君は歌川さんの『ビジョン』を
ラグと結論付けた。
しかし。
実際には2人の『ビジョン』は
それぞれ別の未来をミせていたのだ」
「ま、まさか・・」
「君がそんな思い違いをしたのは、
歌川さんの『ビジョン』が、
バグによって
紛らわしく歪められていたからだ」
胸の鼓動が激しくなっていた。
思い当たることがあった。
しかし。
私はそれを口に出さず、
大烏の答えを待った。
「ふむ。
君も気付いたのではないかね?
そのバグとは今のこの天候だよ」
鳶が「ピーヒョロロ」と啼いていた。
「・・大烏さんの話はわかりました。
そのうえでお聞きします。
そこまでわかっていて。
どうして・・。
笠原さんを助けなかったんですか!」
「助ける?
私が笠原くんを?
なぜだね?」
大烏が心外とばかりに肩を竦めた。
「なぜって・・。
目の前で人が殺されるのが
わかっていて傍観したんですか!
それに。
鈴木さんは殺人犯になったんですよ!」
「君は肝心なことを忘れてないかね?
鈴木さんは元々笠原くんを殺すために、
ここに来たということを。
そして。
私は鈴木さんに依頼された
探偵だということを。
この結果は鈴木さんが望んだのだよ。
はっはっは」
大烏は何が可笑しいのか、
声を上げて笑った。
その無邪気な笑顔に、
私は怒りを通り越して恐怖さえ覚えた。
「・・たしかに。
鈴木さんにも
同情すべき事情はあります。
でも!
現代の法治国家において、
私的な復讐は認められていません!」
私は勇気を振り絞って大烏を睨み付けた。
大烏はそんな私の視線をものともせず、
「ふぅ」と息を吐き出すと、
曇天を見上げた。
「ふむ。
私的な復讐は認められていない・・か。
しかし。
今の君にその言葉を口にする資格は
あるのかね?」
「それは・・どういう意味ですか・・?」
私は息を殺し、
そっと一歩だけ下がった。
「そのままの意味だよ。
君と鈴木さんは同じ穴の狢。
それは君自身が
よくわかっているはずだ」
大烏は私の方を見て、
満面の笑みを浮かべた。
その笑顔は
まるで獲物を狙う蛇のようで、
私は全身に鳥肌が立った。




