第52話 未遂事件?
部屋の柱時計が
コツコツコツと時を刻んでいた。
「ふむ。
と。
まあ今のは一般的な見解だがね」
大烏の声がぼんやりと耳に届いた。
「では仮に。
君の『ビジョン』が本物だとして。
毒が存在していたとしよう。
その場合1つの合理的な解釈ができる」
私は空のグラスから、
ゆっくりと大烏へ視線を移した。
「ここでもう一度、
現実の君の行動を確認しておこう。
夕食の席で、
君はグラスを手にすることを躊躇った。
それは事前に
『ビジョン』を視ていたからだろう。
そんな君に。
グラスを差し出したのは
隣に座っていた蒼井くんだった。
君は蒼井くんからグラスを受け取った」
私は無言で頷いた。
「そして。
蒼井くんは
君の前に置かれたグラスを取った。
君はそのグラスにこそ
毒が入っていると思い、
咄嗟に蒼井くんの手から
グラスを奪い取った。
それこそが。
今そこにあるグラスだ。
間違いないね?」
「はい・・」
私は改めてグラスを見た。
「わからないかね?
毒が入っていたのは
蒼井くんのグラスだよ」
ぼんやりとした思考の隅に、
大烏の声がすうっと染み込んできた。
部屋の柱時計が
コツコツコツと時を刻んでいた。
大烏の言葉が頭の中を
ぐるぐると駆け巡っていた。
「ふむ。
どうしたのかね?
そう考えれば一応、
君の『ビジョン』とも辻褄が合う」
私は大烏の方を見た。
その目は真っ直ぐに私を見つめていた。
私はふたたび空のグラスに
視線を向けた。
つまり。
毒を入れた人間は
蒼井を殺すつもりだった、
ということか。
そしてその犯人は・・鈴木?
一体なぜ?
「あくまでも。
これは可能性の1つにすぎない。
仮にこの推理が正しいとしても。
今度は別の問題が出てくる。
では毒の入ったグラスを手にした
蒼井くんはなぜ死んでいないのかと。
そもそも。
笠原くんの件にしても。
今更あの割れたグラスの中身が
毒入りシャンパンだったことは
証明できない。
つまり。
証拠がない今、
君の『ビジョン』が
本物であると証明する術はない。
まあ。
君が犯人だと考えている鈴木さんが、
自白でもすれば別だがね」
そう言って大烏は
「はっはっは」
と声を出して笑った。
次の瞬間。
私はある重要なことを思い出した。
「あの・・」
その時。
部屋の柱時計が
ボーンと23時30分を告げた。
同時に。
ドアが開いてヒカルが顔を見せた。
「はぁ?
まだ話してたの?
随分と長すぎるんじゃない?」
ヒカルはそう言って髪をかき上げると、
ずかずかと部屋に入ってきた。
「おや。
もうこんな時間か。
三ノ宮くん。
君の『ビジョン』が
本物であろうと、
妄想であろうと、
この際どっちでもいいのだよ。
現実には誰も死んでいないのだからね。
窃盗に関しても。
誰も盗まれたことに気付いていない。
今頃。
盗まれた物は
持ち主に返っているだろう。
つまり。
今日ここでは何も起きていないのだよ」
そして大烏は紅茶を飲み干した。
「さあ。
君との話は楽しかったが、
ここからはヒカルくんと
大人の会話をする約束でね」
「あっ・・」
私は何も言えなかった。
モヤモヤとした不安を抱えたまま、
私は大烏の部屋を後にした。




