第64話 ブレックファスト・ティー
最初に席を立ったのは鈴木だった。
「体調が優れないので、
お先に失礼します。
大烏さん。
この度はお招き、
ありがとうございました」
鈴木はそう言うと皆に会釈をして、
食堂を出ていった。
しばらくして。
次に笠原が立ち上がった。
「どうです、歌川さん?
帰る前にもう一勝負しませんか?」
そして球を撞く真似をした。
「いいねぇ。
昨夜の決着を
つけたいと思ってたんだよ」
歌川はそう答えてから、
小鳥遊と私の方へ視線を向けた。
「私は・・。
荷物をまとめたら、
部屋でゆっくりしてるから、
気にしないで・・」
小鳥遊が小声で呟いた。
「私のこともお構いなく、マスター」
「よーし。
じゃあ行こうか、笠原くん」
歌川が立ち上がり、
2人は連れ立って食堂を出ていった。
「結女ちゃん、
後で部屋に来ない?
話したいこともあるし」
小鳥遊はそう言って、
2人の後を追うように出ていった。
扉が閉まる音が小さく響いた。
「あーあ。
お腹が膨れたら眠くなったわ」
ヒカルは大きく欠伸をしてから、
横目で大烏を見た。
「アナタの部屋でシャワーを浴びても
いいかしら?」
「ふむ。
構わないさ」
ヒカルは気怠そうに立ち上がり、
1人で食堂を出ていった。
食堂の柱時計が
ボーンボーンと9時を告げた。
「何か私に
話したいことがあるのではないかね?」
ふいに大烏が口を開いた。
私が大烏の方を見ると、
大烏はじっとこちらを見ていた。
私はカップに残ったコーヒーを
ゆっくりと飲み干した。
私は探偵ではない。
勿論、警察でもない。
単なる女子高生。
ただ。
ほんの少しだけ、
茨の道を歩むことになっただけの。
それでも。
この未遂事件の答え合わせが
できるのなら・・。
その時。
厨房に繋がるドアが開いて、
本田が顔を出した。
本田は私達の姿を認めると
一瞬、驚きの表情を浮かべたが、
すぐにいつもの温和な表情に戻った。
「本田、
すまないが紅茶を淹れてくれるかね」
大烏が背後を振り返ることなく命じた。
「畏まりました」
しばらくして。
ふたたび本田が現れた。
本田はテーブルにカップを2つ置くと
ポットの飲み物を注いだ。
濃厚で甘く、
爽やかさの中にも
スモーキーで深みのある香りが
入り混じり、
何とも言えない芳香が
私の鼻腔をくすぐった。
「アッサム、セイロン、キーマンの茶葉を
ブレンドしたものです。
こちらのミルクと合わせても、
美味しく飲めると思います」
「ふむ。
ブレックファストか。
キーマンをチョイスする辺りが
本田らしいではないか」
そう言って大烏は満足そうに頷いた。
本田が手際よく食器を片付けている間、
大烏はカップにミルクを注いで、
その香りを楽しんでいた。
私も大烏に倣って、
カップにミルクを注いだ。
柔らかなミルクの香りが
ふんわりと加わった。
そっと口をつけると、
コクのある味わいが
口いっぱいに広がった。
これまで飲んできたミルクティーとは、
明らかに何かが違った。
「御用がありましたら。
私は厨房におりますので」
本田はそう言うと、
音も立てずに部屋を出ていった。
食堂にはふたたび、
私と大烏だけが残された。
「さて。
これでようやく落ち着いて話ができる」
大烏はカップを手にしたまま、
静かにこちらを見つめていた。
「私に話とは何かね?」
私はカップを置くと、
ゆっくりと深呼吸した。
そして静かに口を開いた。
「鈴木さんが所持していた毒
についてです」
食堂の柱時計が
コツコツコツと時を刻んでいた。
大烏は私の声が届いていないのか、
優雅に味わうように紅茶を飲んでいた。
私も改めてカップに口をつけた。
ふいに
大烏が私の方を見てにこりと微笑んだ。
「ふむ。
続けてくれ給え」
私はカップを置いて、
コホンと小さく咳をした。
「鈴木さんは私に言いました。
『毒の包みは、
2つしか用意されていませんでした』
と。
ここで注目すべき点は、
『2つ』という数字ではなくて、
『用意されてなかった』という言葉。
つまり。
毒を用意したのは、
鈴木さんではない別の誰か。
あなたですよね、大烏さん?」




