第56話 演技
私は鈴木の部屋を出ると、
自分の部屋には戻らずに、
そのまま階段を下りた。
確認することがあった。
大烏は、
毒は蒼井のグラスに仕込まれていた
と推理した。
だからこそ。
狙われたのは蒼井だと。
だが。
その推理は間違っている。
やはり。
夕食の席で命を狙われたのは、
私だったのだ。
そして。
その犯人は・・。
廊下を進んで
遊戯室の前に立った。
私は一度大きく息を吸った。
それからドアを開けた。
コーン。シュルルゥ。コトッ。
木琴に似た小気味よい音が
耳に飛び込んできた。
手前にあるビリヤード台で
笠原が豪快なショットを決めていた。
パチパチパチ。
台の傍にあるソファーで
歌川が感心した様子で拍手を送った。
部屋の奥のバーカウンターには
カクテルグラスを持った
蒼井の姿があった。
私はビリヤードに夢中な2人を横目に
バーカウンターへと向かった。
私が近づくと、
カウンターに座っていた蒼井が
満面の笑みを浮かべた。
私は軽く会釈を返して、
蒼井から1つ席を空けて腰掛けた。
「何か飲みますぅ?」
見ると蒼井の前には
空のコリンズグラスが2つあった。
その手に持たれたカクテルグラスには
マティーニが注がれていた。
「お酒は苦手だから・・」
私は適用に返事をした。
「嘘ぉ」
「えっ?」
私は驚いて蒼井の顔を見た。
「三ノ宮さんって本当は10代でしょー?
もしかしてぇ。
まだ高校生かなぁ?」
「ど、どうして・・」
私は一瞬、言葉を失った。
「きゃはは。
やっぱりぃビンゴぉ!
でもぉ。
大丈夫ぅ!
内緒にしとくからぁ、
飲もうよぉ」
鼻にかかった甘ったるい声と、
のんびりとした口調が、
私の神経を逆撫でした。
私は蒼井に気付かれないように
深呼吸をした。
「本当にアルコールは苦手で・・」
そして控えめに断った。
「はぁん。
それで食事の時もぉ、
ワインに口をつけなかったんだぁ?
勿体ないなぁ。
結構高いワインだったみたいだよぉ」
蒼井はきょとんとした顔で、
私を見つめていた。
コーン。シュルルゥ。コトッ。
木琴に似た小気味よい音が
部屋に響いた。
「・・そんな貴重なワインを、
どうしてあなたは
飲まなかったんですか?」
私は改めて敬語を使った。
「へっ?」
私の問いに蒼井が目を丸くした。
その瞳の奥に微かな動揺が見えた。
私はこの機会を逃すまいと
畳みかけた。
「あなたには飲めない理由があった。
それは。
自分のグラスに、
毒を入れていたからです。
本当は私のグラスと
入れ替えるつもりだった。
でも。
失敗した。
だから。
あなたは自分のグラスに
口をつけなかった。
そうですよね?」
私が話し終えると、
蒼井は半ば口を開いたまま首を傾げた。
その仕草に明らかな作為を感じた。
私は小さく溜息を吐いた。
「きゃはは」
一瞬の沈黙の後、
蒼井は口を開けて笑い出した。
「毒ぅ?
何の冗談っ?」
彼女は笑いを噛み殺すように唇を結ぶと、
一呼吸置いてから
マティーニのグラスにそっと口をつけた。
「あなたが鈴木さんの部屋から、
盗んだモノです」
「へっ?
毒殺犯の次は窃盗犯?
ひっどーい」
若干赤らんだ頬の蒼井が口を尖らせた。
しかし。
そこに本気の怒りは感じられなかった。
それはわざとらしい演技のように
私の目に映った。




