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第93回 「究極、焼き肉のタレ味のゴムでも」



 心と裏腹に、涙を流すようになった。と、思う。


 いつからかだったか。

 まるで心と体が分離したかのように、そのつもりなく、気が付かず、涙を流していることが多くなった。


 いまだって。

 きゃみさまに、あの赤髪の剣士との仲を勘ぐるようなこと言われて。


 男性(おとこ)とくっつくことを良しとされて反感?

 それとも、大事な友人に、他へ行っていいよって突き放された感覚?

 拗ねてる? いま。俺。


 何にしろ、その気持ちに自覚もないのに。

 涙は流れてしまって。


 これは、"女の子"だろうか。


 女は感情の生き物だ。なんて世間は言う。

 でもこれは感情じゃなくないか。

 その埒外で泣いてしまっていないか。


 この乖離は、なんだ。




 何にせよ、困った顔のきゃみさまに髪を撫でられて。

 遅れてやってきた高坂にも、ぎょっとした顔させちゃって。


 ああ不甲斐ない。

 面目ない。



 で、ずびっと鼻啜りながら"なんでもないよ"なんて強がるんだけど。

 二人にはやっぱり遠慮させちゃってさ。


 今日はウェインさんとこでの、トウモロコシ収穫を1時間で切り上げて、少し羽伸ばそうか。

 きゃみさまからはそんな提案。


 "巻き込んじゃった"なんて言って、少し気負い過ぎだったんだよと、高坂。



「で、何食べる?」

「もしかしてきゃみさまも食べたいの我慢してた?」


「そそそんなことっ! げふんげふん」

「ふふ。色々美味しそうだよね」



 二人の会話に、思わず笑いが漏れ。

 ああ、ありがたいな。この二人がいることはありがたいな、って。



「りんご飴みたいな奴、うまかったよ?」


「あっこの子抜け駆けしたわねぇ?」

「あはは。それじゃ被んない奴にしよっか」



 ようやく。

 口角が上がって。

 三人笑い合って、ひとまず、その今日の"食い扶持"ってヤツを稼ぎ出しに。

 ウェインさんのトウモロコシ農場へ。



◇◆◇◆◇



 しっかり稼いで、マーケット端の屋台街。


 西の大庭(ウェスト・ガーデン)に来た時からちょっと気になってた、謎肉の串焼き。

 みたとこ牛ステーキ肉のブロックカットみたいな奴が串に刺さって5つ連なったような奴。

 例によって何の肉かわからないんだけど、ぶっちゃけ甘辛いたれの匂いだけで味の想像ができるというか。


 "ぜったいうまいやつ"


「ログアウトした後お腹空いて寝られなくなりそうねェ」

「ちょっと夜更かしして腹ごなししなきゃだね」


 屋台の列に並びながら、そんな会話。

 どこかで一度前述したか。

 Thebes(テーベ)ではそのゲーム中での飲食の一切を現実に持ち越すことはない。


 現実には太らず、美味しいモノ食べ放題。

 もちろんこちらで食べ過ぎれば、アバターが太る、なんて現象も起こるが、それでも現実に持ち越すことはない。


 ない、が。


 俺たちプレイヤーの意識として、こちら側で"あー満腹"となっている状態で即座にログアウトしてしまうと、そこに"ついさっきと比べて極端にお腹が空いてる"というギャップが生じる。


 結果、現実でも食べてしまう。って人は少なくないらしい。


 でもまぁそれを考慮したって、この飽食の時代に、随分とありがたい話。

 並ぶ間、鼻腔をくすぐる薫りにすうと息を吸い込む。


「よかった。元気になった」

「どうせ食べ物ひとつで機嫌治っちゃう安い女ですよー」


「こぉら、拗ねんな拗ねんなー」


 隣に並ぶきゃみさまの言に、わざとらしく口を尖らせて見せれば、彼女は歯を見せて笑って、俺の頬を指先でムニムニ。


 その顔を見て、心底ほっとしてる自分がいるんだ。

 俺が泣き止んでほっとしてる、彼女の顔が笑顔に戻って、俺の方が安堵してるんだ。

 どうして。

 もともと大切な人だった。

 でも、俺の中で、彼女がどんどん大きくなっていく。



 抱えきれないくらい、大きくなっていく。

 失うのが怖くて仕方ないほど、大きくなっていく。


 きゃみさま──



「あ、僕らの順番みたい」



 高坂の言にハッとして。

 一時、彼の方をまるで見ていなかった自分に、少しの自己嫌悪があって。


「ごめんちょっと呆けてた」

「あはは。味の想像で満足しちゃった?」


 覗き込む高坂の長い後ろ髪。フードローブからこぼれて、胸元へさらりと流れ落ちる。

 ホント、可愛くなったよな。

 一時期、こいつの男を感じさせない態度を心地よく思っていた。


 可愛いか可愛くないかで言ったら、二人とも可愛い。

 そりゃもう可愛い。


 でも、究極、きゃみさまの方にドキリとしてしまうのは。

 きゃみさまが女の子で。

 高坂はあくまで男で。


 そのうえで、俺が。

 やはり"男"だからだろうか。


「なんでェ。高坂まで俺を食いしん坊みたいに」

「あら違うのかしら」


 ジト目で口の端を吊り上げるきゃみさまに、横目で見返して。


「うぐ」


 そんな何気ないやり取りをしながら屋台の列の先頭へ。

 その屋台ではそもそもその串焼きしか売ってないらしく、皆順に看板の提示額を払って同じものを受け取って、離れて行く。


 御多分に漏れず、俺たちの前にも、注文も何もないままハイって紙トレーに乗った串焼きが差し出され、表示されたトレードウィンドウから銀貨(シルバー)を支払う。


 屋台街にはろくすっぽ座るところもなく、色んな屋台がひしめき合い。

 俺たちはまぁ仕方ないか、と少し離れた往来の真ん中で立ち食い。


 ガブリ。

 と、5つ付いている肉のひとつを丸ごと含む。

 じゅわりと溢れる脂。甘辛いタレと溶け合って。

 隣で高坂がお上品に一つを二口で食べようとして、弾力のある肉をすぐには噛み千切れず、結局すべて口に含んでもごもご。


 安くて硬い牛赤身肉って感じだ。

 いや、ヤクーの事があるからさ。確証の無いものは断言できないとこあるんだけど、きっと、たぶん、マジで牛肉なんじゃないかと思う。

 ならこの串焼きはいまいち(・・・・)なのかって?


 屋台飯の良さって、そこじゃないんじゃないかな。

 卓について白飯の茶碗片手に食う肉とは違う、それ自体の噛み応えを楽しむような趣がある。

 ぶっちゃけすっごい美味い甘辛の焼き肉のタレで板ゴム嚙んでも、味そのものはうまい、くらいの乱暴さで。


 趣向はヤクーの時と似てるっちゃ似てる。

 硬い、安い、品種、部位を、脂と砂糖と醤(ひしお)で何とかしちゃうヤツ。

 ヤクーのケバブは薄切りにすることで食感を柔らかくする努力をしていたが、こちらあえて硬さを強みにしてるというか。

 思い切り噛んで、にじみ出る脂。それに溶けてなお濃厚な糖。醤。


 ぞぶり、もっぎゅもっぎゅと。

 噛み締め、あふれ出る物、余すことなく飲み下す。



「「うまいッ!」」



 思わず漏れ出る感想。

 隣の客──きゃみさまや高坂たちとは別の──と重なる声に。


 はたとお互い目を向け合う。

 

 次の串焼き肉を口に運びかけ


 "んぁ"


 って感じで口を開けたまま、ある意味間抜け面を晒す、その人。


 浅黒い肌に、対照的な明るい金髪。高く括ったポニーテールを揺らす。

 踊り子の様なきわどい衣装に、ひときわ目を引く大きな金の輪の耳飾り。


 その、明らかに見知った顔に、思わずぱっかーんって口開けて。

 驚愕を顔面全体に張り付ける俺が居て。




 ゼラーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!?




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