第53話 長い廊下
大烏の部屋を出た私は、
廊下を引き返して
本田の部屋の前に立った。
先ほど大烏の推理を聞きながら、
私の頭には1つの答えが浮かんでいた。
同時に。
本田の安否が気になった。
心臓の鼓動が僅かに速くなっていた。
私は恐る恐るドアを開けた。
室内には電気が点いていた。
正面の奥、
机に向かっている本田の背中が見えた。
「ほ、本田さん?」
私はその背中に向かって呼びかけた。
本田が静かに振り返った。
そして私を認めると、
椅子から立ち上がった。
「これはこれは三ノ宮様。
どうなされました?」
穏やかな本田の表情を見て、
私はひとまず胸を撫で下ろした。
「突然、ごめんなさい。
本田さんに聞きたいことがあって」
そして私は、
夕食後に蒼井の席に残っていた
ワイングラスのことを訊ねた。
「それでしたら。
勿体ないとは思いましたが、
処分させていただきました」
「そ、そうですか」
私は肩を落とした。
「何か問題がありましたか?」
本田が首を傾げた。
「い、いいえ・・」
私は突然の訪問について、
改めて謝罪してから部屋を出た。
唯一残っていた証拠も
消えてしまった。
結局。
大烏の言葉がすべてだった。
現状では何も起きていない。
殺人未遂・・事件。
いや。
そもそも事件ですらない。
私はドアに背を預けて
大きく溜息を吐いた。
それから重い足をゆっくりと前に運んだ。
気が付けば。
私は蒼井の部屋の前に立っていた。
私はそっとドアを開けた。
部屋の中は暗かった。
「・・蒼井さん?」
私は奥に向かって呼びかけた。
返事はなかった。
私は壁に手を這わせて
照明のスイッチを押した。
無人の部屋を明りが照らした。
私はユニットバスのドアを開けた。
中は真っ暗だった。
「蒼井さん?」
私はドアを閉めて、
念のためもう一度呼びかけた。
返事はなかった。
部屋の奥に進むと、
ベッドの上に大きなバッグが1つ
置かれているのが目に入った。
バッグの口が開いていた。
私はバッグに近づいてから
そっと中を覗き込んだ。
乱雑に詰め込まれた服や下着の上に
化粧ポーチとブランド物の財布が見えた。
財布は江藤の部屋で見た物だった。
私は化粧ポーチを取り出して
ベッドに置いた。
それから財布を手に取った。
震える指で財布を開いた瞬間、
私はハッと息を呑んだ。
ぎっしりと詰まった札束が見えた。
それ以外は何も入ってなかった。
カード類も。
そして身分証も。
次に私は服と下着を引っ張り出した。
全部で3着の着替えがあった。
一泊二日の旅行にしては、
多すぎると思った。
その時。
バッグの底に乱雑に詰め込まれた物が
目に入った。
それらはネックレスや指輪、腕時計など、
様々な装飾品だった。
私は取り出した着替えを
慌てて中に戻した。
それから。
化粧ポーチとブランド物の財布を
その上に置いて、
バッグの口を閉めた。
そして急いで部屋を出た。
照明の点いた廊下の光景は
昼間ここに来た時とまったく同じだった。
窓がないことによって
時間の感覚が狂っていた。
時計がないと今が夜なのか、
それとも朝なのか、
判断できなかった。
玄関を素通りして応接室の前を曲がると、
長い廊下が奥に伸びていた。
私は遊戯室の前で立ち止まり、
そっとドアを開けて中を覗き込んだ。
コーン。シュルルゥ。コトッ。
木琴に似た小気味よい音が
耳に飛び込んできた。
手前にあるビリヤード台で、
歌川が華麗なショットを決めていた。
パチパチパチ。
台の傍にあるソファーで、
それを見ていた笠原が拍手を送った。
部屋の奥のバーカウンターには
そんな2人の様子を退屈そうに眺めている
蒼井の姿があった。
私はドアを閉めて、
そのまま廊下を奥へ進んだ。
そして階段を上がった。




